09

【瞬木視点】
対シャムシール戦。前半戦が終わった。0対1。先制点を取られてしまった。けれど、問題はそこよりも九坂のことだ。弱いと言われ、相手チームの選手に強いタックルを食らわせたのだ。
…そして、もう一つ問題がある。
「牧原は、今日も来ていないのか。」
休憩時間、神童さんが言う。
…二人で話した以来、千草は一度も俺達の前に姿を見せなかった。さすがに、試合当日である今日は来るだろうと思っていたけれど、来なかった。
「そういえば…前、来たときどことなく元気がなかったな…。」
キャプテンが呟く。前、千草の母親の命日のときだ。
「何かあったのかな…。」
さすがキャプテンと言ったところか。選手だけでなくマネージャーのことも気にかけるらしい。
「…なぁ、瞬木。」
不意に、井吹に声をかけられる。俺は「なに?」と返答する。
「お前は、なんで牧原が来なくなったのか知ってるんじゃねぇの?」
「…!」
まさか、とは思った。…ああ、そういえば最後に話したのは俺だったっけ。…井吹は疑ってるのかもな。千草が来なくなったのは俺にも原因があるんじゃないかと。
「…君が千草のことを気にするなんて意外だね。井吹はああいうタイプは嫌いそうなのに。」
「なっ、…そんなのどうでもいいだろ。なんとなくだ。」
冗談半分で言ったのだけれど、井吹は気まずそうに視線を逸らした。
「俺が何か知ってる、か。…確かにそうだね。そして、千草が来なくなった原因は俺なのかもしれない。」
そう言えば、皆の視線が一斉に集まる。
そして、ガッと井吹に胸倉を掴まれた。
「…何、急に。苦しいんだけど?」
「…牧原は、お前のこと信頼してたんじゃねぇの。」
「まぁ、そうだね。お互い信頼してるよ。」
「っ、じゃあ何言ったらアイツが突然来なくなるんだよ!」
更にぐい、と掴まれている手に力が篭った。俺はその手を払い退ける。
「確かに、俺の発言が悩んでいた千草に最終的な追い打ちをかけて此処に来れなくしたのかもしれない。でも、この状況を作り出してしまった要因は俺だけじゃない。…千草が物事をマイナスに捉えてしまう精神面。それだけじゃない。千草を取り巻くこの環境が結局は要因を生み出した。」
俺の話に井吹はもちろん、他の皆だって黙って耳を傾けるだけだった。


「…でも、千草は努力しなかったわけじゃない。此処にいて、マネージャーとして選手を支えたかった。イナズマジャパンに関わるひとりとして心から認められたかった。」
そう話すと、キャプテンが反応する。
「そんな…っ。俺達は牧原のことを仲間だと思ってる。」
それに続いて、野咲さん、鉄角が口を挟む。
「そうよ。私は…前回の試合で千草ちゃんのお陰で大事なことに気付くことができたもの。」
「俺もだ。千草がいなかったら今頃脱退試験でこのチームを抜けてただろうし。」
…ほら、千草のことこんなふうに思ってくれる人、いるじゃないか。本人がいるならばそう言ってやりたいところだ。
「…でも当の本人はそうは思えないんだな。」
ここまでくれば、もうこの際話してしまってもいいだろう。
俺は、千草の家庭のこと、怖がっていること。千草が話したことを全て話した。

話し終わり、最初に言葉を出したのは野咲さんだった。
「何なのよそれ! 馬鹿じゃないの!?」
眉を吊り上げ、声を張り上げる。
「まあ最初はそりゃあうじうじしてて見てて腹立つなって思ってたわよ。でも……あんなふうに私達のこと思ってくれる人そうそういるとは思えない! あの子はイナズマジャパンに必要よ!」
それを俺に言われてもな。どうせなら本人に言ってやってほしい。
痺れを切らした野咲さんは回れ右をす。
「会って話してくる。」
「え…?」
「我慢ならないわよ! 一発はっきり言ってやるんだから!」
そう言って行動に移そうとする野咲さんの腕を神童さんが掴む。
「待て。そろそろ後半戦が始まる。今抜けるわけにはいかない。…九坂のこともあるから尚更だ。」
「でも! …っ、」
神童さんの言う通り、今は試合に集中しなければならない。
不本意ながらも、試合開始だ。皆がポジションに向かう。
「……井吹。」
俺は井吹を引き止める。
「なんだよ…。」
「俺は確かに千草に追い打ちをかけるようなことを言った。でもだからって千草が目の前からいなくなることなんて少しも望んでいない。」
「……。」
「一度は発言を誤った。でも…、」
俺は腕を掴む手にぐっと力を込める。
「気にしていても行動を起こせない井吹よりはマシだと思ってる。」
「っ!」
井吹が息を飲む。
「……言いたいのはそれだけ。試合、頑張ろうな。」
腕を離し、俺はにっこりと笑みを浮かべた。


