05

「これよりイナズマジャパン、脱退試験 を行う。」
監督のその言葉に、もちろん皆信じられないとでも言った顔をした。しかし、監督は構わず説明をし始めた。

脱退試験とは、PK戦で行うらしい。シュートを5本打ち、全てを外せば試験をパスしたものとみなす。普通はシュートを決めるのだろうが、外す。その上、キーパーは要らないと言う。
それを聞けば、失敗する方が難しい。簡単すぎる。口々に呟かれる。…監督は、何がしたいのだろうか。

***

「監督、何を考えてるのかなぁ。これじゃあ、辞めていいって言ってるようにしか聞こえない。」
さくらさんが首を傾げて言う。
今は、脱退試験の準備が整うまでの時間。皆が集まっている。
監督の真意は分からない。松風さんも、どこか納得いっていないような複雑な表情を浮かべる。
「あまりにも比論的な試験です。」
「へぇ…面白い。あの監督、本当に驚かせてくれるよ。……最も、いつも僕の予想範囲内だけど。」
真名部さんと皆帆さんは、ソファーに腰掛け、特にいつもと変わりない様子で話す。
「……監督は…、サッカー未経験者には、やっぱり…無理だと…判断したんでしょうか…」
私は、空野さんの隣で呟く。
「このまま世界には…通用しないままだと…」
「っ、黙れ!」
途中、怒声に掻き消される。ガタッと音をたて井吹さんが立ち上がったのだった。
「わざわざそのサッカー未経験者を集めて出来もしないサッカーやらせて、やっぱりできないからって辞めさせるだとかふざけてるだろ…!」
「っ……」
井吹さんの言う通りだ。今私が言ったことは少なくともこの状況で言うべきことではなかった。言わなければ良かった、と今更ながら後悔する。井吹さんは眉間に皴を寄せ、不機嫌そうに私から視線を反らした。
「…皆! 待ってくれ。」
突然、松風さんが話し始める。
「監督には何か考えがあるはずだ。…だから、」
「いや、これは寧ろチームにとって良い機会だ。」
言葉を続けようとしたところを、神童さんは遮り淡々と話し出す。
「君達がここに来た目的はサッカーじゃない。そんなメンバーはイナズマジャパンには要らない。遠慮なく試験を受け出ていってくれ。」
神童さんの口振りからして本気で言っているようだ。確かに、神童さんはこのメンバーを認めていない様子が窺えた。
「…俺は試験を受けるぜ。」
不意に、そんな声が聞こえたと思えば、それは真くんだった。
「監督から必要とされなくなっただとか、そんなの寧ろ大歓迎だ。お陰で今すぐ船が買える。……夢みたいな話だぜ。」
吐き捨てるかのように言えば、神童さんの前に歩み寄る。
「あんたの言う通り、俺はサッカー…スポーツに興味ない。俺がいない方があんたも嬉しいだろ?」
皮肉混じりに言っても、神童さんは顔色一つ変えない。
真くん、試験を本気で受ける気なのかな…。
「っ……。」
私は、無意識に真くんに寄り、服の袖を握った。それに気づいた真くんがこちらを向く。
「…本当に受けるの…?」
このタイミングで、こんなこと言われるなんて予想もしなかったのだろう。真くんは目を一瞬見開いた。
「そもそも俺が此処にいる理由はサッカーじゃないから。…千草もその事は知ってんだろ。」
「……うん。」
だけど、今回の脱退試験を受けるということを信じたくないという自分がいる。無意識に、袖を掴んでいた手に力が篭る。
「……ごめんな。」
真くんは苦笑して私の頭を撫でる。優しい手。私は、何も言えなくなる。
「俺の代わりぐらい、捜せばいくらでもいる。」
「そんなことない……っ。」
私がそう訴えかけても真くんは再び苦笑するだけだった。
確かに真くんが此処にいる理由はサッカーじゃない。それは分かっていた。でも、知らずのうちにサッカーを少しは好きになってるんじゃないかと思い込んでいた。

「……あの、」
不意に、ソファーに座っていたままだった真名部さんが小さく手を挙げる。
「試験、僕も受けることにします。契約が履行されるなら此処に留まる理由はありませんから。」
「真名部…っ。」
それに続き、皆帆さん、九坂さん、さくらさん、森村さんも試験を受けると言う。しかし、隼人くんと井吹さんは残るらしい。
最終的に残ったのは5人のみとなってしまった。

