【井吹視点】
「ふぅ…。」
今日も練習日。俺は滲む汗を手の甲で拭う。今日はいつにも増してやけに暑い。
「皆さーん! 休憩入ります!」
と、そこで空野の声が聞こえた。そろそろ休みたいと思っていたところだったから丁度いい。
マネージャーである空野と牧原がタオルとドリンクを配っているのが見え、ない?
「ん…?」
空野の姿はあるが、牧原が見当たらない。今日はいないのか、と思い周りを見渡せば、不意に背中に何かが当たった。
「なんだ…。」
後ろを向く。と、そこには捜していた牧原がいた。ふらついてぶつかったんだろう。
「ん……あ、すみ…ません…。」
見れば牧原はふらふらとしている。見ていて危なっかしい。
「……おい、」
気になって、俺はどこかへ向かおうとする牧原の後ろから肩を掴む。すると、
「っー、」
途端に牧原の体は傾く。そしてその場に倒れ込んだ。
「……え、」
思わず、言葉を失った。お、俺そんなに強く掴んだのか…!? そんなふうに焦っていると、瞬木が横切る。
「千草…!? 井吹、何かあった?」
「な、なんか急に倒れて…。」
瞬木は牧原の顔を覗き込んだ。額にそっと手を当てる。
「……熱中症、か?」
焦りながらも、瞬木は冷静に判断する。それを聞き、空野が駆け寄ってきた。
「大変! 急いで医務室に連れていかなきゃ…!」
医務室に連れて行く、とは言っても当の本人は気を失っている。
「……井吹が千草を連れていけば?」
と、野咲は突然言い出した。俺は思わず「はっ!?」と声を上げた。突拍子に何を言い出すんだコイツは。
「何で俺なんだよ、別に瞬木とかでもいいだろ。」
「確かにそうかもだけど、井吹のが力ありそうだし。千草ちゃんぐらい軽く運べるでしょ?」
そりゃあ、俺だってそれなりに力がある方だと言える。それに、牧原は小柄だから軽々といけるだろう。
「ほら、早く運ぶ! このまま日の当たるところに置いてちゃ駄目でしょ。」
強引に野咲に押され、結局俺が牧原を医務室に連れて行く羽目になる。
「…はぁ、連れてきゃいいんだろ。」
俺は、仕方がなく牧原を横抱きにして医務室へと向かった。
案の定、俺は牧原を軽々と運ぶことができた。というか、ちゃんと食事を採っているのかと思う程に感じたのは俺がそれなりに力があるからなのか、コイツが軽いからなのか。…両方のような気がする。
そんなことを考えながら医務室へと入る。
「…誰もいねぇのか。」
まぁいいか、と思いベッドに牧原を寝かせる。暑いだろうから、薄地のタオルケット一枚だけをかけておく。
「ん……、」
牧原が微かに声を洩らす。思わず後ずさったが、単に声を洩らしただけで起きたわけではないらしい。俺はほっと安堵の息を洩らす。
それにしても、熱中症か。マネージャーでも水分を取ることはできる。どうせ、そんなことすらも忘れて頑張っていたところだろうと思う。と、同時に、
「…頑張りや、」
こいつは消極的だ。けれど、影では人一倍頑張る奴なんじゃないかと考えた。
俺は、規則的に寝息を洩らす牧原の髪を撫でた。すると、
「んん………井吹、さん…?」
か細い声が聞こえたかと思えば、牧原が目を覚ましたのだった。
「っ!!」
俺は咄嗟に撫でていた手を離した。若干寝ぼけ眼である辺り、特に気づいてはないらしい。助かった。
「……あ…医務室…?」
牧原は周りを見渡して呟く。
「お前、熱中症で倒れたんだよ。俺が医務室まで運んだ。」
それを聞くと、申し訳なさそうな表情を浮かべ俯いた。
「わ、わざわざすみません…。迷惑、かけちゃって…。」
「…別に。」
