04



新零が昔のことを思い出した原因は、轟絡みだろう。おそらく2回戦のあれだ。

新零に聞かれ、当時のことを思い出した。正直、あれを4歳のガキに取り付ける奴の気が知れない。役所の人間だかなんだか知らないが、あれでは強い個性を持った奴は死ねと言っているようなものだ。現に自分に話が回って来た時には、4歳のガキとは思えないほどがりがりで目が荒み憔悴しきっていた。

「日中は少し体を起こして居間にいますけど、テレビが付いていても興味を示すこともなく、ただぼーっと座っていたり、横になっていたりしています。夜は夜で状況はあまり変わりません。倦怠感だけでなく不安や痛みがあるのか長く寝ることができないみたいで、定期的に起きては気絶するように倒れこんで寝ています。食事もまともにとれなくて、今は点滴でかろうじて養分を補ってる状態です。好きだったイチゴを見せてもいらないと言うし、私の顔色を窺って無理に口にしては吐き出して・・・最近は、見ているのも辛くて、どうしてあげたらいいのかわからなくて。・・・あの子、このごろ、何かに謝るんです。ごめんなさいって小さな掠れた声で、何度もそう言って」

事前に母親から話を聞いても、このままでは長くは持ちそうにない。大人が付けても辛いものを4歳のガキが耐えきれるわけがない。一度会って見なければ話にならないが随分と重たい案件に息を吐く。自分にはまだ早すぎるのではないか、幼い少女を諭せるほど何か言えるだろうか、そんな不安が吐いた息に乗っていた。
拒絶の個性、しかも意識的にではなく、嫌だと思ったものを拒絶する。問題は後者にある。こればかりは特性上、制御装置を使用しなければ変えることは容易ではないはずだ。彼女の検査結果には、威力や規模を表すレベルが最上位にされていた。彼女が世界を嫌ったら災害規模で被害が出ると数値は示している。国も野放しにはできなかったのだろう。だが、このままでは彼女には死か破壊しか残っていない・・・そんな残酷なことがあっていいのだろうか。


当日、依頼主の自宅を訪ねれば母親に出迎えられた。
先に案内された子供部屋に、騒がしくない程度に床に置かれたおもちゃと、たくさんの絵本が本棚に収められていた。その中の1冊がやけにぼろぼろになっていることに気付いて手にとれば、彼女の母親は「その絵本、新零に持たせて読み聞かせたら泣き始めちゃって、涙でぬれてシワシワになっちゃったの」と話した。よくあるヒーローものの絵本、これのどこに泣くポイントがあるのかわからない。「お気に入りはこのぬいぐるみです」と彼女の母親は水族館で買ったという大きなイルカのぬいぐるみを指差した。ずっと持ち歩いていたのかところどころ隙れてしまっている。最近は、このぬいぐるみの隣にころがって寝ようとすることが多いらしかった。水族館、行きたいんだろうな・・と、思い出話もほどほどに居間へ向かった。


「新零、聞こえる?貴女にお客さんよ」
「・・・・・」
「新零のことを診てくれるの、大丈夫よ怖がらなくて」

居間にいた少女は、俺を見て身構えた。おそらく母親の声は届いても意味は理解していない。点滴で補える範囲は限られているため栄養失調で脳が正常に機能していないのだから当然だ。部屋に入るのをためらった。少女には不釣り合いな制御装置がガタリと音を立てたような気がした。

「危ないので、下がっててください」
「でも、」
「私は大丈夫です、どうぞ距離を取ってください」

こんな緊張感を少女相手に感じるとは思わなかった。これじゃぁまるで敵を相手にしているようじゃないか。少しずつ距離を詰めれば、彼女が震えているのがわかる。怖がるのも無理はない、彼女にコレを付けた奴は大人だったんだ。俺が同じに見えても仕方がない。自己紹介をして、名前を呼んだところで状況は変わるはずもなかった。

・・・ひびか、これ

「にーな、なにもしてない」
「・・・」
「にーな、なにも、わるいことしてない」
「そうだな、だから」
「してないもん、にーな、なにもしてない」

ガタガタと制御装置が音を立てる、ひびが進んでいくのがわかる。これを割る気か・・・?

