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「今日の戦闘訓練は、1対1もしくは1対2または3の模擬戦闘を行う。敵1人に対して君たちは3人までのチームまたは1人での戦闘を行ってもらう。戦闘時間は8分。今回敵役にはゲストに来てもらってるよ!つまり、君たちは相手の姿、個性や攻撃の出方は一切わからない状態でのスタートだ。順番は、くじ。今回はどの組も初見状態を作りたいから、モニタールームはなしね。自分の番が来るまでは自主練でも作戦会議でもいいよ!そして、今回の勝利条件は、相手の持っている人形を取り返すこと、戦闘訓練とはいえ今回は強盗犯とでも思ってくれればいいからね。全ての組が終わったら、講評とともに相手の個性について推測してもらうから考えておくように!」

という、オールマイトの説明の後にクラス内が、それぞれ思うように別れた。俺や爆豪、他のやつらのように1人を選んだものもいればチームを組んだものもいる。今回ばかりは、どちらが吉とでるかわからない。

「じゃぁ、始めようか。私はモニタールームから指示を出すから、それぞれ準備に入ってくれ!じゃぁ、敵役!開始してくれ!!」

放送から聞こえた案内と同時に、建物の崩れる音が聞こえた
すでに終わったクラスメイトの勝敗はオールマイトの放送で知らされたが、自分の前6組が失敗に終わっていた。


「次は、轟少年だな!それでは8分間、開始!!」

自主トレから戻って来てみれば運動場が大変なことになっていた。一か所完全に更地になっている気がする。

「ちょっと派手な感じになっちゃったけど、大丈夫!範囲は最小限のはず!」

明らかに砂煙の上がっている場所へ進めば、案の定周囲は瓦礫まみれの更地だった。その中心に、ピンク色の1mくらいのウサギの人形を抱えた人が見えた。小柄で、おそらく女。犬の面で顔を隠しているのは、個性絡みか、そうでないか・・・わからないな。しかし、まったくこちら側の出方をうかがっている様子がない。むしろ暇だから人形で遊んでいる気がする・・・ひとまず攻撃に出なければ何も始まらないだろう。


「・・・・ックソ」

こちらが動きに出たとたん、敵が地面を蹴った。まるで空中に足を付け跳ねるように距離を詰められ、弾き飛ばされた。体制直して、地面を凍らせたが敵は氷漬けになることなく地面の上に着地して、まるで地割れでも起こすかのように氷を砕いて行く、その間に間合いを詰めて左側で攻め込んでみれば、自分の外側に氷のすべてが粉々になって弾き飛ばされ光を反射して光るのが視界の端に写り、目の前の敵は人形を抱え直して距離を取った。今回はお互い衝突箇所を中心に同じだけとんだような気がした。・・・自分が6組目だというのに、敵はもちろん人形も砂埃を被った様子もない。誰も手が出なかったってことか・・・。相手の認識を変えながら攻撃を仕掛け、どうにか隙を作れないかを考える。向こうは人形を守れば勝利だとすれば逃げて距離を取ればいい。だが隙を見て、こちらに近づいてくるのは何かあるはずだ。

「そっちにも別の条件が出てるってことか?」

敵が跳躍から空を蹴って斜め上から至近距離まで迫ってきた。相手との距離が1mもない場所で炎を使えば通常なら丸焦げになるのが嫌で避けるはずだというのに相手は迷うことなく突っ込んできた。向こうの動きを止められることなく、正面から激突して両肩を相手の両膝で押さえつけられるような形で自分の動きが止められ、その上からかかった衝撃で激しく地面に体を打ち付けられ炎も止めてしまった。

「?」

ぴとりと人差し指を額につけられ、反撃に出る隙もなく、すぐに距離を取られた
バリア系統の個性とすれば、炎の中でも進めたが、額に触れるために自分の個性を止める必要があった
地面に押さえつけられるような感覚はあったが、圧し掛かられるような人の触れる感覚があったのは額に触れられた一瞬。あの一瞬、体の上に人の乗る感覚があった。

