06

脱退試験が終了した。試験は全員クリア。脱退者を一人も出すことはなかった。それからは、練習には全員が参加している。
「じゃあ、ダッシュいきまーす!」
葵ちゃんが「よーい、」と声をかけダッシュを繰り返す。
井吹さんと剣城さんはお互いシュートを打つ、止める練習をしている。

「えっと…MFの人達は…、」
私はというと、練習の様子を見ながら選手の得意、苦手としていることをメモ帳に記していく。練習を見ていくと案外そういうものが掴めてくる。メモ帳も、ページを費やしていく。…これを、本人に言えたらいいんだけど、そんな度胸はない。
メモをとりながら見渡していると、神童さんの姿が視界に入る。何やら気難しげな表情を浮かべている。
「…神童、さん…?」
「ん…?」
思わず神童さんの名前を呼んでしまった。しまった、と思ったけれど既に遅い。神童さんがこちらを向く。
「牧原か。何か用か?」
「あ、いや…。」
不機嫌なのだろうか、神童さんの声は若干低く発せられた。
何でもないです、と言おうとしたけど神童さんはいつも今のように何か悩んでいるようだった。こういうときこそ、話を聞くべきなのかな。
「あ、あの…どうか、したんですか…?」
「……わざわざお前に話したところでどうにかなることだと思うのか?」
「っ…。」
こうも直球に言われるとは思わず言葉につまる。そりゃあ、私に話したところでどうにもならないのだろう。
「で、でも…、」
「なんだ。」
度々発せられる冷たい声にどうしても躊躇ってしまう。
「……何か、チーム内で気になることでもあるんですか…?」
だが、なんとか声を絞り出す。神童さんは一瞬私と目を合わせて、すぐに反らした。そして、皆が練習をしているコートを見渡す。
「……このチームが、世界に通用するとは到底思えない。」
「え……?」
神童さんは顔色一つ変えずに言った。
世界に通用しない…? しかも、到底とまで言うとは。
「か、韓国戦では勝てたから次だって少しは勝てる見込みがある…はず…。そんな…到底とまで言わなくても、」
「世界はそんなに甘くないんだ。」
不意に視線をこちらに向け冷たく言い放つ。
「確かに、韓国戦では勝つことができた。勝つきっかけは多少は彼奴等にもあるんだろう。だが、だからと言ってこれからもそれで乗り切れるわけじゃない。…韓国よりも強いチームはいくらでもいるんだ。」
神童さんの言う通り。…これは、世界大会。そう簡単に試合に勝ち続けることができるとまで思っているわけでない。
「……神童、さん。」
「………。」
「確かに…勝ち続けることは難しいかもしれません…。でも、」
私は、神童さんの方を見る。未だ、神童さんはこちらを見てはくれない。
「だからって…そんな風に言わないでください。…神童さんが言っていることは、試合をする前に負けを認めるようなことです。どんな状況だって…期待とか、信じたり…そういうことはしたっていいと思います。」
「…そんなの、別に」
「…神童さんは、皆さんの力を引き出せるぐらいの、力があるんじゃないですか…?」
今まで顔を背けたままだった神童さんがこちらを向いた。
「…神童さん。皆さんを…イナズマジャパンを、信じたっていいじゃないですか…。」
神童さんは、一瞬目を見開いた。けれど、何も言わない。
私は、あっと声を漏らす。
「た、只のマネージャーなのに…調子乗ったこと言ってすみません…っ。」
私は頭を下げた。じっと私を見る神童さんの視線が感じた。
「……お前…牧原は、」
「あ、あのっ。……失礼しますね。」
なんとなく、この空気が気まずくて私はとりあえずこの場を去った。