「もう、いやだもん、いやだ、いやだっ」
「新零、人の話を聞け」
「なんで、やだ・・・いやだ」

左腕の手首をがりがりとかきむしり始めた手を止めようとすれば、バチリと弾かれた。痛々しくなっていく手首と、タンパク質不足で爪も一緒にぼろぼろになっていく。個性を使おうとすれば、荒んだ目を大きく開け少女が顔を上げた。それでも少女に触れることはできない・・・抹消の個性を拒絶しているのは間違いない。そうこうしている間に、ピシリと音がした。音を聞いたとほぼ同時に壁に叩きつけられ、そのまま廊下の壁まで叩きつけられた。身体が痛みに耐える中、少女の様子をうかがう。家の中はすでに無残な状態だ。彼女の母親に避難するように言い、どうしたものか考える。

ぜいぜい苦しそうに息をして、急に解放された個性に本人も動揺しているのか呆然と座り込んでいる。ゆっくりと上げられた顔は、目を少し泳がせて俺を見た。びくりと肩を震わせて、歯を食いしばる。攻撃されることを予想しながら少しずつ近づく。何度か壁に叩きつけられるが、威力は最初のほどではない。先ほどみたいに言葉を発せられるほどの余力がないのかもしれない。ある程度近くまで来たところで、少女がひどく怯えて怖がっているのがよくわかった。逃げたくても、もう立つ力もないのだろう。泣き出しそうな顔も、そこに涙はない・・・

「・・・・」
「お前を苦しめたくて来たわけじゃない」
「・・・・」
「俺は、新零の味方だ」

安い言葉しか出ない自分の口を呪いたいが、4歳のガキに使える言葉は限られている。軋む天井は、長くは持たない。・・・彼女を抱えて外に出る時間はあるだろうか。いや、もしかして・・・?

「落ち着け!新零!!」
「・・・・・っ」

一段と軋んだ天井に、やはり彼女が支えていたことがよくわかった。やっと手が届く。大きな声に驚いて隙ができたのか、反発力はなくなり触れた少女は震え、小さな掠れた声で「ごめんなさい」と呟いた。少女が何に謝ったのかわからなかった。俺が触れても嫌がる素振りは見せなかった。

「・・・にーな・・・ばけものだから、たいじされるの?」
「・・・・・んなわけねぇだろ。されねぇよ」
「・・・ほんと?」
「あぁ!」
「・・・にーな、まだ、おそらのしたにいていい?」
「当たり前だ」

4歳の子供が不安に感じるような言葉を誰かが投げつけたのだ。自分は化け物で悪い奴だから、いつか退治されてしまうとそう考えたのだろう。もしかしたら、さっきの“ごめんなさい”は、その後ろに“許して”の意味があったのかもしれない。制御装置のこともきっとそうだ。懲らしめられているんだと、そう思ったのだろう。ヒーロー題材の絵本で敵に自分を置き換える子供がいるとは思いもしなかった。

崩れる音がした。ガキ1人くらいなら守り切れるだろうと抱え込み衝撃に備えた

「・・・・?」

派手な音に目を開ける。身体に衝撃はなく、下に庇った少女は目を閉じて気絶している。何が起きたかわからないまま、身体を起こせば天井どころか屋根もなく空が見えた。柱が倒れる可能性を考え、即座に彼女を抱きかかえて母親のいる方へ運ぶ。少し離れたところにある瓦礫は屋根か・・・?

「新零、相澤さん!!」
「・・・・新零は気絶してるだけです。すぐに救急車を」
「は、はい!新零!!良かった、無事で・・・相澤さんも怪我が」
「俺は後でも」
「ダメです!ちゃんと救急車来たら乗ってください」
「は・・はい」

これは半壊どころの騒ぎじゃないな・・・と椿家を見て思う
そして俺が無事だったのは、俺が目を閉じた間に新零が個性を使ったからだ。それ以外には考えられない。助ける相手に助けられていては世話ねぇな・・・。

「い、家が・・・!!」
「あ、和臣いいところに帰って来た!」
「え、お母さん、これどういうこと?!って、新零、大丈夫なの?!」
「和臣、落ち着いて。新零は制御装置が外れて気絶したの。家は、その反動で壊れたの」
「・・・うん・・じゃぁ、僕が直せばいいね」
「ついさっきだから、大丈夫よね」
「うん!」

一体何が始まるんだ・・・
ランドセルを背負って帰って来た子供は、資料にあった5歳年上の兄で間違いないが、個性までは把握していない。おもむろに家の前にたった少年は、力を込めるように手を合わせた。するとグググググと低い音がしたかと思えば、全壊した家が元の形に戻っていく。兄妹揃って、どんな個性してんだよ。