距離を取って、詰めてくる様子がない。つまり、向こうの条件はさっきの行動で終わりというわけだ。バリアの範囲を見るために、落ちていた瓦礫片を敵の方に投げ込んでみれば、見えない何かにはじき返されて別の方向へ飛んで行った。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

カウンターの類を疑うべき・・・いや、今の感じは。個性を使用しないまま間合いを詰めてみるが向こうが動く気配はない。ウサギの人形を両手で抱き込んで立っている。さっき瓦礫片が弾きとんだ場所まで近寄って手を伸ばすが、それ以上手は進まない。試しに名前を呼んでみた。これは戦闘訓練だ、相手が誰だとしても勝ちを取りたいなら、これだって手段のうちだ。

「!」
「ふっ・・そういうことかよ」

手が後少しで届くというところで、そこを起点に敵が後ろに跳び上がった。視線をふと上げてみると奥の建物の上に人影と何かが風になびいているのが見える。残り時間は、あまりないができる限りはしてみようと手に力を込めた。



「お疲れ様、焦凍くん。・・・ごめんね、後で口止めされると思う」

最後の最後に、ぴとりと額に付けられた人差し指
触れたと思った人形は瓦礫の方へ飛ばされていた
小声で聞こえたのは、間違いなく新零の声だった
上にあった人影は相澤先生だったのだろう
犬の面で表情は、わからないが楽しそうな声色だった











「じゃぁ講評の前に、結果発表だ。今回のウィナーはなしだ!!ウサギの人形の奪還はできず!全員敗北、この結果を深く受け止めて励んでくれよ!!」

直前で、新零が人形を手放したのだ。今まで己と一緒に考えていたそれを異物として拒絶することで外へ弾いた。仮に複数犯だったなら強奪物は敵に渡っていただろう。講評のために、戦闘中の映像を見ていても彼女の応用力の高さがよくわかる。自分の前で見せた重力や足元の空気の拒絶。地面の氷を叩き割って外へ弾いたのだってそうだ。序盤、建物がまだあった状態からの倒壊映像は凄まじいものだった。それ以降に戦ったものは、唖然とし、当事者たちはあれはやばかったと声を上げた。
女子との戦闘時でも常に新零の周りには個性が発動していたのは戦闘訓練だからなのだろう。近接戦闘時に時折見せる体術の型は相澤先生譲りだろうな・・・それに気づく奴も出てくるだろう。いや、それだけで彼女が特定されるはずはないか・・・。訓練後、上から降りて来た相澤先生に口止めされた際、講評時にも新零の個性の正解は出さずに終わるから適当に話を合わせて置けと言われたのを思い出す。相手が生徒だと疑うこともないかもしれないが・・・気づく可能性があるとすれば緑谷と爆豪だろうか。

「ちなみに敵役には人形の他に、ヒーローの頭部に2度触れるっていう条件が出されてたんだが皆ことごとく触るの許しちゃって」

そのことに気付いていたものは思ったより少なかった。とはいえ、自分も2度ということには気づかなかった。なら、あと少しで新零の条件を阻止できたのか。「爆豪のやつ、頭撫でられてるじゃねぇか」と笑う上鳴に、爆豪の両手で爆発が起きた。
1Aのメンバーでは、誰の個性を取っても分が悪い。途中で気づいても絶対な打開策は浮かばなかった。名前を呼んだ時に近づけたのはちょっとした隙だったが向こうが立て直す方が早かった。2度目があることに気付いていれば、攻め方はあった。触れる瞬間、新零は全身に適用させている個性を一度止めなければならない。相手の性別に関わらず集中して発動を止めている間だけが、人形に奪還するチャンスだったのだ。だから、俺に対しては火傷や凍傷を恐れ、最小限人差し指だけを触れさせた。
今回の場合、彼女に危険を感じさせず人形のみをターゲットに絞らなければならない。葉隠なら可能だった気もするが、映像の中で新零が気づく素振りを見せ、距離をとっていた。つまり、一定の範囲を固定した状態でセンサーのような役割も果たしていることになる。

