イナズマジャパンのマネージャーになってからどれぐらいの日々が経ったのだろう。チームの皆は苦戦しながらも次々と試合に勝ち続けていきながら実力を高めていっている。私はというと思いの外、なんとかこの環境に慣れていっている。チームの皆さんとも、少しずつではあるけれど関われている。個人的には、それは私にとっての進歩だ。
そして今、次の試合に向けていつものように練習を行っている。葵ちゃんは練習での軽い指示。私は練習の様子を見て気付くことなどをまとめて選手の得意とすること、苦手とすることを見抜く、ということをしている。元々見ていることの方が多かった私はそれなりに洞察力はある、と剣城さんが言ったのだ。
「っはあ、もう無理…。」
丁度隣にどさっと地面に寝転ぶ音が聞こえた。見れば走り込みをして息を切らす皆帆さんだった。
「えっと……お疲れ様、です。」
私はしゃがみこんで皆帆さんとの視線の高さを縮める。
皆帆さんは手の甲で額の汗を拭う。
「やっぱり僕には体力を使うことは向いていないなあ…。はあ、きつい。」
「で、でも……皆帆さん。」
まだ呼吸が整わず俯く皆帆さんの顔をそっと覗き込む。
「私が見てる限りだと…少しずつ皆帆さんは体力がついてきてます。持久力は高まって、ます。」
そう言うと、皆帆さんは何も言わずに私の顔をまじまじと見る。何か可笑しいこと言っちゃったかな…?と思ってしまう。不意に皆帆さんはにっと口角を上げた。
「うん、確かに僕自身他の人に比べては劣ってはいるけど体力はついてきたかなと思うよ。ちゃんと見てるんだね。」
「え……?」
「選手皆のことをちゃんと見てるんだなって。君は君の出来ることをこなせているんだねって言いたいんだ。此処に来てから傍から見てただけの僕でも分かる。随分頑張っているね。」
いつものような表情を浮かべて皆帆さんは話す。…改めてそう言われると嬉しい。イナズマジャパンのマネージャーであることを、認められているようで。
「じゃあ、僕は練習に戻るよ。」
皆帆さんは休まったのか立ち上がり練習に再開しに行った。
私も立ち上がって、マネジメントを再開しようとしたときだった。
「っあ、」
急に立ち上がったからか、ふらついてしまった。視界がぐらり、と揺れて倒れそうになる。
「…っ!」
思わず目を瞑った、が倒れてやって来る痛みは伴わない。そっと目を開けると、
「…井吹、さん…。」
目の前には井吹さんの顔。どうやら私は井吹さんに抱き留められたらしい。井吹さんはしっかりと私の体に腕を巻いて支えていた。
「あ…ありがとう、ございます…。」
我ながら小さな声でお礼を言えば、井吹さんは直ぐに視線を逸らして「……気をつけろよ。」と素っ気なく返し、私から腕を離す。
そして、何も言わずにその場を去ったのだった。
【井吹視点】
俺はさっさと牧原のいたあの場所から遠ざかる。
休憩しようと思って歩いていたら牧原が倒れそうになっていたのが見えた。俺は咄嗟に駆け寄り牧原の体を支えたのだった。
「……暑…。」
…否、暑いというよりも。支えたときに、必然的に牧原と密着した。今思えば、あれはまるで抱き寄せるような形だった。
支えた際に思った。俺に比べたら随分と小さい身体。それに伴うように細っこい体。
「………って、俺何考えてんだよ!」
前々から多少は気付いてはいた。認めたくないが、牧原のことを意識している。勿論、牧原の笑顔を見たあの日からだ。俺なりに考えてはみた。アイツの隠れた顔がそれなりに可愛かったら多少は意識してしまうだろう。けれど牧原は言い方は悪いけれど特別可愛い顔立ちをしているわけではない。顔のことを言うならば野咲とか空野の方が可愛いと言うのだろう。そう考えると、
「……牧原自身に惹かれてる…とか、」
そう呟いてからはっとする。
いや、ありえないだろ。どこに惹かれる要素があると? 大人しいし、おどおどしてるし。でも意外にも頑張り屋で、本心では周りの奴のことをちゃんと考えてて…。
「っ! 途中から良いところじゃねえか…! …なんなんだよ。」
確かに、牧原に惹かれる要素はあるのかと今気付く。
俺は、牧原の姿に目を向ける。
最近になって、アイツは笑顔を見せることが増えてきた。いや、増えたと言っても数回程度だけれど。少なくとも、アイツを取り巻く雰囲気が何処か柔らかくなった。…まあ、俺に対しては前とは変わんねえけど。相変わらずおどおどした態度のままだけど!