***

「どうすれば…どうすれば皆残ってくれるんだろう。」
松風さんは悩ましげに呟く。
試験を受ける人達は準備があるため此処にはいない。残ってメンバーとマネージャーである私と空野さんのみがいる。
「…放っておくんだな。契約に縛られて嫌々サッカーをしていた連中だ。寧ろ、二人も残ったことに俺は驚いている。」
「っ、そんな…、」
剣城さんは冷静に諭すが松風さんは納得いかないらしい。更にそこに隼人くんが口を挟む。
「剣城くんの言う通りだと思うよ。」
隼人くんは松風さんの方を向き話し出す。
「チームの事を考えて頑張るのは分かるけど、踏み込まれたくない事だってあるな。…放っておくべきだよ。」
「でも、俺…」
「キャプテンには分からないかも。でもその方が幸せかもしれないよ。」
苦笑いを浮かべそう言うと、「そろそろ時間だよ。」と言うので皆も試験場所に行くことになった。


試験が始まるまで少しだけ時間がある。私は特にすることがないため辺りをふらついていた。
「……おい、牧原。」
不意に声をかけられたかと思えば、そこには井吹さんがいた。無意識に肩が跳ねた。
「…な、なんですか…?」
井吹さんとは、韓国戦で私のおどおどしているところが苛々すると言われて以来だ。発した声が無意識の内に震える。
「…お前、このままマネージャーを続けるのか?」
その言葉に首を傾げる。脱退試験は選手対象。マネージャーはこのままで続行だ。
私は小さく頷いた。
「なぁ、お前はなんでマネージャーをしてるんだ?」
「え……?」
「見るからにマネージャーなんてするような柄じゃないだろ。それに、マネージャーになって選手を支えたいだとか世界的に進出していく姿を見たいだとかでもなさそうだ。」
「……。」
井吹さんの言う通り。私がマネージャーになった理由は自分のこの性格をどうにかしたいからであって、今井吹さんが言ったような理由はない。
「ま、俺には関係ねぇけど。…でも、なんでマネージャーやってんだ?」
「え、えっと……、」
話すのを躊躇う。
話したところで、そんな理由か、だとか馬鹿じゃないのか、だとか言われてしまいそうで。
「…? どうなんだよ。」
「……あ、の…、」
井吹さんは、こんな言いたい事ははっきり言いそうな人だ。私に対してなんて、馬鹿らしいだとか面っていそうな気がしてしまう。

ーーー怖い。

「……牧原?」
井吹さんが私の顔を覗き込む。
「ひっ……、」
思わず後ずさる。井吹さんは不審げに私を見る。
「な、なんだよ。そんなに……、」
「ーーー千草?」
名前を呼ばれる。
……隼人くんだった。
「あ、井吹も…。二人してどうしたんだ?」
私と井吹さんを交互に見て問うが何も言えなかった。
「……隼人くん、何でも…ないよ。」
隼人くんの腕を引いて、そう言う。
「そ、そろそろ試験始まるし行こう?」
この場を去りたくて言えば隼人くんは「あ、ああ…うん。」と私の手を引いた。


そして脱退試験を行うための会場を向かった。するとそこには信じられない光景があった。
「なにこれ…。」
さくらさんが呟く。
扉を開けた途端に歓声が沸き上がる。会場には多くの観客に、テレビメディアまでも来ていたのだ。
「…誰が…こんなに人を集めたんだろ…。」
皆が呆然とする中、松風さんが神童さんの元に駆け寄る。
「神童さん! これは…、」
「観客も取材陣も皆黒岩監督が集めたそうだ。イナズマジャパンの現状を紹介するだとか。」
この状況は監督が作り出したんだ…。でもなんで脱退試験なのにわざわざこんなに人を…?
そんなとき、監督と水川さんが現れる。
監督はマイクを持ち、観衆に向かって話し始めた。
「では、これからイナズマジャパンの精鋭による華麗なシュートをご覧に入れましょう。無論、軽いウォーミングアップに過ぎませんが、これを機会にどうか選手達の顔を覚えてください。」
監督の話を聞きながらも、どういうことだろうと思う。
「そして、これから先、彼らの今の姿を目に焼き付けて思い出してやってください。彼らは、日本の誇りなのですから。」
監督は、最後に強調して言った。
観客席からは多くの拍手に歓声が聞こえてくる。
「なるほど、そういうことか。」
端で、さくらさんと皆帆さんと真名部さんの話す声が聞こえる。
「そういうことって?」
「こんな観衆の前でキーパーもいないのにPKをミスするなんてできるわけない、ということですよ。」
それを聞いて納得する。そういうことか。それじゃあ、最初から監督は脱退なんてさせる気はなかったのかな…。でも、そうだとしてもこんな試験を行う意味は何なんだろう。

***

「では、最初の挑戦者。お願いします。」
水川さんが言うと、真くんが「俺がやる。」と、手を挙げる。ボールを受け取り、ゴール前に向かう。
「…今更失うものなんて何もないからな。」
真くんがそう呟くのが聞こえた。そして監督の方を向く。
「残念だったな、監督さんよぉ。試験、クリアさせてもらうぜ。」
すぐに前を向きゴールを見据える。
「真くん……。」
私はこうして見ることしかできないのかな。脱退試験を受けるかどうかは本人が決めることだけど、それを只見ているだけでは、何か足りない気がする。
「鉄角!」
松風さんの声が聞こえたと思えば、真くんは一発目はシュートを外したらしい。…本当にシュートを全て外す気だ。

