韓国戦で勝利し次の日の夜。私達マネージャー含む皆が松風さんにより集合させられた。
「確かに、俺達三人以外はサッカーを始めたばかりだから戸惑うこともあるだろう。」
松風さんは皆を見渡して声を張る。
「でも基礎練習をやれば必ず上手くなる。一緒に頑張ろう! ……っあ、」
突然、言葉を詰まらせる。皆、聞き入れる様子はない。……それもそうだ、皆は雇われている身。好きでもないことに全力を尽くせ、なんて只のこちらの我が儘にしかならない。
結局、誰一人として"頑張る"だなんて口にしなかった。
***
そして次の日……練習日。私は寝坊をしてしまい急いでグラウンドに向かった。もう皆来ているんだろうな、と思いながら向かった。だが、現状は違った。
「す、すみませ……遅れ、ました……」
そう言って頭を下げる前に気づいた。
「あ、牧原。」
松風さんが私に気付きこちらを向く。
……練習に来ている人は一部だった。松風さん、剣城さん、神童さん、野咲さん、隼人くん、そして空野さんのみだった。
「…他の皆は、来ないみたいなんだ。」
松風さんは声のトーンを下げて話す。
「…え、と……どうして、ですか…?」
聞くと、どうやら入団契約のせいらしい。契約内容は、一回戦が終わるまでは練習に出なきゃいけないけれど、そのあとは自由にしていい。そんな内容だったらわざわざ来るはずがない。
「何故監督はこんな契約内容なんかを……!」
神童さんは悔しそうに歯を食い縛る。確かに、その通りだ。練習をしなければ実力なんてつかない。イナズマジャパンは地区予選を突破できなくなる。
「…監督、何を考えてるんだろうな。」
不意に、隼人くんが近くに寄ってくる。私は「…そうだね。」と答える。
「…あの人、まるでイナズマジャパンを負けるように仕向けてるみたい…。」
「確かにな…。ま、だからってこっちは負けるつもりはないけどな。」
隼人くんはぐっと拳を握った。私もマネージャーとしてちゃんとしなきゃな、と思っていると不意に野咲さんが目の前まで歩み寄ってきた。私は反射的に後退りをしようとしたが、直ぐ様両手を野咲さんに握られた。
「牧原さん…ううん、千草ちゃん。瞬木と仲がいいのっ?」
「え、あ、あの…えぇっと…!」
急に名前を呼ばれたこととか質問に戸惑いを隠せない。一方野咲さんはというと瞳をきらきらと輝かせているかのようだ。
「いっつもはあんなに消極的だけど、瞬木とは普通に話せるなんて、つい気になっちゃう。」
「あ、あの! 別に野咲さんが気にかけるようなことじゃないですから…!」
ずいずいと詰め寄る野咲さんを必死に反らそうとするが、力量の差で無理だった。
「やだ、野咲さんじゃなくて、さくらって呼んで!」
にっこりと微笑むが、唐突すぎて思考回路が追い付かない。うぅ、だとかえっと、だとかまともに返事が出せないままでいると、不意に野咲さんが離れる。…いや、離された。
「おい野咲。早く練習を始める。無駄なことをするな。」
「…し、神童…さん…」
離したのは神童さんだった。やっぱり機嫌は良くはないのだろう、言葉に棘を含んでいる。
「…それと、牧原。」
「は、はい…っ」
「いちいち、おどおどするな。…腹が立つ。」
ーーー「本当、見てて苛々する。」
神童さんの言葉と井吹さんの言葉が重なる。
…私のこの性格は少なくとも他人に迷惑をかけることはない、そう思っていた。だがそうではないらしい。
「…いらいら、させちゃう。」
「ん? 千草、何か言ったか。」
「あ、隼人くん…。な、何でもないよ。」
そうなのか。やっぱり駄目なんだ、このままでは。…何となく、自分でも理解していたのかもしれないけれど。
「…あっ、さすがにそろそろ練習しないと!」
空野さんは、松風さんの下へ寄る。
「私、皆の部屋に行って様子見てくるね!」
そう言うと、松風さんは頼む、と空野さんに任せる。
そして練習が始まった。
少人数ではあるが、練習が始まる。まだまだ初心者である隼人くんと野咲さ…さくら、さんは松風さん達に習いドリブルなどをしている。
私は今は空野さんがいないため、慣れない手つきでマネージャー業をなんとかこなす。
「千草っ」
練習を始めて少したち、隼人くんがこちらに寄ってくる。
「今、ドリブルで初めてキャプテンを抜くことができたんだ!」
「ほ、本当…? すごいねっ」
「あぁ! この調子でいかないとな!」
隼人くんは嬉しそうに再びキャプテンの下へ戻る。
さくらさんの方を見ても、練習にはちゃんと取り組んでいるようだった。…他の皆も、こんな風になってくれたらいいのにな。
「よしっ、瞬木! その調子だ!」
「野咲、ボールはこうやって…」
練習が何とか続いている途中だった。空野さんが現れる。
「葵! どうだった?」
「そ、それが……」