先刻だって俺は素っ気なく返したぐらいだ。牧原が俺に対して抱いている印象はきっと初対面の時から変化していないだろう。
…いや、だからってそんな筈はない。単に牧原に良い印象を持ち始めているだけなのかもしれない。好意だとは限らない。
「…好きな訳ない、だろ。」
俺はそう口にする。好きになる訳ない。好きになるはずがない。何処か無理矢理のように唱える。それに今は試合を控えているんだ。こんなことで悩んでいる暇なんてない。
俺は練習を再開しようと準備を始めた。
【千草視点】
次の日の練習を終えた後の夕方、私は片付けなどを終わらせてしまったけれど特にすることもなく外を宿舎周りのふらついていた。まあ外の空気を吸うのは悪くはない。そう思いながら歩いていたときだった。
「あれ……?」
何処からか聞き覚えのある声が聞こえる。2人、だと思う。会話までは聞こえない。私は気になってその声の聞こえるところに歩み寄ってみた。
「…あ…、」
すると、居たのは皆帆さんと真名部さんだった。私は咄嗟に木の陰に隠れてしまった。二人は表情を見たところ普通に会話をしているわけではないらしい。でも盗み聞きをするわけにはいかない。気づかれない内に此処から去ろう。と、思ったけれどそうはいかなかった。
「そんなところで何こそこそしてるの?」
思わずびくりと肩を震わせた。そっと後ろを見れば皆帆さんがこちらに寄って来た。それに続き真名部さんもやって来る。
「盗み聞き、ですか? 貴女らしくはないと思いますが。」
怪訝そうに真名部さんは私を見る。私はすぐに顔を横に降る。
「ち、違います…っ。偶然…通りがかって…それで…つい隠れちゃったんです。」
「はあ…。それならいいですけど。」
真名部さんは溜息を吐く。けれどそれとは裏腹に皆帆さんは「あっ」と声を上げていつもと変わらぬ表情で私を見た。
「牧原さん、君も会話に交ざろうか。」
「え……?」
突然、皆帆さんはそんなことを提案した。真名部さんは直ぐ様「何言ってるんですか!」と言う。
「…それにこの話はお終いです。君は牧原さんにまで話して何がしたいんですか。」
「嫌な言い方だね。…僕はさっきの君の考えに納得がいかなかったからこう提案したんだよ。」
「納得いかなかったからって! そんなの只の自分勝手ですよ!」
真名部さんは声を荒げる。このままだと口論になってしまいそうだ。私は何とか止めようとは思うが多分私がそうしたところで弾かれるに決まっている。
「大体! 僕は…っ、」
「それなら真名部くん、言い方を変える。君の考えていることは間違いだ。正しくない。」
「っ…! 」
状況が全く読めない。この二人は一体何の話をしているのだろう。
不意に、皆帆さんが私に視線を向ける。
「僕は牧原さんになら真名部くん、君の正しい道を指すことができると思ったんだ。今までこのイナズマジャパンを見てきて思ったんだ。…牧原さんには、メンバーを正しい方へと導く力がある。」
躊躇いもなく言う皆帆さんに私は驚く。そんな言い方出来る程私は凄い人なんかじゃないのに。
「皆帆さん…っ。私、そんなの無理に決まって…、」
「そう、ですね。」
途中、遮られる。真名部さんは私に言う。
「僕の行おうとしているのが100%正しいと言い切れないのは事実です。それに……多少、僕としても迷っている面もあります。」
そんな風に言われてしまっては否定なんてできない。私は控えめながらも首を縦に降る。
そして、先程まで話していたことを教えてくれた。
「サッカー…やめちゃうんですか…?」
