07

後半戦。現時点で1対2。オーストラリアがリードしてしまっている。

「皆さん、なんだか顔つきが引き締まってますね。」
隣にいる葵ちゃんが言う。フィールドを見渡せば、イナズマジャパンの皆は柔軟をしたりフォーメーションを話したりしている。
「皆! まだ時間はある。まずは1点、確実に取り返していこう!」
松風さんのその言葉で皆は気合いを入れていく。
試合が再開した。

「神童!」
井吹さんのキックオフ。ボールはきちんと神童さんの下へ行く。ドリブルをしていけば、もちろんオーストラリア選手がやって来る。
「行かせるか!」
「プレストターン、V2!」
行く手を阻まれるが神童さんは素早い動きで切り抜ける。
そのまま「天馬!」と声を上げパスを出す。
松風さんはパスを取ろうとした、けれどその前にさくらさんが出る。

「え…さくらさん……っ?」
さくらさんはボールを取り、ドリブルする。その様子は焦っているようだった。
ドリブルしている最中、相手にボールを奪われたが、直ぐ様神童さんがカット。コート外にボールが出た。
「…っ、やっぱり、まだ…。」


その後も、さくらさんの焦りを見せる姿ばかりだった。何とか活躍しようとしているのがよく判る。けれど、空回りばかりだった。

***

試合は進んでいく。
剣城さんが相手チームに囲まれる。周りを見渡して、森村さんの姿を見る。
「好葉!」

森村さんの方へとボールを蹴る。森村さんはそのボールを追うが、それに続いてさくらさんもボールを追った。
「きゃああっ!」
案の定、二人は衝突した。二人は地面に蹲ってしまう。
一旦試合は中断され、足を痛めてしまったさくらさんの手当てをする。
「大丈夫?」
「う、ううん…。」
葵ちゃんは冷却スプレーでさくらさんの患部を冷やす。
さくらさんは、俯いて気弱げな声を発する。
「私が悪いの…。さっきから何だか眩暈がして……。」
「そっか。だから練習のときみたいな調子が出なかったんだ。」
「皆に迷惑かけちゃって……本当にごめんなさい…っ。」
その様子をただ見ていれば、不意にさくらさんと目が合った。

「千草ちゃん…。」

さくらさんが私の名前を呼んだ。私は反射的に座り込むさくらさんに視線のたかさを合わせる。
「ねぇ、やっぱり楽しむなんて無理よ。」
「さくら、さん…。」
「一番になれなきゃ…楽しいも何もない。」
さくらさんはそう言い切った。…そりゃあ、長年親からの期待を背負ってきたんだ。それを変えるなんて簡単にはできない。
「わ、私は…私としては、楽しんでサッカー…してほしいです。」
「! な、なによ急に…。」
「…マネージャーは、辛い思いをしてサッカーをする選手を見たくない、です。」
「…そんなの、個人の考えでしょ。私には結果が全てなんだから。」
「で、でも…、」
私が言いかけたところで、さくらさんがこちらをキッと睨みつけた。
「千草ちゃんに何がわかるの!?」
さくらさんは声を荒げた。皆が視線を向ける。
「千草ちゃんはどうせ、私みたいに期待をかけられるようなことはなかったんでしょ? 私の気持ちなんかわかるわけないっ。…お節介、しないで!」
「っ…、」
さすがに言葉を詰まらせる。確かに、私は一番になれだとか大きな期待をかけられるようなことはなかった。表面だけの言葉を連ねたところで今までさくらさんがどれだけのプレッシャーに耐えてきたのかなんて知り得ない。
「…おい、試合再開するぞ。」
剣城さんに声をかけられる。
「野咲、交代できる選手はいない。ポジションを鉄角と交代するといい。」
さくらさんは黙って剣城さんの言葉に頷き、立ち上がる。
「さ、さくらさん…っ。」
ポジションに着こうとするさくらさんの腕を掴む。
「試合、楽しんできてください…っ。」
「だ、だから私は…っ、」
「っ…、さくらさんだって気付く筈です。皆さんと…楽しんでくださいっ。さくらさんは一番になった姿じゃなくて…楽しんでる姿の方がさくらさんらしくて、素敵ですっ。」
さくらさんは、呆然としたような表情を見せた。けれど、すぐに視線を逸らし腕を掴んでいた私の手を振り払った。そして、何も言わずにポジションに向かった。