そして、対オーストラリア戦までの日付が迫ってきた。松風さんは皆を集めさせ、当日のことについて話し、その後に真名部さんが調査した結果をまとめたものを読み上げる。
「これが次の対戦相手、オーストラリア代表ビッグウェーブスの情報です。」
真名部さんの調べたデータによると、ビッグウェーブスの一試合の平均得点は7,67。常に大量の得点で勝利しているらしい。
「……強そう、ですね…。」
「牧原さん、そうでもないかもしれないよ。」
「え……?」
皆帆さんは、独り言のように話す。
「データは単なる数値。実際に戦えば弱点の一つや二つ、見抜けることができるだろう。…そう思わないかい、牧原さん?」
そう言うと、皆帆さんは薄ら笑みを浮かべる。私は思わずその笑みを浮かべる顔から目を反らす。
脱退試験以来、皆帆さんは度々私に関わってくる。なんとなくだけれど…私は皆帆さんが苦手だ。時偶皆帆さんはまじまじと私を見てくる。誰かを観察することから推理をすることが得意らしいけれど、何もかもを見抜かれそうでつい苦手と感じてしまうのだ。
「とりあえず、どうやって守るかが問題だな…。」
なんてことを考えているうちに松風さんは話を進める。
その後は、試合当日のことを話すだけで終わった。

***

場所はホーリーロードスタジアム。アジア地区予選…試合当日だ。
試合までは時間がある。皆はパス練習などをしている。
「今日の試合当日も、勝てるといいですよね!」
葵ちゃんが嬉々としながら話す。確かに、脱退試験が終わってからは皆一生懸命練習をしてきた。その努力が結果に出て欲しい。
「うん…、そうだね。」
「む…ほら、こういうときぐらい笑顔でいましょうっ? にこって!」
突然そんなことを言われたかと思えば、ずいっと顔を近くに寄せられる。
「だって牧原先輩、いつも笑わないじゃないですか」
「あ…それ、は…、」
「…あ、でも笑顔は頼んでさせるものじゃないですよね!」
葵ちゃんは近づけていた顔を離し、にこりと笑う。
「笑顔は自然とするものですし!」
牧原先輩が笑えるの、楽しみにしなきゃです!と葵ちゃんは表情を輝かせる。
確かに私は前髪で顔を目元を隠している…表情なんてものは傍から見たら窺えないわけだ。
「……笑顔、か。」
元々、私は滅多に笑うことなんてない。充分自覚はしている。ここに来てから笑んだのなんて隼人くんや真くんの前ぐらいだと思う。
「…自然と、でいいのかな…。」
葵ちゃんの言う通り、自然とでいいのかな、なんて思う。
「…そ、それより今は試合…っ。」
私は今の状況を思い出す。今は個人的なことよりも、試合に集中しないと。
そして私は、葵ちゃんの元へ向かった。

***

「さぁ、一回戦を勝ち上がってきたビッグウェーブスとイナズマジャパンの一戦! まもなく試合開始です!」
実況の声が響き渡る。
すぐにピーッというホイッスルが鳴り試合が始まる。

「あ…神童さん、今回もゴール前に…、」
ゴール前に立つ神童さんの姿が見え呟く。相も変わらず、井吹さんを信用する気がないのだろうか。
「天馬! 頑張れー!」
葵ちゃんの声援が聞こえ、松風さんの姿を探す。
今は松風さんがドリブルをしている。順調に試合は進むか、と思えばオーストラリア選手にボールを奪われる。ボールを奪い、奪われと、攻防が続く。
「あっ…、」
ドリブルをしていたさくらさんがスライディングでボールを奪われる。ボールはコート外に転がっていく。
そしてさくらさんがスローインをする。が、その様子に違和感を覚えた。

「…さくらさん…?」
ここからは距離があるからはっきりとは見えないけれど、さくらさんが一瞬困惑とした表情を見せたような気がした。
「先輩? 何か気づいたことでもありました?」
「…な、なんでもないよ。」
気のせいだろう。きっと、気のせい。
私は再び試合の様子を眺める。


その後はなんとか試合が進行していく。パスの連携も上手くなっている。先程はさくらさんが軽やかなジャンプでボールをとったりもした。そのまま連携プレーは続き、剣城さんの新しい必殺シュートが決まり、1対0となる。
このままいけばイナズマジャパンが勝てる。そう思ったけれど、そんなに順調にはいかなかった。
「ーーーワンダートラップ!」
松風さんが必殺技を繰り出しボールを奪い神童さんにパスをする。神童さんは周りを確認するように見渡した。
「神のタクト!」
放たれる光の筋を九坂さんが走っていく。神童さんはタイミングを見計らい正確にパスをする。…そのときだった。
「今だ!」
オーストラリア選手の声がした。と思えば九坂さんの周りをオーストラリア選手達が取り囲む。
「必殺タクティクス、サックアウト!!」
九坂さんの周りを高速で回転していく。水が渦巻いて九坂さんの動きを封じてしまう。
その強い威力により神のタクトが破られてしまった。
「な、なんだ…!?」
水は徐々に渦巻いて九坂さんを覆い尽くす。

