強い日差しがコートを照らす。今日も何時ものように各々練習を行っている。
「さあ、いつでもいいぜ!」
井吹さんの威勢のいい声が聞こえる。
さくらさんが神童さんにパスを回し、神童さんはシュートを決める。そのシュートを井吹さんは難なくキャッチした。
「どうだ!」
「次はもっと厳しいコースだ」
「いいねぇ、来い!」
他の皆に視線を移せば、それぞれドリブルなどの練習が順調に行われているようだった。
「…上達、してる」
「うん、みんなどんどん上手くなっていってますよね!」
何時の間に隣にいたのか葵ちゃんは持ち前の明るい笑顔を見せる。こくりと控えめではあるけれど頷けば、葵ちゃんは満足そうに笑った。
「あ、そろそろ休憩時間になりますね」
「それじゃあ、私タオルとか準備しておくね…っ」
「はい!」
…私も、以前に比べればマネージャーとしての仕事に馴染んできたような気がする。まだ、未熟な所なんていくらでもあるけれど、少しでもイナズマジャパンの皆の力になれるようになりたい。
「はーい、15分休憩でーす!」
葵ちゃんの声が響き、それぞれ休憩に入る。
「なあ、森村」
不意に、九坂さんが森村さんに声をかける姿が見えた。けれど森村さんは何も言わずに逃げるように此方に向かってきた。
「…牧原さん…」
「あ、…森村さん。タオル、どうぞ」
「うん、ありがとう」
タオルを渡せば、森村さんは受け取り直ぐに端の方に去ってしまった。
「…どうすりゃいいんだ」
悩ましげも九坂さんは呟く。何時もにこにこと笑う、朗らかな性格な九坂さんがそんな顔をするのは珍しい。
「…何か、あったんですか?…森村さんと、」
「あー、いや、その…」
九坂さんは言葉を濁す。そのとき、丁度仕事がひと段落した葵ちゃんが「もしかして」と此方を見た。
「九坂くん、気にしてるの?あのこと」
「っ、…まあ、」
九坂さんは、葵ちゃんの言葉に図星だったらしく気まずそうに目線を逸らした。
「なに?気にしてるって。何かしたの?」
そんな言葉を聞きつけたさくらさんに続き、周りの皆もぞろぞろと九坂さんを囲んだ。九坂さんは、渋々口を開いた。
話を聞けば、九坂さんは森村さんに対してイラつくと言ってしまったらしい。森村さんは、誰かと話す事に怯えていた。だからこそイラつくという言葉を真正面に受け止めた森村さんは、今どんな想いでいるのだろう。
「俺、このままじゃスッキリしないっつーか、…アイツに謝らないと」
九坂さんだって本心からイラつくと、森村さんを否定してしまった訳ではない。謝らなければならない、そう言った九坂さんの言葉に皆は賛成した。
***
「…いてて、猫は予測範囲外だったなあ…」
練習を終え、あっという間に日は沈もうとしている。夕暮れの中、顔に引っかき傷を負った皆帆さんの姿が見えた。
「ど、どうしたんですか…っ?」
「ああ、牧原さん。いや、九坂くんと森村さんの事だよ。九坂くんが謝りたいと言うから協力していたんだけど…上手くいかなくって」
失敗ちゃったんだ、と皆帆さんは猫に引っ掻かれたらしい傷を見せた。
「…やっぱり、九坂さんと森村さんの本人が動かなきゃ駄目なんでしょうか…」
「そうだね、やっぱり一番難しいのは人間の心理だ。…でも、君は少しは判ってしまうんじゃないか?」
「? 何をですか…?」
「森村さんの事。だって、君と森村さんは似ているじゃないか」
何が、とは言わなかった。本当に、皆帆さんはよく人の事を見抜いてしまう。私は咄嗟に言葉が出てこなかった。
「まあ、森村さんは大丈夫だろうね」
「…九坂さんが、」
「うん、確かに九坂くんも彼女の引き金になるだろう。けれど、牧原さん、君だっているじゃないか。きっと君も、森村さんの力になるだろう」
「そっそんな、大層な事はできませんし…!」
「いいや、できるさ。だって、現に君はこうして変われたじゃないか!」
いつもの調子で話す皆帆さんの言葉に、はっと顔を上げた。
変われた。私は以前に比べて、変われているのだろうか。