皆がポジションに着き、試合が再開する。足を痛めたさくらさんは真くんとポジションを交代した。
試合が再開してからも、案の定ビッグウェイブスの強力な必殺技が繰り出される。
「キーパー以外は全員前に出るんだ!」
その指示により、ビッグウェイブスは一斉に攻める。イナズマジャパンは攻撃を防ぐことができずに、ゴール前までの攻撃を許してしまう。
「メガロドン!」
強力なシュートが放たれる。これ以上点を入れられてしまえば取り返すのが難しくなってしまう。

「井吹さん……っ」
井吹さんの姿を遠目に見る。

「っ、終わらせてたまるか!」
井吹さんが声を張る。
「ワイルドダンク!!」
なんとか、ゴールを防いだ。点は入らなかったけれど、ここからどうなっちゃうのかな…。


【さくら視点】

「終わらせてたまるか!」
井吹はそう言って必殺技でシュートを止めた。
「っ…、私だって…。」
呟きながらフィールドを見渡す。

ーーー「試合…楽しんできてください…っ。」

…千草ちゃんはそう言ったけど、何が楽しむよ。自分が活躍しないことに楽しみなんて生まれない。
「俺も負けるか!」
そんなことを考えていれば、瞬木がシュートを放とうとしていることに気づく。
「パルクールアタック!」
必殺シュート。放たれたシュートはゴールした。
「っ、瞬木まで…。」
点が入り、2対2。同点となった。
「私も…活躍しなきゃ…!」
このままだと、他の皆ばかり目立っちゃう。そんなの、駄目。私だって、…私だってあれぐらいできるんだから…。
「…パパ、ママ。」
二人の前で、絶対に恥なんてかかない。
その後は、キャプテンに足はもう良くなったと言ってポジションを元に戻した。

「一番に、ならなきゃ。」

小さく、呟いた。

***

私は剣城からのパスを受けドリブルしていく。なんとか順調にいけるかと思えばオーストラリア選手に囲まれてしまった。
「サックアウト!」
大きな波が渦巻き身動きがとれなくなる。
「っ…どうしたらこれを突破できるの…。」
ボールを奪われる前に頭の中で何とか考える。
「っ! 神童さん! 神のタクトを!」
神童さんの神のタクトがあれば飛び越えられる…! やってみなきゃ!
「何を考えている! いけるはずが…、」
「前より高く! 絶対に飛び越えてみせます!」
そう言えば、波の向こうで神童さんが神のタクトを繰り出す。
「神のタクト!」
光の筋が引かれる。私はそれに向かって跳んだ。
「っ…!」
飛び越えようとした、けれどこの高い波は超えられず私は波に阻まれてしまった。
「はぁ、はぁ…、」
飛び越えれなかった。やっぱり無理…?
「…っ。ここで終わっちゃ駄目。」

ーーー「…楽しんでる姿の方がさくらさんらしくて、素敵ですっ。」

不意に千草ちゃんの言ったことを思い出す。
楽しむ…それに、私らしさ。
「……。」
コートの外に目を向ければ、丁度千草ちゃんと目が合う。
…千草ちゃんが言う私らしいっていう姿、見せてあげるんだから。
「千草ちゃん!」
「っ…!?」
大きな声で呼べば、驚いたような表情を浮かべる。
「やってみせるんだから! ちゃんと見てなさいよ!」
そう言って笑ってみせた。千草ちゃんは戸惑っているみたいだけど、私はそれに構わず試合へと意識を向けた。


「野咲さん!」
瞬木にパスをされ、私はドリブルする。そして、再び私は「サックアウト!」と囲まれてしまう。
大きな波に阻まれる。
「神童さん!」
今度こそ…今度こそ跳んでみせる!
「神のタクトFI!」
再び神のタクトが放たれる。
私は思いきり跳ぶ。
「失敗を……恐れない!」
更に高く上へと行く。そして、

「ーっ!」

波を跳びこえて、サックアウトを打ち破った。
「越えたわ!」
「いいぞさくら!」
私はそのままドリブルしていき、ゴール近くまで行く。
「通さない!」
けれど、前にオーストラリア選手が現れる。
ここまで来たのに…!
「……皆、と」
そういえば皆と楽しんでって言ってた…。…皆と一緒に勝てば…。
「っ!」
周りを見渡せば皆マークされている。だが、真名部だけマークされていない。
「真名部っ!」
私は真名部に向かってパスをした。


