「ラジ王子」
「む?なんだサカキ」
「少しはニーナを気遣ってください」
「・・・・?」

白雪どのとゼンどのと分かれ部屋へ戻る途中、後ろを歩いていたサカキが声をかけた。

「先ほどのラジ王子と白雪どののやり取り、ニーナも聞いていましたよ」
「どこにもいないようだが?どこにいる」
「・・・さぁ」
「なんだ、言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「ニーナが登城してからずっと、白雪どのの代わりだと言われていたことはご存じですか」
「・・・・・・」
「その顔は知りませんでしたね」
「・・・だが、そのようなこと思ったこともない!!」
「そうでしょうね。どちらかというと、ニーナが見つからないために白雪どのが巻き込まれたようなものですから」
「うっ・・・その話は今はいいだろうが」
「・・・なら、それをちゃんとニーナに話してあげてください」
「・・・・・」
「・・・・・」
「わかった。・・・・サカキ」
「はい?」
「ニーナのことにはよく口を挟むな」
「私も友人との約束がありますので」
「そうか」





「ニーナ、探したではないか」
「・・・ラジ王子」
「ラジでいい、他に人もおらんだろう」
「それはそれでよくないですけどね。衛兵にはいていただかないと。今日は短刀しかないので」
「・・物騒な話をするな」
「側近ですので」
「・・・そうだな」

どこかツンとした様子と疲れた表情に夜会で愛想は使い果たしたのかと言ってやりたかった。だが騒がしい場所を好むニーナにとって、この静けさは好きなものではないだろう。

「ニーナ」
「何?」
「私は、ニーナを白雪どの代わりなどと思ったことは1度もない」
「それは、私では役不足ということ?」
「・・・そうではない。確かに白雪どのの言葉で自分の中で何かが変わったのは確かだが」
「・・・・・・・」
「私を支え導いてくれるのが、ニーナだ。白雪どのではない。」
「本当は、白雪に支えてほしかったんじゃないの?」
「・・どうかしたのか?」
「何が」
「何をそんなに怒っている」
「・・・怒ってない」
「怒っているだろう」
「怒ってないって」

そっぽを向いていたニーナが、勢いよくこちらを向いた。深緑の耳飾りが揺れた。

「城で、ずっと会ったこともない白雪の代わりだって言われてたの。ラジは知らないでしょう?」
「あぁ、先ほどサカキから聞いた」
「私は、それがとても嫌だった。だから、塗り替えてやろうって。でも勝てないんだなって、今日のラジの言葉で思った。ラジを変えたのは白雪で、私は」
「ニーナ」
「・・・・・・」
「お前のそういうところは、いつまでたっても治らんのだな」
「・・・・・・」
「どうしてそこまで自分を過少評価する。周りの者がお前を認めていることになぜ気づかない」
「ラジに言われたくない」
「・・・白雪どのは白雪どのだ。ニーナが代われるようなものではない」
「・・・・・」
「なら逆にニーナはニーナだろう?ニーナの代わりは白雪どのには務まらん」
「・・・・・」
「どこの誰だ、私に態度から立ち振る舞いまで指摘したのは」
「・・・・だって、偉そうで腹がたつもの」
「城下をちゃんと見ろと勝手に視察の予定をいれるわ、畑で野菜の作り方を教えられるわ」
「・・・・・」
「気づけばロナとユジナまで懐いている」
「私、末っ子だから妹とか弟とか欲しかったし。2人ともかわいいし」
「目を離せば政務官と口論まで始める」
「・・・・・・」
「私よりも、国民の信頼を得ているのは誰だ?」
「・・・・・・」
「だからこそ、私はニーナを傍に置きたいと思った。白雪どのでは、到底、私の相手などできん。話も合わんからな」
「・・・・・」
「私がニーナを傍に置くことを誇りには思えないか?」
「・・・・・」
「お前が私に言ったのだぞ?自分の価値感だけで話をするなと」
「・・・うん」
「それに、なんだ・・・ニーナがいると安心する。白雪どのといるとどうも何か挑まれているような気がして落ち着かん」
「うん」
「・・・・・ニーナ」
「ん?」
「・・・いや、やっぱりいい」
「駄目、言いかけたなら言って」