空野さんはそっと目を伏せる。浮かべる表情からして、良い報告ではないらしい。空野さんは言いにくげに話した。
「…誰も、部屋にいないの。皆このエリアのどこかに行ってるみたい。」
誰もいないなんて…よっぽど練習をする気がないのかな…。次の試合当日まで来ることはないのだろうか。
「…このままで…いいのかな…」
私は本当に小さな声で呟いたつもりだったが、皆の視線がこちらに集まる。しまった、と思い口を噤むが松風さんと目が合う。
「いいよ、続けて。…君の意見を聞かせてほしい。」
私がこの場で意見を述べてもいいのだろうか、でもこの状況では言わざるを得ない。
「…仮に、皆のサッカーの実力があるとします。もしそうだとしたら…練習しなくてもいいと、思うかもしれない…。だけどそのままだと、チームプレーをすることはできません。…サッカーは個人じゃなくて皆でやるもの。サッカーの基礎が不十分な上に…団結が成ってないままだと次の試合…最悪、なんじゃないかと思いまし、た…。」
語尾が徐々に小さくなる。言い過ぎてしまったとも一瞬思ったけど、これが私の意見。…前回の韓国戦、後半では団結ができていたけど、今のこの状況ではまだ結束ができていないということだろう。
「…確かに、牧原の言う通りだな。」
剣城さんが口を開く。
「このままでいくと、イナズマジャパンが負けることは目に見えている。実力はまだ追い付かなくとも、せめてでもチーム内の結束は必要だ。」
不満げな表情を浮かべながらも神童さんは小さく頷く。
そんな中、隼人くんは「でも…」と声を洩らす。
「でも、実際はほとんどの人が練習に来ていない。…今更、どうにかできるのか?」
隼人くんの言っていることは正しい。まずは、誰も来ないということをどうにかしなければならない。
「…とりあえず今日はこのまま練習を続行する。明日、皆を集めて説得するよ。」
松風さんはそう言うが、剣城さんは眉間に皺を寄せる。
「…そんな、軽い説得なんかで素直に練習に参加するような連中か?」
「やってみなきゃわからないじゃないか! …俺は、皆を信じてるんだ。」
松風さんは、意思を固めているようだ。言葉に迷いがない。
結局、今日は少人数で練習を終えたのだった。
そしてその日の夜。松風さんは皆を集めた。
松風さんは頭を下げて練習に来てほしい、参加しなくてもいい、見るだけでもいい。とにかく来てほしいと皆に伝えた。
だが、練習日になっても皆が揃うことはなかった。今日も、エリア内のどこかに行ってしまったのだろうか。
「…神童さん。瞬木とさくらの練習、お願いできませんか。」
今日もこのメンバーでいこうと準備運動をしていたときだった。松風さんが神童さんにそう話を持ちかける。
「…お前は、」
「皆と話してきます。」
「……わかった。」
神童さんは思いの外あっさりと了承した。松風さんは今日の練習内容を神童さんに伝え、皆のところへ行こうとする。
「あっ、あの!」
私は何とか声を上げて松風さんを引き留める。
「…わ、私も…行かせてください…っ」
その言葉に、松風さんはもちろん、他の皆も驚きの表情を浮かべる。
「…牧原、お前は只のマネージャーだろう。」
神童さんは厳しい口調でそう言うが、松風さんが押し止める。
「いいよ、一緒に行こうか。」
松風さんは、にこりと笑う。
今は、皆が中々練習に来ないということもあり、選手全員と関われない。そして、マネージャーではあるが、それでもイナズマジャパンに関わる一員だということには変わりない。少しでも、役に立てるようになりたい。
「それじゃあ…二人で行く場所を分担しようか。その方が効率いいし。」
松風さんの提案により、エリア内を探すことになる。行く場所が決まると、私は急いでその場所へと向かった。
***
私はまず、海岸沿いに行った。そこには鉄角さんがいた。漁師である親がいる鉄角さんなら此処にいると考えたからだ。
「…あの、…鉄角さん。」
後ろから声をかければ鉄角さんはばっと振り向く。私だということに気づくとなんだお前か、と溜め息を吐いた。
「なんだよ、俺に用でもあるのか?」
「よ、用…というか…」
「というか、今は練習時間なんじゃねぇの? お前マネージャーだろ、行かなくていいのか……」
そこまで言って言葉を遮る。
「…なんだ、そういうことか。練習に来いって説得しにきたのか?」
「……。」
小さく頷くと、鉄角さんは再び溜め息を吐く。そして、地面に腰掛けた。
「俺は何と言われようと練習に参加するつもりはない。説得しに来るだけ無駄だ。」
「で、でも……っ」
「サッカーには興味ねぇ。」
「……それは、知ってます」
確か、鉄角さんは以前ボクシングをやっていたんだっけ。そういう話を聞いた覚えがある。
「そりゃあ…鉄角さんはサッカーじゃなくてボクシングを…」
「っ、ボクシングの話はするな!!」