【千草視点】
私は観客席の後ろの方に座った。空いている席を見つけるのに時間かかかってしまい、もう後半戦の真っ最中のようだ。
「……。」
いつもはコートの外から眺めていたから、遠く感じる。
イナズマジャパンがシャムシールの攻撃を突破したのが見えた。
「ーーーキョウボウヘッド!!」
九坂さん…必殺技使えるようになったんだ…。
強力なシュートは止められることなく、ゴールした。
「…やっぱすごい、な。」
今の私は見るだけなんだ。

***

試合はあっと言う間に終了した。勝利したのはイナズマジャパン。
「これからどうしよう…。」
マネージャーをやめてしまった。とりあえず、宿舎に置いてある荷物は持ち出すべきだろう。
私は、試合を観戦し終わり帰っていく観客に紛れて宿舎に向かった。

***

宿舎には案の定まだ皆帰ってきていない。私は自室に行き荷物を一つの鞄にまとめる。元々大した量ではなかったから、なんとか持てる程度の重さだ。
「……結局私、変わること…できなかったな」
此処にいて成長、できたのかな。…ううん、ちっとも私は前に進めていない。
私は荷物を手に持ち、部屋を出る。皆が帰ってこない内に宿舎を出ようと足早に玄関に向かった。
すると、

「そんな荷物なんて持っちゃって何処に行くつもり?」

聞き覚えのある声。
外に出れば、私は思わず言葉を詰まらせた。
イナズマジャパンの皆がいた。

「な、なんで……。」
そう言うと、真くんが返答する。
「それはこっちの台詞だ! 突然いなくなりやがって!」
更に、さくらさんがこちらに駆け寄る。
「もう、そんな荷物持って…。ほら、戻るよー。」
ぐいぐいと押され、宿舎の中に入れようとする。
「あ、あのっ、私はもう…、」
「マネージャーをやめた、…そう言いたいのか?」
口を出したのは神童さんだった。
「監督に聞いた。マネージャーをやめたらしいな。」
「っ、…はい。」
そりゃあ、監督も話したよね…。
そう考えれば、隼人くんの姿が見えた。
「っ!」
目が合ってしまった。すぐ逸らしたけれど、隼人くんが寄ってくる。
そして、抱き締められた。
「千草、ごめんな。」
掠れた声が耳元で聞こえた。
「え……?」
「あのとき…千草の話を聞いたとき、ちゃんと千草の気持ち考えてなかった。自分をを基準にして答えてた。俺と千草は違うのにな。…あんなの、自分の価値観を押し付けるようなものだ。……ごめん、本当に、ごめんな」
ぎゅうっと思い切り抱き締められる。温かくて、なんだか落ち着く。隼人くんの体温が伝わる。
「隼人くんは…悪くないよ。」
「……千草は優しい、な。」
離され、隼人くんは微笑んだ。
「…そういえば、牧原。家のこととか…瞬木から全部聞いた。」
剣城さんが話し出す。
「今までずっと不安だったんだな。」
落ち着いた声色で言う。そして私の目の前まで歩み寄る。
「マネージャーやめると言うまで追い込んだりして、」
「……、」
「そうやって………なんでも一人で抱え込もうとすんな馬鹿!!」
「いひゃっ!」
ぐいっと頬を抓られた。正直、結構痛い。
「それに皆に迷惑がられてるだとか必要とされてないだとか、そんなわけないだろうが!!」
「は、はいぃっ。ごめんなさいっ。」
怒鳴られてしまい思わず謝ってしまう。
周りの皆も、まさか怒鳴るとは思っていなかったらしく呆然とする。

「ったく、…イナズマジャパンの奴等をちゃんと見てみろ。表面上だけで付き合ってると思うのか?」
剣城さんに言われ、私はそっと皆を見渡す。
「………私、イナズマジャパンにいても、いいんですか…?」
呟くように言った。すると皆、頷いた。
「いいに決まってんだろ!」
「駄目なわけないじゃない。」
「僕としてはいてくれた方がいいかな。」
「いては駄目な理由なんてありませんから。」
口々に言われる。
「っ……!」
こんなふうに言われたのなんて初めてだった。ものすごく、嬉しい。私は此処にいてもいいんだ。
無意識の内に涙がぽろぽろと溢れた。
「あ、何泣いてんのよー。」
「だ、って…、」
私は頭を下げた。
「ありがとう、ございます…っ」
顔を上げる。すると、皆が唖然とした。
「え……、」
「千草ちゃん! 今笑った!」
さくらさんが歓喜の声を上げた。
「なんだ、そうやって笑えるんじゃないか。」
皆帆さんも、興味津々とでもいうように見てくる。
どうやら無意識に笑みがこぼれていたらしい。
「……牧原! 君はこれからもマネージャーだ!」
松風さんがにっと笑う。
「っ……はい!」