【千草視点】
さくらさんは、サックアウトを打ち破り、真名部さんにパスをした。
「…皆と、頑張ってる。」
真名部さんは、ゴール前までいきゴールを決めたのだった。
2対3。
そして、試合終了のホイッスル。
「あ…勝てた…?」
「そうですよっ。イナズマジャパンが勝ちました!」
観客席から歓喜の声が上がる。
「良かった…。」
さくらさんも、この試合の中で随分と変われたようだった。
すると、さくらさんがこちらに駆け寄ってくる。
「千草ちゃん! 私、できてたでしょ。」
楽しそうに笑ってさくらさんは言う。
「はい…っ。素敵、でした。」
さくらさんは少しだけ照れくさそうにする。そして、私の手をぎゅっと握った。
「あ、あの…ありがとう、ね。 」
「え…?」
「…自分だけが一番じゃなくて、…たまにはこういうのもありかも!」
にこっと笑って、言った。今までに見たことのない、笑顔。その笑顔が、きっとさくらさんの心からの笑顔なのかな、なんて思った。


【井吹視点】
試合が終わった。他の奴等はここでのパスが良かった、だとか話している。不意に目に入ったのは、瞬木と牧原の姿だった。相変わらず、瞬木とは普通に話せるらしい。牧原の雰囲気もどことなく柔らかい。
「…ふん、」
でもだからってそれがどうした。
最近は、牧原は少しずつ変わっているようだった。けれど、俺からしてみればやっぱりうじうじしてる奴。そういう奴は、俺は好まない。
「さっさと着替えてくるか。」
特にすることもなく、俺は瞬木と牧原の隣を横切った。だが、
「っあ、」
牧原に軽くぶつかってしまった。一瞬戸惑ったような素振りを見せれば、小さく頭を下げられる。
「ご、ごめんなさい…っ。」
今のはオレの不注意でぶつかったんだと思うけど。と、思いながらもまぁこういう奴かと考える。
「あ、井吹! シュート止めたの、すごかったぞ!」
牧原の隣にいた瞬木にそう言われ、「ああ、サンキュー。」と返す。
「…あ、千草。ちょっとキャプテンに呼ばれてるから行くよ。」
突然、瞬木はそう言い残し、松風のところへ行ってしまった。
「……。」
「……。」
牧原と二人になり、お互い無言になる。
…別に、わざわざ一緒にいる必要はねぇよな。
「…じゃ、俺も行くから。」
「っあ。…井吹、さん…っ。」
この場を去ろうとすれば、腕を握られ止められる。ちっせぇ手だな、なんて思う。
「あ、あ、あの…っ、」
何かを言おうとしているようだが、言葉にできないでいる。少しの間言葉を吃らせて、やっと話した。
「シュート止めたの…すごかった、ですっ。」
「は……、」
まさか、こんなことを言われるとは予想外だった。俺は返答に詰まる。
「えっと…今まで、頑張ったから…だろうし、本当に見ててすごか」
「も、もういいっての!」
突然褒められ、何となく照れくさかった。俺は牧原の言葉を遮った。
「で、でも……、」
「……。」
再び、言葉を続けようとする。

不意に、風が吹いた。

「ーーーかっこよかった、です。」
一瞬、息を呑んだ。

「あ…、」
風が吹いて、牧原の長い前髪が揺れた。その瞬間に普段隠れてしまっている牧原の顔が見えたのだ。
……その時の牧原は、微笑んでいた。初めてまともに顔を見た。けれどそれよりも、一瞬見た笑顔が焼き付いて離れない。
「…い、井吹さん…?」
「ななななんだよっ!?」
思わず戸惑った。牧原の顔を直視できなかった。
「どうか、しましたか…?」
「っ……なんでもねぇよ!!」
俺は、視線を離したままその場を去った。
すたすたと歩いて、物陰まで着く。
「…っああもう、何なんだよ。急に笑うとか…不意打ちすぎだろ。」
妙に心臓が高鳴る。
「意味わかんねぇ…!」
俺はむしゃくしゃして前髪を掻きあげたのだった。