「僕は、嘘は言わないよ」
ほんの少しだけ柔らかい声色に、何かが救われる気がする。
何事も確定するかのように話す皆帆さんの言葉は、すごい。
「…ありがとう、ございます」
思わず震えそうになる声で返せば、皆帆さんは普段と変わらない顔で笑った。
***
そうして、結局九坂さんと森村さんの距離はどうにもならないまま準決勝の日を迎えてしまった。
「フットボールフロンティアインターナショナルビジョン2!アジア地区予選もついに準決勝、日本代表イナズマジャパンとタイ代表マッハタイガーとの試合が始まろうとしています!」
実況の声と共にフィールドが歓声に包まれる。
「大丈夫でしょうか、あの二人」
葵ちゃんは不安そうな声を洩らす。ただでさえ、マッハタイガーは前回以上に強力な対戦相手だ。連携がとても重要になる今、この状態でこの対戦、乗り切れるのだろうか。
「…不安だけど、信じるしかないね…」
葵ちゃんはこくりと頷く。今フィールドに立てるのは選手だけ。本人たちを信じる事しか、今できることはないんだ。
「今、キックオフです!」
実況の声に、咄嗟にフィールドに目を向ける。
マッハタイガーのキックオフで試合が始まった。一気にリードされゴール近くまで攻め上がるが、素早く神童さんが前に出る。
「行かせない!アインザッツ!」
必殺技で難なくボールを奪い、イナズマジャパンが攻撃に出る。けれど、マッハタイガーのディフェンスは動かない。自コートに攻められているのに微動だにしない光景は不思議で仕方がないと同時に、嫌な予感がした。
「神童さん、こっちです!」
「天馬!」
神童さんが松風さんにパスを回す。しかしそのボールはマッハタイガー選手、ナパが驚くような跳躍によって空中でカットされた。
「今だ!タムガン!」
ナパのロングパスによってタムガンにボールが渡る。タムガンがディフェンスの森村さんの横をすり抜ける。
タムガンによってシュートは放たれたが、そのシュートは井吹さんによって見事止められた。練習の成果がよく出ているようだった。
「よし!この調子ですね!」
「うん…っ」
葵ちゃんと目を合わせ、声を掛け合う。
けれど、先程の動きもしなかったマッハタイガーのディフェンスへの疑問が残る。今回の試合は、決して一筋縄にはいかない気がした。そんな予感が的中しない事を願うしかない。
そこから試合の様子は一転した。
マッハタイガーのカウンターを狙った攻撃が続く。カウンターは、一瞬で攻守が入れ替わってしまうため油断できない。イナズマジャパンが攻め込んでもマッハタイガーのカウンターが続いてしまう。
「いくぞ、神のタクトFI!」
空中を描く炎を辿るように、真くん、さくらさん、松風さんへとパスが続いていく。マッハタイガーの最終ラインをどうにかするために神童さんの神のタクトで突破するらしい。
何とか、イナズマジャパンの有利な態勢に変化していく。ボールは隼人くんに繋がった。
「パルクールアタック!」
「デスサイズミドル!」
シュートは放たれた。しかし、ゴールまで届く事はなくディフェンスによってブロックされてしまう。
マッハタイガーが攻撃に出る。あっという間にイナズマジャパンのディフェンスも破れられてしまった。
「アイボリークラッシュ!」
強力なシュートは井吹さんの横をすり抜け、ゴールに入る。
「そっちだと…!?」
井吹さんは困惑しな表情を浮かべた。
タイ代表、マッハタイガー。このチームは予想のできない動きが多すぎる。この試合、どうなってしまうのだろう。
【好葉視点】
先制点はマッハタイガーだった。マッハタイガーの選手がこちらまで攻め上がってきたとき、うちは動くことすらできなかった。やっぱり、うちはこの場にいても何もできないのかな。結局一人なのかな。
「森村!」
突然、名前を呼ばれる。はっと顔を上げれば、九坂くんがこちらに走ってくる。
「俺は、お前が好きだ!」
予想外の言葉に、思わず固まってしまう。好き?九坂くんに、何と言われた?