「兄の和臣は、復元の個性なんです。壊れて時間の経っていないものほど正確に元に戻せます。中のものも大体は元に戻ると思いますから、心配しないでください」
「はい・・・ですが、さすがに」
「お母さん、元に戻せっ・・・」
「和臣っ!」

ぐらりと傾いた身体を寸前のところで受け止め寝かせてやる。この歳で、あれはキャパオーバーだ。

「相澤さん、ありがとうございます」
「いえ、ですがお子さん2人ともすごい個性ですね。ご両親から継いでらっしゃるんですか?」
「うちは個性上何の繋がりもないんです。神様から、それぞれ個性を授かるんです・・・この子の個性もきっと、意味があるとそう思うんです。・・・相澤さん、もしよろしければ、新零のこと、これからもお願いできませんか?怪我もさせてしまって、こんなお願いできる立場ではないのかもしれませんが」
「・・・俺で、いいんですか」
「相澤さんが、イレイザーヘッドがいいんです。だって、気絶してるのに新零が少し笑ってるように見える」
「・・・・・」
「この子のこんな顔、私・・久しぶりに見たの・・・っ」

その場で、その仕事の継続を引き受けた。母親に直前の会話について話せば、酷く衝撃を受けていた。これで絵本を読んで泣いた理由も説明がつく。そして新零の言った“おそらのした”の反対が“つちのなか”であることを知るのは、彼女に手を引かれて椿家の先代の墓に手を合わせた時だった。

「みんなつちのなかにいるの。にーなは、まだ、おそらのしたに、いていいもんね!!」
さらりととんでもないことを言った5歳の子供に正直笑えなかった。じゃぁあの時の言葉は、俺に“自分は生きていていいのか”と聞いていたことになる。本人がどういうつもりだったかは確かめるつもりはないが、少し恐ろしいと思った。それを目の当たりにするのは、これから3年後の新零が小学校2年生の時だった。



あの時仕事を正式に受けたことを後悔したことはない。このクソガキと何度思ったかわからないが、それでも彼女は彼女なりにいつも戦っていて、辛い思いもたくさんしているし、冷や冷やさせられたことも1度や2度じゃない。それでも前向きに笑っている新零を見ると、人知れず元気をもらっているということを本人に言うつもりは今後もない。

10年経った今でも、あの時の新零の嬉しそうな顔が脳裏に思い浮かぶ



「消太、新零が将来いい女になったら結婚してくれる?」
「・・・・」
「ねぇ、あと10年したら新零も、もう大人だよ」
「それは、できねぇな」
「・・・なんで?」
「お前には、もっとずーっといい男が現れる」
「消太もいい男だと思う」
「15歳年上のおっさんでいいのか?」
「いいよ」
「これから10歳さらに年取るんだぞ」
「いいもん」
「俺は、15歳も年下のガキは嫌だな」
「・・・いい女になるもん」
「そういう問題じゃねぇ」
「・・・・本当にダメ?」
「だめ」
「・・・・消太のこと好きだよ、それでもダメ?」
「おいおい・・泣くなよ」
「だって・・・」
「俺はやめとけ。俺じゃぁ幸せにはなれねぇよ」
「よく、わかんない」
「新零」
「ん?」
「ありがとう、俺も、新零のことは好きだが、その気持ちには答えられない」
「・・・・・」
「けどな、俺はお前の幸せを、この先もずっと願ってる。新零の人生が幸せであれば俺も嬉しいよ」
「・・・・・」

きょとんと自分の方を見て、瞬きをする。さっきまでこぼれていた涙は止まって、今は言われたことを理解しようと必死なように見えた。俺もガキ相手に何を言ってるんだと思う反面、昔からあんなことを言っていた新零には正面から向き合わなければいけないような気がした。
「新零、振られた?」「そうだな」と肯定した瞬間、身体に力が加わるのを感じて受け身を取った。そのあたりはもう慣れたものだ。

「わかった。新零、絶対幸せになる。消太のこと喜ばせるもん、絶対、絶対・・・それで消太が新零のこと選ばなかったこと後悔させてやるもん」

喜ばせたいのか、後悔させたいのかどっちなんだと心の中で思いつつ、可愛い奴だと思ってしまうのは親心みたいなものなんだろうか。

そう彼女が強く言い放った翌日、不意打ちでキスをされることになるとは思いもしなかった


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