真名部さんのイナズマジャパンの参加条件は親から離れる裁判の手続きをしてもらうことらしい。真名部さんのお父さんは世界を駆け回る一流商社マン、お母さんは外交官。両親共にエリート。それ故に、真名部さんは勉強勉強と優等生であることを強いられてきた。
「…今日、僕のパパとママが此処に来たんです。サッカーなんてやめて戻って来いと。元々黙ってこのイナズマジャパンに入ったものですから。」
淡々と話すが、真名部さんの話し方は何処か意思を定めていないような、そんな感じがした。
「親なんて自分の価値観を押し付けて支配することしか考えてないんですよ。」
「………。」
「僕は、あの二人の言うがままになるのは嫌なんです。」
「……あ、あの…、」
私はそっと真名部さんの言葉を遮る。
「…今真名部さんが言ったことは本音…ですか?」
「何を、」
「あ、えっと……お父さんとお母さんから離れたいのは本音なのかなって…。」
それを聞けば真名部さんは言葉を詰まらせる。そして、小さい声で「…本音に決まってるじゃないですか。」と言った。
「…私は、真名部さんがご両親から離れることだってサッカーを辞めることだって、止めるつもりはないです。」
「え……。」
「…だって、真名部さんの個人のことだから…それに対して私が干渉することはできません。」
私個人の意見としては、ここまでイナズマジャパン11人にやってきたんだから真名部さんもこのままサッカーを続けてほしい。でも、そんなのは只の我侭でしかない。
「……この後のことはもう、自分で決めます。それじゃあ、僕は宿舎に戻りますから。」
背を向けて、宿舎に戻ろうとする。
「っあ、…待って、ください…っ。」
けれど、私は咄嗟に引き止めた。
「…何ですか。」
振り向いてはくれるけれど、怪訝そうな表情を浮かべる。
「…私は……きっと、ご両親に会えなくなってしまったら後悔すると思います…。」
「…貴方に何が判るんですか。」
「…私は、今だって…お母さんに会いたいです。」
「っ!」
イナズマジャパンの皆さんは私の事情を以前知った。つまりは真名部さんもそのことを知っている。真名部さんは気まずそうに視線を逸らした。
「…お母さんが私を育ててくれたのは…短い間です。…でも、その短い時間でたくさんの愛情を注いでくれたのは自然と判るんです。……真名部さんは、長い時間をご両親と過ごしたんです。」
「………。」
「何度も、何度も、厳しく言われたことはあったかもしれません…。でもその言葉に冷たさとか、嫌味だとかはなかったと思います。どの言葉にも…真名部さんを想った気持ちしか…込められてなかったと思うんです。」
真名部さんは、直ぐには何も答えなかった。そのかわりに何処か揺らぐような目をして、そして再び背を向けた。
「…そんなこと言われたって、」
言葉は、途中で途切れた。続きを言う前に真名部さんはこの場を去ってしまった。
「やっぱり、君は僕の思った通りの人物だ。」
今まで見ているだけだった皆帆さんが口を出す。
「真名部くんの意思を見事に揺らがせてみせたね。」
「そ、そんな……真名部さんは、」
「言葉なんて、表面だけさ。本音じゃない。言葉では嘘を吐いていても、それが嘘だと言うことはその人の仕草に出てしまう。」
皆帆さんはそっと目を細める。
「真名部くんは、確かに君の言葉に心を向けたよ。きっと、自分の部屋にでも戻って考えでも整理するんじゃないかな。」
確信を持ったように話す。流石、観察力はいいのだろうか。
「見ていてとても興味深かったよ、君の発言は。」
「え、と…そんなこと言われたって……。」
中々皆帆さんのペースには着いていけない。私は言葉を濁らせる。
「っ、…し、失礼しますっ」
私はどうしようもなくなり、回れ右をした。そして足早にこの場を去ったのだった。