ーーー「なぁ、お前はなんでマネージャーをしてるんだ?」

突然、井吹さんの言葉を思い出す。

「…自分のため、じゃない理由…。」
此処にいることを無意味にしちゃ駄目だ。私が、このイナズマジャパンにいる人達にどうしたいのか。何をしてあげられるのか。私が、…すべきことは。
「また外れた…っ。」
気づけば、真くんが打てるのはあと一回となっていた。これを外してしまえば、真くんはイナズマジャパンから去ってしまう。
「………。」
見れば、真くんはボールを打つのに少し躊躇っているようだった。そして、何か考えているみたい。
「……マネージャーである理由…。」
呟いて、そして私は大きく息を吸った。

「ーーー真くん!」

思ったよりも声が出た。周りの皆がこちらを向く。もちろん、真くんも振り向く。
「今の真くんが、真くん自身じゃない…。」
私が、マネージャーである意味が今掴めた。
「今の真くんは逃げてるだけだよ…! 自分が出来る楽な方に逃げてるだけだよ。真くんはサッカー、できるよ…。」
マネージャーという立場で、皆が心からサッカーができるようにする。
「ーーー…試合、かっこよかった!」
皆が、それぞれの自身をさらけ出していけるようにする。
そう、してみせたい。
「っ……千草…。」
真くんは、こちらを呆然としたような表情で見る。私は、もう一度思い切り息を吸う。
「真くん! シュート決めて…!」
そう言えば、真くんはにっと笑った。
「おう!」
ゴールに向き直る。そして、
「ーーーっ、」

…シュートを決めた。

「…入った…。」

ホイッスルが鳴り、観客席から歓声が響き渡る。
それを見ていた真名部さん達は驚きを隠せないでいる。
「千草っ」
シュートを決めた真くんがこちらに駆け寄る。
「シュート、すごかった…っ。」
「サンキューな! 千草!」
お礼を言われたかと思えば思い切り抱きしめられる。
「っ!!?」
「ほんとありがとなー!」
ぎゅうっと抱きしめられる腕に力がこめられる。
「あっあの!」
まさか抱きしめられるとは思わず顔に熱が溜まる。そりゃあ、男の子に抱きしめられるなんてことはまずない。
「鉄角! 千草が困ってる。」
隼人くんが真くんを引っ張り私から離す。
「あ。す、すまねぇつい!」
「べ、別にいいよ…。」
お互いそう言ったところで、再び試験が再開する。


そのあとは九坂さん、真名部さん、皆帆さん、さくらさん…次々とシュートを決めていく。皆、真くんに感化されたのだろうか。
そして最後に好葉さんがシュートを打つ。そのシュートは軌道を描くようにゴールに入った。
「…全員クリアです!」
空野さんが歓喜の声を上げる。
皆、シュートを入れた。誰一人として脱退することはない。

観客席から、更に大きな歓声が響き渡った。

***

そして次の日。
「はぁー…っ。」
大きな溜め息がどこからか吐かれた。
脱退試験は、クリアしなければ本格的な特訓を受けるという話だったらしい。皆がちゃんと集まり、一生懸命練習に取り組んでいる。
「あ、あ、あの…タオル…です。」
私はまたいつものようにマネジメントをこなす。
皆帆さんにタオルを渡す。
「……ねぇ、牧原さん。」
「なっ、なんですか…?」
「昨日の威勢はどうしたんだい?」
顔を覗き込まれ言われる。昨日の…?
「大勢の前で君が声を張り上げるなんて思わなかったよ。只の大人しい子かと思ったけどそうでもないらしい。」
「え、いやあの…昨日のは…っ。」
「君、普段からああやってはっきり言えばいいと思うんだけどなぁ。」
次々と言葉を重ねられ、返答に困る。すると、空野さんが現れた。
「皆帆先輩っ。まだ練習メニューは残ってるんですよー?」
そう言われた皆帆さんは「まだあるのかぁ…。」と肩を落とし練習に向かう。
「そ、空野さん…。」
「空野さんじゃなくて名前で呼んでください! 牧原先輩の方が年上でしょう?」
いつものように明るい笑顔を浮かべられる。
私は、控えめに言う。
「…あ、葵…ちゃん?」
すると、更に笑顔を輝かせた。
「そうですそうです! これからはそれでいきましょう! あ、敬語もなしです!」
「そ、そんな急に…。」
けれど、空野さん…葵ちゃんは再び他の選手の下へ行く。
「……まぁ、いいか。」
イナズマジャパンは全員揃い、練習が行えている。
この調子で皆の息も揃ってこれからプレーしていければいいな。