その後、監督に話した。マネージャーをやめると言ったのは取り消すと。すると、監督は元々やめさせる気などなかったと答えた。こうなることを予測していたらしい。
私はこれからもマネージャーとしてイナズマジャパンにいることになった。

結局荷物は自分の部屋に戻す。整頓は後にしよう。私は一旦外に出た。
「んー……、」
背伸びをする。丁度今は皆外に出ていないのか、周りには誰もいない。
そう思ったときだった。
「ーーー千草。」
聞き慣れた声がした。どこか、懐かしく感じるこの声は。
「……っ、」
声のした方に視線を向ける。そこには、
「…茂…おじさん…。」
そこにいたのは、私の叔父である牧原茂おじさんだった。
「…なんか久しぶりみたいな感じだな。」
にっと笑う。私は思わず言葉を失う。
「ははっ、なんでここにいるんだとでも言いたげな顔だな。」
「あっ…、」
「イナズマジャパンの…神童くん、だったか? 突然呼び出されたんだよ。」
神童さんが呼んだんだ。でも、どうして?
「教えてくれたんだよ、お前がいろいろと不安がってるってな。」
「そう、なんだ…。」
「…言いたいことは山程ある。でもまずは、っと。」
急に、乱暴に頭を撫でられる。
「突然家を黙って出ていったりなんかして、心配したんだぞ?」
「っ!」
実は、私はイナズマジャパンのマネージャーになるということだけを伝えて、勝手に家を出ていったのだ。
「…怒ってる…?」
おずおずと問いかければ、「…そうだな。」と答えられる。
「確かに俺は怒ってるよ。お前は姉貴の子供ってのもあって大事だからな。」
姉貴。私のお母さんのことだ。
「姉貴は自分が長く持たないってことは分かってた。それでもし自分に何かあったときは俺が何とかするように頼まれてたんだ。」
「そうなんだ…。」
「…本当に大事にしてたよ。」
茂おじさんの声色が優しくなる。更に言葉を続ける。
「お前を産むのだって医者に反対されてたのに、反対を押し切って産んだ。その上千草のことは母親である自分が一人で育ててみせるって言ってたんだよ。」
「え……。」
「お前をいつだって、誰よりも、大事に想ってたのは、姉貴だ。」
再び頭を撫でられる。さっきとは違って乱暴ではない。
「俺は、そんな姉貴を見て思った。産んだ子供だって、姉貴に似るだろう。いつか誰かを大切に想い続けられるような子になるってな。」
それを聞き、お母さんってそんな人だったんだ。そう思った。お母さんといられたのは幼い頃だけ。はっきりとした記憶はなかった。
「で、でも……私はそんなお母さんみたいじゃないよ。」
「何言ってんだ。」
茂おじさんは、私の頭を小突く。
「お前は、姉貴そっくりだよ。」
そっくり…? でも、聞いてみる限りでは、私とお母さんは正反対のような気がする。すると、思っていたのが顔に出ていたのか茂おじさんは言った。
「消極的だとかそういうのは別だ。お前は頑張り屋だ。此処でマネージャー、こなしてるんだろ? たとえ失敗をしたっていい。一番大事なのはそれに対しての思いだ。」
そう言い終わってすぐ、私はぎゅうっと抱きついた。ぼろぼろと涙が溢れた。
「おじ、さん…っ。私ここで…やれることはやりたい…頑張りたいの…っ」
「…ああ。お前の居場所はこのイナズマジャパンなんだろうな。千草のやりたいようにやればいい。」
よしよしと背中を撫でられる。溢れる涙がおじさんの服を濡らす。
「…あ、一応言っておく。」
頬を両手で挟まれ顔を上げられる。
「姉貴が亡くなって、俺は姉貴の代わりになろうとした。…いや、姉貴以上に…姉貴以上にお前を愛してやろうと育ててきた。」
「え…。」
「千草がどんな風になろうと、俺にとっては千草は千草。ずっとお前を大事にしていくからな。」
にっと茂おじさんは微笑む。
「まあ、全く会えなくなるのも俺は寂しいし、帰れるときは家に帰って来い。いつでも待ってる。」
「! うん…っ。」
温かい言葉に癒される。私も、小さく微笑み返した。
そして、もう一度茂おじさんに体を預けたのだった。