突然、声を張り上げる。私は一瞬怯んで、すぐに「す、すみません…」と謝る。
鉄角さんは、はっとしたように頭を横に振った。
「あ…いや、俺の方こそすまねぇ。思わず…怒鳴った。」
まさか、謝られるなんて思っていなかった。
「…今、時間あるか?」
「す、少しなら…」
「よし。それならほら、ここ座れ。」
鉄角さんは自分の隣を指す。私は意味もわからずに、おずおずと鉄角さんの隣に腰掛けた。
「…えっと、何か、話でも…?」
「話、というか……お前に、牧原に興味がある。」
興味? どうしてよりによって私に? そう思っていたのが顔に出たんだろう。鉄角さんは「この間の韓国戦のとき…」と話を始めた。
「瞬木が財布を盗んだと疑われたとき、真っ先に庇っただろ?」
「は、はい」
「それまでは、少しお前を見ただけだったんだけど只の大人しい奴か、って判断してたんだよ。」
確かに、その通りだ。けれど、鉄角さんは「でも違うみたいだな。」と笑った。
「大事な人の為なら、自然と体が動くんだもんな。」
くしゃ、と髪を雑に撫でられる。乱暴だけど優しい手。
「で、でも……あれは反射的にというか、それに隼人くんだったから…です。」
「…瞬木とは元々知り合いなのか?」
「幼馴染み、です。」
「あぁ…そりゃあ親しいわけだ。」
うん、と鉄角さんは納得したように一人頷く。私は、不意に疑問を思い浮かばせる。
「…どうして、」
「ん?」
「どうして…こうやって話をしてくれてるんですか…?」
疑問を率直に話せば、鉄角さんは目を丸くする。だって、こんなおどおどした私に腹を立てる人だっているわけだ。きっと鉄角さんみたいな人だって、苛立ちを覚えるだろうと思っていた。
「どうしてって……まぁ、最初は牧原に関わる気なんて全然なかったけど。でも、韓国戦で興味持って、お前と関わってみたいと思ったんだよ。」
「っ……。」
「サッカーには興味持てねぇし、練習にも参加しないような奴だけどさ、」
目の前に手を差し出される。
「牧原と、仲良くなってみてぇな。」
その台詞に、驚愕した。私なんかで本当にいいのかな、それを口にすれば、頬をつねられた。
「私なんか、とか言うなっての。俺はお前をいい奴だって思ってるんだぜ?」
「…本当、ですか…?」
「嘘は言わない。」
にっと笑顔を浮かべる鉄角さんに、親近感が湧いた。
「それじゃあ…改めて…よろしく、お願いします…っ」
「あ、敬語はなし」
「え…っ」
「それと苗字で更にさん付けもなんか堅いしなし」
「え、えぇ…っ」
次々と要望を言われ戸惑う。そんなに突然言われても、変えられない。だが鉄角さんは取り消すつもりはないらしい。
「ほら、言ってみ?」
「え、えっと…真、くん…で、いいかな…?」
「ん、それでよし!」
鉄角さん…いや、真くんは満足したような表情を浮かべる。うぅ…突然すぎて慣れないな…。
「…あ、引き留めてごめんな。そろそろ行った方がいいのか?」
「う、うん…っ。それじゃあ…私、行くね」
そういえば、次の人のところに行かなければならない。私は咄嗟に立ち上がり、次の場所へ向かおうとする。
「またな。千草」
「っ…!」
不意に名前で呼ばれ、振り向く。
真くんが笑って手を振る。私は控えめに真くんに手を振り返した。
その後、皆帆さん、森村さんの元へ行って練習への参加の説得を試みる。だが、二人も練習に参加するつもりはない。結局、誰一人として説得させることはできなかった。
松風さんと合流して話を聞いたけれど、松風さんも同じらしい。
今日の練習も、全員が揃うことなく終了してしまった。
***
そして、ある日の練習日。
「え……?」
何故か、全員来ていた。どうしてだろう。前回まで皆来る様子なんて一切なかったのに。
「皆にメールを送ったんだ。」
不意に、松風さんと剣城さんの話す声が聞こえる。今の事情を説明しているようだ。
「……チームから抜けていい人を決めるって。」
「! ……呼び出す為の口実だよな。」
「いや、違う。……監督の指示なんだ。」
チームから抜けていい人を決める…? どういうことだろう。
「ーーー皆、来ているな。」
突然、監督が現れる。
水川さんと共にゆっくり歩み寄る。
「では、これよりイナズマジャパン、脱退試験を行う。」
私はその台詞に驚きを隠せなかった。どうして、わざわざそんなことを…?
監督は、詳細を話し始める。
「パスしたものはチームからの脱退を許そう。もちろん、入団時の契約者は果たす。」
それには神童さんが黙ってはいなかった。
「監督! 本気ですか!?」
「想像できるか。この試験が終わる頃には誰一人抜けたいと思う人がいなくなると。」
確かに、抜けたいと思う人はいなくなる。でも、これでいいのかな…。
誰一人として反論しなくなり、気まずい空気が流れた。