「あ……っ、」
そして、ボールを奪われてしまった。
オーストラリアはそのままリードしていく。
「…やっぱり、強いんだ…。」
「まぁそう簡単に勝ち越せるものではないですし…。」
私と葵ちゃんは試合の様子を見ながら話す。

ビッグウェーブスの必殺タクティクス、サックアウトはイナズマジャパンを苦戦させた。あのタクティクスは神童さんの神のタクトを打ち消してしまう。なんとか必死に点数は入れさせまいとするが、皆に焦りの色が見えてきた。
「っ失点はできない…何としてでもゴールは防ぐ!」
オーストラリアの選手がイナズマジャパンのゴールへと向かってくる。神童さんはそれを追い越しゴール前に立つ。
「どけ! 神童、俺の視界を塞ぐな!!」
やっぱり神童さんがゴールを守ることになるのが不満なのか声を荒げる。神童さんはその声に反応し一瞬目の前から視線を反らす。
しかし、その瞬間にオーストラリア選手に抜かれてしまった。
「しまった…っ!」
「メガロドン!!」
神童さんが何とか止めようとしたが間に合わなかった。
強力なシュートが放たれる。勢いよくゴールへと向かっていく。
「キーパーは俺だ!」
井吹さんが咄嗟に止めようとした。
井吹さんは練習でシュートを止める為に努力していた。以前に比べればレベルアップしているのだろう。
けれど、シュートを止める程の力には及ばなかった。
シュートは、ゴールに入ってしまった。
1対1となる。


同点となってしまい、これ以上点数を入れられることが許されない状況となった。
オーストラリア選手がドリブルしていく。それを九坂さんがスライディング。ボールが転がっていきそれを森村さんが追う。
「え……っ、」
だが、森村さんだけでなく、さくらさんもそれを追った。
そして、案の定2人はぶつかったのか、森村さんは転んでしまった。
「あ…ぶつかっちゃった…?」
葵ちゃんはその様子を見てそう言った。けれど私は少しだけ違和感を感じた。
「さくらさん…、」
「牧原先輩? どうかしました?」
「……さくらさんならあんなところで、ぶつかっちゃうような…そんなことはないと思う…。」
すると、葵ちゃんは「あ、確かに…、」と呟く。
「今までの練習を見た限りだと注意力はありそうだし…。」
「……うん、」
けれど、そんなことを話しているうちに前半が終了した。

休憩となり、葵ちゃんは先程転んでしまった森村さんの手当てをする。
「さっきはごめんね?」
さくらさんは森村さんに寄り謝る。けれど森村さんはふいと視線を反らした。
「…まさかとは思うけど、アンタわざとやったんじゃないよな?」
ドリンクを手にした九坂さんはそう言った。もちろんさくらさんは「馬鹿なこと言わないでよ!」と反論する。
でも、九坂さんに続くように真くんと隼人くん、真名部さんが調子が狂う、攻撃のリズムが崩れるなどと口にする。
「そんなこと言われても、私はただチームの為に結果を出したいだけよ! …ねぇ、千草ちゃんならマネージャーで見てたんだからわかるでしょ? 私、ちゃんと頑張ってるんだから。」
「えっ……、」
突然話を振られ困惑する。
確かに、さくらさんは頑張っていた。けれど…、
「…さくらさん、なんだか本調子じゃないというか…いつもと比べて様子がおかしいというか、」
「っ、…そんなことないよ。」
「…さっき…森村さんとのことだって、さくらさんなら、」
「も、もういい……っ!」
話している途中で遮られてしまう。さくらさんは不安げな表情を浮かべながらも、キッと私を見た。
「……私は活躍しなきゃ…、」
さくらさんがそっと呟くように言った。多分、他の皆には聞こえていないだろうけれど、私は何とか聞き取った。
「…頑張ったって意味はないの。結果を出さなきゃ…一番じゃなきゃ駄目なの…。」
譫言のように呟かれる。
「……さくらさんは、それでいいんですか…?」
思わず、そう言ってしまった。さくらさんは、はっとしたようにこちらを向く。
「…千草ちゃん…」
「あっ、いや…今のは忘れて…、」
「っあ、千草ちゃん! ちょっと向こうで話さない?」
急に腕をぐいと引かれる。私は「えっ…? 」と声を洩らすが有無を言わさず端の方に連れていかれた。