「じゃぁ、次、敵役の個性について、どう思うかい?」

バリアやカウンターには違いないが、条件やその形状まで考える必要がある。飛び交っている意見は近い部分を通っているものもあるが正確な回答はまずでないだろう。その言葉の中に“反発”というのが出たが、それでバレる分には許容範囲のはずだ。

「でも、バリアやカウンターでは轟さんの戦闘時に瓦礫の方へ飛んで行った人形の説明が付きませんわ」

八百万の正論に確かにと頭を悩ませるクラスメイトの様子を見ていると、「轟さんは、どう思いますの?」と話を振られた。確かに、自分が黙っているのは不自然だが正解を知っていると思うと話しづらく、当たり障りのないことを答えた。個性の範囲についてや、予備動作がないことも答えても特定にはつながらないはずだ。

授業が終わって教室に戻ってきた。特別大きな怪我した者もいないため、授業内で手当てを終えて昼食のために散っていく中、自分は食堂へ向かった。正面に座っている緑谷がブツブツ何か言っている。

「さっきの敵役、女の子だったよね?」
「私もそう思う、小柄だったし、体型的にも女の子って感じやった」
「それから、あの体術。USJの時の相澤先生の動きに似てるような気がするし、先生の弟子とかそういう感じなのかな?」
「だが、相澤先生が弟子を取るような感じには見えないと俺は思うんだが、どうだろうか」
「確かに、弟子じゃなくても、サイドキックとかもありえるよね」
「おい、半分野郎、てめぇ知ってんだろ」
「かっちゃん?!」
「デクは黙ってろ」
「お前、戦闘中、敵に何か言っただろ。あの一瞬、向こうの動きが鈍った」
「・・・・だったらなんだ?」
「舐めたマネしやがって。しかも個性の正解は明かさずだぁ?」
「俺たちが負けたんだから、当たり前だろ?そんなに、頭を撫でられたのが気に入らないのか?」
「・・・うっせぇ」
「爆豪くん、それは君が作った隙が原因だろう」
「俺は今、こいつと話してんだ。口出すんじゃねぇ」
「俺が知ってたとしたら、どうなんだ?」
「あの個性は、なんだ。知ってんだろ」
「・・・・」
「バリアやカウンターの類じゃ、空中を自在に進めんのも、てめぇんときの人形も説明がつかねぇ。最初の倒壊がバリアやカウンターでできると思えねぇ」
「・・・・」
「てめぇがだんまりなら、別にいい。直接聞きに行くだけだ」

キッとこちらを睨みつけ、歩いて行った爆豪に少し嫌な予感がする。どう答えたら良かったんだろうか、何を言ったところで直接聞きに行くような気がする。新零に連絡を入れておくべきだろうか。

「かっちゃん、誰に聞きに行くんだろう」
「オールマイト先生か、相澤先生以外におるん?」



昼食を終えて先に食堂を出た。あの場は、まだ実習の話が続いているんだろう。うまく誤魔化す自信がなくて先に出てきてしまった。たしかにあれだけ攻撃して、全て流されれば気分はいいものじゃない。爆豪の気持ちもわからなくもない。

「・・・・・」

まさか、新零が敵役をこなすとは思いもしなかった。争い事は好きじゃないと言っていたが、あそこまで訓練されていてもヒーローにはなりたくないと思うのは考え方の違いとはいえ、複雑な気持ちになる。彼女は単純に個性のコントロールをする中で、できるようになってしまったのかもしれない。けれども、あの身のこなしを見てしまったら、もったいないと思う奴らはたくさんいる。“拒絶”と一言で言っても考え方1つでできることは無数にあるはずだ。

それにしても、これでもかというくらい新零が自分の個性と真剣に向き合っているのを見せつけられた
自分は新零のことをどこか見下していたのかもしれない。男だからとか女だからとか、過去のこと、薬や病院のこと、扱い切れない個性のこと・・・、色々なことを含めて弱い奴を守らなければならないと都合のいい思い違いをしていたのかもしれない。だとすれば随分失礼なことだったなと肩を落とし。戻ってきた人のいない教室でため息をついた。


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