困り顔だったニーナの表情が、少し緩くいつも通りの顔に戻って行く。
自分に合わせたドレスをニーナに選んだ。その意味を聡いニーナは気づいているだろう。隣国の国王にまで賞されるニーナを自分の元から離れないようにと、この娘は私のものだとでも言いたげな烏滸がましい独占欲。人に賞されるニーナを誇りに思う反面生まれるそれらをニーナは笑ってくれるだろうか。




「・・・・・・」
「・・・・・?」
「今日の戴冠式を見て、先のことを考えるべきだと思った」
「うん」
「それでだ」
「?」
「この先もニーナには傍にいてほしい」
「いいですよ、喜んでお供します」
「・・・そうではなく」
「うん?」
「王子として、ラジとして、ニーナにはこの先も傍に、隣にいてほしい」
「・・・・・」
「そ、そういう意味で言っている。・・・正式なものではないが、あくまでそう思ったという話だ」
「・・・・・」
「い、嫌か?」
「・・・・・」
「何か言わんかばかもの」
「びっくりして声がでなかった」
「・・・今更、嫌と言わせるつもりはないがな」
「その自信はどこから?」
「さぁな」
「・・・ラジ」
「む?」
「私ね、白雪にずっと妬いてた。どうして、その役割を私ができなかったんだろうって。でもね、白雪がラジを動かさなかったら、私はラジのところには行かなかった。だから今、私がここに居るのは白雪のおかげでもあると思ってる。でも、ここに居なかったら、白雪に妬くこともなかった。人のめぐりあわせって不思議なものね」
「・・・・・」
「ラジのことが好きよ。だから嫌なんて言わない」
「・・・・・」
「城じゃ迂闊に言えないから」
「・・・・・っ」
「ご機嫌取りさせてごめんね。サカキが何か言ったんでしょ」
「そうだが・・・別にそのようなことは構わん・・・それより」
「ん?」
「あまり心臓に悪いことをいうな」
「ラジが綺麗なものを綺麗だっていうのと一緒だと思うけど?」
「それとこれとは話が違う」
「そう?」
「・・・狡いではないか」
「何?」
「何でもないわ。それより、そろそろ中へ戻るぞ」
「うん・・・そういえば、さっき踊った時に思ったんだけど、手・・・剣の練習でもしてるの?」
「なっ・・・なぜそれを」
「何か違和感あって」
「・・・・・はぁ」
「サカキに教えてもらってるの?」
「そうだ」
「どういう風の吹き回し?」
「失礼なやつだな」
「実際、やってなかったんだから文句を言われる筋合いはないと思うわ」
「・・・この前のことがあってから、サカキに時間をみては剣を習うようになった」
「王子は守られて当然だと思う」
「だとしてもだ。大切な娘1人守れない自分に腹が立った」
「・・・・・」
「おかげで、手が痛いがな」
「私の負った傷だと思って、励んでください。ラジ王子」
「・・・そうだな。傷痕は消えたか?」
「だいぶ薄くなりましたよ。お医者様にも綺麗に消えるって言われたから大丈夫。服を脱がない限り見えないし」
「ならいいが・・・あまり無茶はしてくれるな」
「ラジこそ、少し剣を学んだからって調子に乗って前に出ないでください」
「・・・わかっている!!」
「ならいいです」

送ると言って聞かないラジに、部屋まで送られた。本来なら私がラジを部屋まで送るべきだ。ここからラジが部屋に戻る間に何かあったらどうするつもりなんだ。そう思いつつも、少し強引に引かれた手に連れられて借りている部屋まで来てしまった。月明かりだけの薄暗い部屋は、夜会の支度のために開けた荷物が片付かずに散らばっている。ランプだけは先に付けようと部屋に入ったところで、