「…サッカーなんて、楽しくないよ。」
途端に言われたのはそんな言葉だった。私は、返す言葉がなかった。
「千草ちゃんには話しちゃうね。」
「……、」
「私ね、新体操やってるときから親に期待されてるの。」
さくらさんは俯いて話す。
「普通に期待されるのは嬉しいよ? でも、その期待は一番になること。一番にならなきゃ意味がない。私はいつだってトップに立たなければならない…。」
そっと顔を上げ、苦笑する。「ほら、そういうのあるでしょ。親が子に大きな期待をかけるの。」と言う。
「最初、楽しんでやってた新体操だって親に期待かけられた途端にただのプレッシャーをかける存在にしかならない。……今みたいにサッカーやってても同じよ。」
親に期待をされる故に新体操やサッカーは楽しんでやるものじゃなくて親の為にやるものになっていた。…つまりはそういうことらしい。
「さくらさんは…楽しまなくていいんですか…?」
「…期待には、答えなきゃ。」
「……えっと…私は、ね」
私は、多少躊躇いながら話す。
「さくらさんのお母さんとお父さんが期待するのは…さくらさんが大好きだからだと思います…。」
「え……、」
「大好きだから、つい他の子よりもすごいんだって…自慢の子供なんだって、周りに思わせたいんじゃないかな…。」
さくらさんは黙って私の言葉に耳を傾ける。私は話を続ける。
「誰よりもさくらさんが大好きだから期待をしちゃう……でも、お母さん達からしてみればさくらさんが心から楽しんでくれるのが一番嬉しいと思います…。」
「…でも小さい頃から、一度たりとも…、」
「気づいてないだけなんじゃないですか…?」
そう言うと、さくらさんは一瞬目を見開く。
「期待することを意識しすぎて、さくらさんにとっての一番の喜びも。一番になること。そう思っちゃってるんじゃないでしょうか…。」
「……、」
「…さくらさんが思いっきり楽しんでいる姿を見ればきっと…」
と、そこまで言ったところで葵ちゃんの声が聞こえる。
「そろそろ後半始まりますよー!」
もう時間が経ってしまった。
さくらさんは「わざわざ呼んじゃってごめんね。」と直ぐにコートへと向かった。
「…さくらさん、大丈夫かな…。」
なんとかなるといいけれど…。
私は葵ちゃん達のところへと足を運んだ。


後半戦が始まる。
イナズマジャパンが上手くパスを続けてなんとか相手ゴールまで近づく。けれど、さくらさんがドリブルをしているときにボールを奪わてしまう。…やっぱり、どことなく様子がまだおかしい。さっき言っていた親のことだろうか。
オーストラリア選手は順調に攻め込んで再び必殺シュートを打ち込む。
「メガロドン!!」
そのシュートは、井吹さんが止めようとしたが、止められなかった。
1対2。オーストラリアに得点に差をつけられてしまった。
イナズマジャパン内に険悪な空気が流れる。このままでは負けてしまう。

「…っ頑張って…、」

オーストラリアは勢いがついていき、再びリードしていき、ゴール前まで辿り着く。
また、シュートを決められてしまえば得点を返すのが難しくなる。
「メガロドン!」
シュートを入れられてしまうのだろうか。
「ーーーゴールは俺が守る!!」
井吹さんの威勢のいい声が聞こえた。
「ワイルドダンク!!」
高く飛んでボールを地面に叩きつけるかのように止めた。

「あ…止めた…。」
初めて必殺技をつかうことができた。しかもシュートを止めた。
「井吹くん…! すごい!」
葵ちゃんは思わず立ち上がり、歓喜の声を上げる。
井吹さんの周りには真名部さん達が集まる。
まさか、ここで必殺技が使えるだなんて思わなかった。
「っ…よかった…。」
この調子で試合が乗り切れればいいな。…けれど、さくらさんのことがどうしても頭から離れなかった。