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「おーし、あと3周!」
頼もしい力強い真くんの声が聞こえる。今、皆さんはランニング中だ。その様子を遠目に眺める。皆帆さんと真名部さんが何か張り合っているのが伺えたけれど、一応ランニングはちゃんとしている…のかな…?
「あいつ等、随分と変わってきたな。」
不意に、隣に立つ剣城さんがランニングの姿を見ながら言う。
「そう思わないか? 牧原。」
「あ……えっと、」
突然同意を求められ、戸惑いながらも私は答えた。
「私も…そう思います。皆さん頑張ってる…。」
剣城さんは、それを聞けばふっと微笑した。と、そんなとき私は気付いた。
「…森村、さん。森村さんがいないです」
ランニングをしている皆さんの姿を見ても、そこには森村さんがいない。
「そういえば、朝食のときもいなかったな。」
「…じゃあ、あのまま…?」
剣城さんの言葉に続き、葵ちゃんが呟いた。
「今朝ね、宿舎の前で好葉ちゃんに会ったの。散歩に行くって言ってたんだけど…。」
「散歩って森村さんのこと?」
不意に皆帆さんの声が聞こえた。
もうランニングは終わったらしい。皆帆さんは息を切らしながら話す。
「彼女なら、多分公園だよ。」
皆帆さんは息を整える。
「自由時間は大抵あの辺にいる。きっと一人になりたいんだろうね。」
一人になりたい、か…。そんなことを考えていれば真名部さんが口を挟む。
「森村さんは動物好きですから。こうで野良猫と遊んでいるのを見たことがあります。」
「でもどうしたのかな、練習にはいつも真面目に出ていたのに。」
隼人くんが疑問を口にすれば、皆帆さんが答えた。
「結構思い詰めてる感じだったからね。自分がこのチームにいてもいいんだろうかって…。」
…そんな風に思ってたんだ…。そりゃあチームにいるからにはプレッシャーだとかがあるだろう。普通に考えれば分かることだ。
「あ、あの……私、森村さんを捜してきます…っ。」
私がそう言えば、皆の視線が集まる。私がこんなこと言うのは考えもしなかったのか何なのか。……何となくだけれど、何処か森村さんを自分と重ねられるような気がした。
「まあ確かに皆はまだレスポンスがあるから、千草が行くのなら助かるんだけど…。」
松風さんがそう言うと、不意に井吹さんが口を開く。
「俺も行く。」
「え……、」
井吹さんがそんなことを言い出すとは思わなかった。井吹さんは言葉を続ける。
「…牧原だけが行ったとしても森村は来ないかもしれないだろ。」
ふいと顔を逸らされながらもそう言われた。けれど私は、
「……私、一人で行きます。井吹さんは…練習したいだろうし……、」
「っ、んなこと………。」
井吹さんは何かを言いかけたけれど直ぐに口をつぐんだ。
私は、そそくさとこの場を去った。

【瞬木視点】
俺も行く、だなんて井吹が言うとは思わなかった。井吹のことだし、千草が行くと言ったならそのままにするだろう。
「…何なんだよ…。」
不意に井吹が呟いたのが聞こえた。俺はそっと井吹に近づきにこりと微笑んで見せた。
「なんであんな反応されるんだってか?」
「! 瞬木。」
井吹は俺に気づけば、眉に皺を寄せた。本当に分かり易い反応をする。
「千草、結構このチームメイトに慣れてきてはいるけど、井吹に対してはそこまで…、」
「う、うるせえよ…! 別にアイツのことだとか、」
「井吹。」
今にも言い逃げでもしそうな井吹の腕を掴んだ。俺は敢えて笑顔は崩さずに言った。
「意地張るのは構わないけど、あまり誤魔化したりはしない方がいいんじゃない?」
「は…、」
井吹は何を言っているんだとでも言いたげな表情を浮かべる。
…はっきりしなくとも、本当は気づいているくせに。
「…何でもないよ。練習、頑張ろうね。」
俺は軽く手を振って練習に向かった。背を向けてはいたけれど、井吹が今どんな表情で、どんな思いでいるのかが容易に想像がついた。