不安げに紡がれる言葉に俺は短く返す。相変わらず、大人しいな。…いや、瞬木とか鉄角とかには少なくとも普通に話してるっけ。
「俺で悪かったな。」
「え…?」
「どうせなら、瞬木とかの方が良かっただろ?」
そう言うと、牧原はきょとんとした表情を浮かべた。そしてはっとする。俺は何を言ってんだ。今の言い方じゃ、まるで拗ねているみたいな。
【千草視点】
「どうせなら、瞬木とかの方が良かっただろ?」
その言葉の意味がよく分からなかった。確かに隼人くんとは仲が良い。多分、周知の事実なんだろう。
「え、と……あの…、」
「…………。」
せめて、何か返事しなきゃと思い必死に言葉を探す。と、頭の中に悪い考えが浮かぶ。
「っ、井吹さん…っ。」
突然私が声を出したからなのか、井吹さんはこちらに視線を向けた。
「な、なんだよ。」
「…私…っ、井吹さんのこと…嫌いなわけじゃない、ですっ。」
もしかして、私が井吹さんのことを嫌っていると思ったのだろうか。そう考えてそう訴えかけた。
「っなんでそういうことになるんだよ!」
「え、あ、あの…隼人くんとかの方が…良かったんじゃないかって…言った、から…。」
「違ぇし! だ、大体お前に嫌われようが嫌われまいが…ど、どうでも、」
声を荒げ私は怯んでしまう。けれど井吹さんは途中で言葉を濁らせる。どうしたのだろうか。私は井吹さんの言葉を待つ。
「っ、なんなんだよ…!」
井吹さんは落胆したかのような声を出す。そしてすぐに私に視線を向ける。
「……嫌うなよ。」
「井吹、さん…?」
「俺はお前のこと見てると正直とろいなとか、うじうじしてんな、だとか思ってっけど、」
あ、やっぱりそう思われてるんだな、と思ったけれど井吹さんがこちらに手を伸ばした。
「…それでも、人より頑張り屋なんだよな。」
その手は私の頭上に行き、そっと撫でられた。
「別に、お前のこと認めないとかじゃねぇから…。」
若干赤く染められた頬が見える。口を尖らせながらも、その口調に嫌味なんかは感じない。
そういえば、こんなふうに井吹さんと二人になるのは初めて。しかも、井吹さんは心なしか優しく私の頭を撫でる。
「……私なんて、まだまだです。」
私は、触れられている井吹さんの手に、自身の手を重ねた。
「井吹さんの方が頑張りやです。試合のときだって一生懸命なの…見ててよくわかります。…そんな人を…嫌う理由なんてないです。」
確かに多少口は悪かったりするかもしれない。けれどそんなことは気にする内には入らない。
「………。」
ふと、井吹さんが俯いて黙っているのに気づく。疑問に思い顔をそっと覗き込む。
「…井吹、さん…?」
すると、井吹さんは耳まで真っ赤になっていた。勿論、顔もこれでもかというぐらいに赤く染まっていて。
「あ、あの……?」
「っ! ば、馬鹿じゃねぇの!? そんなこと言われたって嬉しくも何ともないんだからな!!」
声を荒げて、さっと手を離される。
「え、えっと…ごめんなさい…。」
「! 謝れなんて言ってないだろ。」
ああ、やっぱりこうやって呆れられてしまう。私は返す言葉がなく思わず顔を伏せる。
「…練習、抜けてきたからもう行く。」
不意に井吹さんは立ち上がり出入り口まで足を向かわせる。私もそろそろ行かなきゃ、と思いベッドから足を下ろそうとしたときだった。
「お前はまだ此処にいろよ。」
「え……?」
振り向かずに、淡々と言われる。
「…た、倒れたばっかりだろ。また倒れたら困るから休んどけ。」
どこか優しい声色に無意識に頬が緩む。
「……はい。」
医務室から出ていった井吹さんの後ろ姿を私はそっと見つめた。