一歩だけ進む


【井吹視点】
気になるものを無意識に目で追ってしまうのは人の性というものなのか。いつもの練習を終えた今、俺の視線の先には牧原がいた。片思いをしている奴は好きな奴を見ているだけで充分、とでも言うだろう。けれど俺の場合は例えそうだとしても満足はしない。
…苛々と、した。
「千草!さっきドリブルのときキャプテンのボールを奪えたんだ。見てくれた?」
「うん…っ。かっこ、よかった。」
もういつもの光景、とでも言うべきか。牧原と瞬木は幼馴染みで仲が良い。だから二人が親しいのは必然的……とは言ったって!!
「…お、おい牧原!」
「は、はいっ。」
俺は牧原に声をかけた。
「……片付けとか、あんだろ。話してる暇はないんじゃねえの。」
「え、っと…ごめん…なさい…。」
いつもこうだ。溜息が出そうになる。
牧原を前にするといつもこうして態度が悪くなる。その度に牧原は肩を一瞬震わせか細い声を出す。
「…じゃあ、隼人くん、行くね…。」
俺の悪態づいてしまったことを受け入れマネジメントに戻ろうと瞬木に声をかける。瞬木は頑張って、と言った。俺はその頑張ってだとか短い言葉すらも素直に言えないのかと少しだけ自虐する。
小走りで片付けに向かう牧原の後ろ姿を横目に見た。
「井吹、君って馬鹿?」
「…………はっ!?」
途端、罵られる。何なんだ急に!それも馬鹿って。瞬木は目を細めて俺に言う。
「井吹はなに、意地っ張り?素直になれない? そういう理由で恥を覆ってるの?」
「な、なんだよ…。」
「素直に話しかけるのが恥ずかしいからってあんな誤魔化してばっかりじゃ、嫌われるよ。」
「っ、」
そして、まあ嫌わないとは思うけど避けられるんじゃない?と遠慮なしに言われる。
自覚は充分にある。誤魔化してばかり。少しぐらいは素直になるべき。でもそれができないのがこの現状でもある、とか。
「俺には関係ないけどね。」
最後にはそう言い放ち、背中を向けて何処かへ行ってしまった。
瞬木の言うことは、一理ある。…いや、正しい。瞬木の言ったことは全て事実だ。
不意に、牧原のいる方へと視線を向ける。俺がきつい言い方をしてしまったからなのか、片付けだとかをこなしていた。
「……、」
きつい言い方をしてしまったことに対しての後悔と、瞬木に突かれた事実。
「…ちっ、」
俺は耐えきれずその場から足を踏み出す。

牧原のもとに、歩み寄った。
「…牧原、」
「え、…あっ、…井吹、さん」
突然俺がやってきたことに牧原は驚きを隠せないでいた。
「あー……あの、さ。」
ここで、片付けを手伝う、だとか言えばいいんだ。ただ、一言を。
「…井吹…さん…?」
何も言わないことが逆に不安にさせたらしい。牧原は眉を下げる。
「っ…! …つ、だう、」
「……?」
「て、手伝う! 片付け、大変、だろ。」
我ながら、拙い言葉以前に片言になってしまった。
牧原は状況が読めないのかきょとんとした表情を浮かべる。
「さっきはきつい言い方はした……悪かった。…だ、だから…」
言葉をなんとか紡いでいくが、上手く言えない。ちらりと牧原の表情を伺った。
「…ありがとう、ござい、ます。」
いつものような自信なさげな話し方。でも、いつもと違った。
「…嬉しい、です。」
表情が、柔らかくなった。口元に薄ら笑みを浮かべた。
「…っ、」
たった、短い言葉だけれど。こうも変わるものなのか。
少しだけ、近づけた気がしたのは多分気のせいじゃないだろう。