「お前はあったかいし、顔も可愛い!俺の彼女にしてやるから元気出せ!」
周りから困惑の声が上がる。
「……うちのこと、」
こんなうちでも好きになってくれる人がいる。
──…森村さんにもきっと、います。どんなに弱くたって、どれだけ弱音吐いたって、隣にいてくれるような人が、います。
「…いたよ、牧原さん。隣にいてくれる人」
うちは、何もかもから目を逸らしていただけだったんだ。
***
試合再開のホイッスルが鳴る。
「森村!お前ならできる!」
目の前からマッハタイガーの選手が向かってくる。今までは何もできなかった。ただ、立ちすくんでいただけだった。
「…できる、うち」
見える視界が変わった気がした。マッハタイガーの選手、ナパの動きがはっきりと見える。止められる。
「動ける!」
ナパの前に出ようとする、が勢い余って足がもつれてしまった。
「わ、わわっ」
今までにない感覚だった。
「このはロール!」
気付けば、ナパのボールを奪っていた。
「あれ、ボール…」
うち、今できていた?うちも変われた。
「好葉、こっちだ!」
キャプテンの声が聞こえて、パスを回した。
【千草視点】
九坂さんがまさか告白するとは思わなかった。よく気にかけている様子があったが、それは森村さんへの好意からだったのか。
「このはロール!」
見事必殺技を発動させた森村さんは、松風さんにパスを回す。
イナズマジャパンのカウンター攻撃が始まる。
「神のタクトFI!」
神童さんの神のタクトによって九坂さんまでパスが繋がれる。
「キョウボウヘッド!」
「キラーエルボー!」
キーパーの必殺技は破られ、九坂さんのシュートが決まる。イナズマジャパンに一点入る。
「追いつきましたよ!イナズマジャパン、同点ですね」
「うん…!」
前半も残りわずか。九坂さんのシュートを皮切りに互いのチームの攻撃がぶつかり合い、試合の勝敗は想像もつかないものになった。
そうして、ホイッスルが鳴り前半戦が終了した。
「あの、九坂くんの気持ちありがとう」
森村さんと九坂さんの向き合う姿が見えた。森村さんの表情は、試合前に比べて随分と違う。
「でも、彼女になるのは、その…だめです!ごめんなさい!」
そう言って頭を下げる。九坂さんは眉を下げ笑った。
「ま、いいか。お前が元気になってくれればそれでいい」
九坂さんと一、二言話した後、森村さんが此方にやってくる。不安そうな影はない表情。
「牧原さん、うちにもいたよ」
隣にいてくれる人。そう言ってくすぐったそうに笑う森村さんにつられて私も口元が緩む。
それとね、と森村さんは口元に手を寄せる。私は森村さんに合わせ、しゃがみ込む。
「瞬木くん以外にも、いるよ」
「え…」
「牧原さんの隣にいてくれる人。きっと、いる」
素直にその言葉を飲み込めなかった。隼人くん、だけじゃない誰か。
「…えっと、」
「イナズマジャパン、絶対勝つぞ!」
声が松風さんの宣言に掻き消される。もうすぐ、後半戦が始まる。
「…後半戦も、頑張って」
誤魔化すように、そう言葉にした。