「ニーナ」
「ん?まだ灯り付けてな・・・っ」

繋いだままだった手を不意に引かれてバランスを崩しつつ振り返ったところを抱きすくめられ、頭に少しだけ重みがかかった。ラジの後ろでパタンと扉が閉じた。

「・・・・っ」
「私も妬かないわけではない。わかっていても別の者と楽しそうに話されるとな」
「・・・・・」
「白雪どの相手にはこんな気持ちにはならんぞ」
「もう大丈夫。私が代わりじゃないのはわかりましたから」
「ならいい」
「それと、今日の夜会で手を取ったのはラジだけだから」
「・・・・う、うむ」
「今日の戴冠式。私も色々思うことがあったよ」
「・・・・・」
「ラジもいつか国王になるんだなぁとか、まだまだ力不足だなぁとか、私も頑張らないと、とか。もしその時が来たら、私は何をしているんだろうとか」
「・・・・・」
「ラジの傍にいられるんだろうかとか、私はどこにいるんだろうかって」
「あぁ」
「・・・・私、隣にいていいの?側役じゃなくて?」
「・・・そう言ったつもりだが、伝わらんか?」
「・・今、実感わいてきた」
「・・・・・・・」
「正直ね、あんまり考えないようにしていたの」
「・・・私がどれだけ悩んでいたと」
「悩んでたの?」
「失礼だな。私は、お前の自由を奪うことになるのではないかと気にしていたというのに」
「・・・・・」
「そうなれば自由には出歩けんだろうが。1人での外出などできなくなる」
「・・・・・」
「それに、お前は、その席に座るのが嫌だったのだろう?それを無理やりに言うのも躊躇いがあった」
「・・・無理やり?さっきの自信はどこに行ったの?」
「うるさい」
「・・・私だって期待してた。いつか、その席に座れるんじゃないかって。昔は絶対座りたくなかったけど」
「・・・・・っ」
「・・・なんだか恥ずかしくなってきた」
「なら、わざわざ口にするな」
「その通りね」
「・・・まだ公言できないが、覚悟だけはして欲しい」
「うん。・・・そうだ、あのね」
「む?」
「私、ラジが白雪を友人というのが羨ましかった。私はラジの友人にはなれなかった。複雑な関係すぎて友人というには不似合いで・・・なら、ラジと私の関係は、どう言葉にしたらいい?」
「そんなもの簡単だな。恋人以外に何がある」
「・・・・」

あまりにさらりと言われ、思わず開きかけた口がそのままになった。

「もう、遅い。長居はよくないからな、部屋に戻るとする」
「送る?」
「それでは意味がないだろうが」
「うん、そうだね・・・・じゃぁ、ここで。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみニーナ・・・・」
「?」
「その、なんだ・・・あ、あいしている」
「なんで、片言なのよ」
「う、うるさい。今日はこれで良しとしろ」

捨て台詞の様に片言のあいしてるを受け、扉が閉まったのを確認してその場にしゃがんだ。
ラジに触れていた部分がひやりとして淋しさを感じたばかりなのに、また熱くなってきた。
側近として迎えられた時、その席のことは考えないことにした。それでも傍にいるうちに、ラジへの思いが変わるうちに、ラジの言動に期待する自分がいた。それが恥ずかしくて、考えないようにしていた。周りがいくら聞いても顔に出さずに誤魔化して来たのに。後から後からくる実感に、しばらくその場を動けなかった。
明日、ラジに会う私は、どんな顔をしているんだろうか








「随分と遅かったですね」
「ニーナを部屋まで送って来た」
「それはそれは」
「私を送ると聞かなかったがな」
「そうですか。本来はそうあるべきですが・・・・何かありましたか?」
「な、何もない」
「・・・・そうですか」
「・・・・」
「・・・・」
「なぁ、サカキ」
「はい」
「お前は、この先も私達について来てくれるか?」
「!・・・・はい」
「そうか」

我ながらあの一言が思いのほか恥ずかしいものだった。部屋に戻るまでに何とかしようとしたが、サカキのことだ、あの顔からして何かあったとばれている。
寝る支度をしながらも、手に残ったニーナに触れていた感覚を思い出して、自分が言ったことを実感する。ニーナに触れるのが初めてなわけではない、これまでに何度もあったというのに、腕に収めた時の愛おしさがひとしおだった。どこかではっきりしなければいけないことだったが、こんな形で言うことになるとは思ってもみなかった。
白雪どのに妬いたニーナがどうにも愛しかったし、嬉しかった。そう言ったら怒るのだろう。
昔の自分なら気にもしなかったのかもしれない。ニーナの好意的な態度は自分が王子だからではないか、という一抹の不安を嫉妬を理由に払拭した自分も単純なものだと思う。
ニーナを友人と称するのが嫌だったのは自分も同じだ。そう称してしまうのなら側近という役職の方が良いとさえ思う時もあった。

「恋人か・・・」と支度の整った状態でベッドに腰掛け思わず独り言が漏れた。サカキが「おめでとうございます」と言うのが聞こえたので独りごとではなくなったが、これでやっとニーナの手をしっかりととれたと思った。ぐっと力の入った手を緩めてベッドにもぐった。



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