【千草視点】
葵ちゃんの言葉通り公園に向かえば、小さな背中が見えた。森村さんだ。そのすぐ近くには猫が数匹。真名部さんの言っていた通り森村さんは動物が好きみたいだ。
私は森村さんの傍に駆け寄った。
「森村さん」
名前を呼べば、森村さんはびくりと肩を震わせ、こちらに顔を向けた。
「…牧原、さん」
「あの、…珍しく、練習に来ていないみたいだったから」
そう口にすると、森村さんは気まずそうに顔を背けた。私は森村さんの横にしゃがみ込む。
「えっ、と……私も、猫好きなんです」
「………」
「……誰かと、話すより楽なんですよね」
「っ!」
やっと、こちらに目を向けた。そういえば、こんなに正面から森村さんと向き合ったのは初めてかもしれない。
「……動物は、うちを裏切らないから」
ぽつりと、話し出す。私は森村さんの言葉に耳を傾けた。
「動物は、うちを馬鹿にしたりしない。笑いものにしない。だから、好き。でも、誰かと話すのは、怖い」
「いちいちおどおどしてて鬱陶しい。何ではっきり言わないの」
「っあ、」
「…今まで、散々言われてきました。自覚は、あるんです。自分でもわかってるんです。でも、…私にとっては簡単に変われる事じゃないんです」
森村さんは小さく頷いた。
森村さんと私は、とても似ている。だからこそ、よく判ってしまう。
「こんな事で、親近感なんて湧くものじゃないんですけど……森村さんとは、何だか話しやすいんです」
「……うちも、牧原さんと話すのは、他の人と話すよりはちょっとだけ大丈夫」
そう言って少しだけ、口元を緩ませる。
「…でも、うち…今は」
「練習に連れ戻そうなんて、思ってないです。…でも、もう少しだけ、お話したいです。…いい、ですか?」
「……うん」
そう言葉を交わし、私と森村さんは近くにあったベンチに並んで座る。ゆったりとした風が吹き、心地いい。
「牧原さんは、すごいね」
「え…?」
「初めて見たとき、うちにそっくりだって思ったの。」
「…はい」
「でも、そんな事なかった。何も変われないうちと違って、牧原さんはどんどん変わってく。牧原さんは、すごい」
そう話す森村さんは寂しそうだった。自分と比較して、卑下するような。
「…全然すごくないです」
「そんな、」
「もし、傍に隼人くんが居てくれなかったら、私は何一つ変われなかった。…こんな、弱虫で、頼りなくて、どうしようもない私を見捨てないで隣にいてくれた隼人くんのおかげだから…」
「…そう、なんだ…」
気づけば、森村さんは1度もこちらに顔を向けていなかった。私は森村さんの手をそっと握る。
「…森村さんにもきっと、います。どんなに弱くたって、どれだけ弱音吐いたって、隣にいてくれるような人が、います」
「…そうだと、いいな」
呟くような森村さんの言葉。けれど、握った手が、握り返される事はなかった。

***

後日、森村さんが宿舎を出て行くという旨の記されている紙が部屋で見つかった。流石にこれ以上は放っておく訳にもいかず、松風さん、九坂さん、葵ちゃんの3人が森村さんを捜しに行くことになった。
そうして今日は練習は中止となり、それぞれ部屋に戻ったりするのだった。

「千草ちゃん、部屋で一緒にお話しよ」
私はさくらさんに誘われ、さくらさんの部屋で一緒に過ごす事になった。
「放っておけばいいのにね」
「えっ…?」
突然の言葉に私はさくらさんの顔を見る。さくらさんは「だって、」と言葉を続ける。
「好葉、そんなに人に構われるの好きじゃないでしょ。それなのに3人で捜しに行っちゃって…」
「それは、その…違うかも」
「違うって?」
「森村さん、は……」
「…いいや、話さなくて!千草ちゃんが判ってるんなら、それで」
さくらさんは、軽く私の背中を叩く。そうして、にっと笑う。
「次の試合も近いし、頑張らなきゃね」
好葉も一緒に、と付け加えられる。
森村さんも一緒に全員で、また次に進めるといいな。