08

【井吹視点】
「それじゃあ、今日も頑張って練習だ!」
松風が声を張れば、全員が「はい!」と返事をする。
「二試合終わって皆サッカーに慣れたと思う。そこで、今日はもっと実践的な練習をする。」
確かについ最近オーストラリア戦も終えて、徐々にサッカーもできるようになってきた。俺だって必殺技でシュートを止めることができ、力が高まりつつある。
松風が練習の指示をだしている。だが、俺は不意に気づいた。
「なぁ、松風。」
声をかければ、松風が「どうしたの?」と反応する。俺は周りを見渡しながら言った。
「牧原は?」
牧原の姿が見当たらない。空野は来ているから別にマネージャーが来ないという訳ではないらしい。
「あ、あれ…本当だ。牧原が来ていない…。」
アイツはあんな性格だけど、無断でサボる奴とは到底思えない。何か、あったのか?
「………え、なんだよ俺…。」
なんで牧原のことなんか気にしてんだ? 別に気にかける必要なんてないだろ。わざわざ、そんな風に考える理由がない。と、思いながらも、

ーーー「かっこよかった、です。」

脳裏に浮かぶは、あのときの…牧原の笑顔だった。
「っ……。」
あんな風に笑えるんだな、と思った。普段からああやって笑えばいいのに。……もっと、いろんな表情を見れたら…、
「井吹ー?」
「っ!? ま、瞬木…なんだよ…!」
突然声をかけられ、驚いてしまう。瞬木は苦笑いして、「いや、なんか一人で百面相みたいなことしてるから。」と言った。…顔に出てたのか。
「牧原いないし…どうしようか。」
松風が呟く。俺は「…おい、」と声をかける。
「お、俺が…牧原を捜してくる。」
「え、井吹が?」
本当だったら、アイツのことなんか捜す気は更々ないところだ。けれど、こうも気になっていては練習に集中できそうにない。
「どうせ部屋にでもいるだろうし、俺が行って連れてく、」
「その必要はないよ。」
途中で遮られる。…瞬木だ。
「は…? 必要ないってなんだよ。」
「そのままの意味だよ。井吹、君が千草を捜しに行く必要はない。」
意味がわからない。俺では駄目だとでも言いたいのか。
そう思ったのが顔に出ていたのか、瞬木は言葉を続ける。
「…あ、井吹に捜しに行くなと言っている訳じゃない。俺だって、千草を捜しに行くつもりはないからな。」
てっきり、瞬木が行くのかと思っていた。瞬木は不自然に視線を落とした。
「…多分、今日はあの日だからかな…。」
瞬木が小さく呟いた言葉は何とか俺の耳に届く。あの日…?
「…とにかく、キャプテン! 千草は大丈夫だから、今日のところは練習を始めよう?」
「え、…それなら、そうしようか。」
松風は練習の説明の続きを始めた。


今日の練習は夕方まで続いた。練習を終えて、俺は肩を冷やす。練習中に肩をぶつけてしまったからだ。
「結局千草、来なかったな。」
隣に座る鉄角が言う。
「…ま、明日には来るんじゃねぇの。」
無愛想に答えれば「…そうだな。」と返ってくる。
と、そんなときだった。
「あ、あの……、」
聞き覚えのある声がした。
ばっと顔を上げれば、現れたのは牧原だった。
「牧原先輩! 一体どこに行ってたんですか…?」
空野がかかさず牧原に駆け寄る。牧原は俯いて「……ごめん、なさい…。」とだけ言った。
「ったく、何も伝達とかなかったから心配したんだぜ?」
鉄角も牧原に寄り、肩を軽く叩く。すると、びくりと肩を一瞬震わせた。
「え、と…本当に、すみませんでした…。」
弱々しく言葉を発する。その姿に違和感を感じた。牧原は確か、鉄角にはそれなりに心を開いたように思えたんだが。…そう思ったのは俺だけじゃないらしい。鉄角も多少驚いたような表情を浮かべる。
「い、いや、何か問題があったとかじゃねぇんなら別にいいんだ。」
鉄角はそう言ってドリンクを飲み干した。
ここに来てからそれなりに時間が経った。牧原は、少しずつは変わっているのは何となく感じてはいた。けれど、今のコイツは…
「………。」
最初に逢ったときと同じだ。まるで元に戻ってしまったようだ。
「牧原!」
神童が声を張る。眉間に皺を寄らせて不機嫌そうな表情を浮かべる。
「何か用事があって休んだとしても連絡ぐらいはしておくんだ。それぐらいのことはできるだろう。此処で…イナズマジャパンでやっていくつもりはあるのか?」
怒鳴っている訳ではないが、神童の言葉にはどこか刺々しさを含んでいた。
「……はい」
聞こえるか聞こえないかというぐらいの声量。本当に牧原は突然どうしたのか。
「…千草。」
瞬木が牧原に寄り、手を握った。
「キャプテン、もう練習は終了でいいんだよね?」
「うん、もう終わりだよ。」
松風が答えれば、瞬木は牧原の手を握ってどこかに引き連れた。
俺は、二人の後ろ姿をただ見ることしかできなかった。


【千草視点】
隼人くんに手を握られたかと思えば、そのまま人気のないところに連れられる。
「隼人くん……?」
「千草。今日ってもしかして、」
立ち止まると、隼人くんがこちらを向いて、見合わせる形となる。
「………お母さんの命日?」
その言葉に、無意識に握られていた手を握り返した。
お母さん。私の、お母さん。
「…うん。今日はお母さんの命日なの…それで、」
「お墓参りに行ってた?」
「! …うん。」
私のお母さんは、私が幼かった頃に亡くなってしまった。元々、体が弱かった。体が弱いお母さんにとって、私を産むということだって酷く苦なものだった。
「…それにしても、お墓参りに行って何かあった?」
「え……?」
「なんか…どことなく寂しそうだから。」
昔からよく、隼人くんは私の事を気遣ってくれる。
そっと頭を撫でられた。
「……さびしい」
寂しい、というよりも。
「…私の、」
「ん?」
私は、俯く。
「私の居場所って…どこなのかな…。」
「っ、…どうした?」
「…自分が必要とされる…居るべきなのは…イナズマジャパンでいいのか、わかんない」
「千草…。」
隼人くんは、私の顔を覗き込む。
「千草は、少しずつこのイナズマジャパンに馴染んできてるじゃないか。ほら、鉄角とか野咲さんとか…、」
私を励まそうとしているのか、優しい声色で話す。それでも、私は不安で堪らなかった。
「でも…心の何処かで、迷惑がられてるんじゃないかなって」
「! そんなこと…っ」
「お墓参りに行って思ったの…。」
私は、ぽつぽつと話し始めた。


小さい頃に、女手一つで育ててくれたお母さんが亡くなってしまった。私には兄妹もいなくて本当に一人だった。その後は親戚である叔父さんが引き取ってくれた。
けれど、その叔父さんはそれまで一人暮らしだった。突然私がやってきたことにより、生活費が増してしまう。それによって、仕事量が増えて疲れさせてしまう。
幼かった私は、そんなこと気づけなかった。
私は小さい頃から消極的でそれ故にうじうじして叔父さんに迷惑をかけた。いつだって叔父さんに着いていっていた。学校でだって、話せる人がいなくて、ずっと一人。それが寂しくて泣いてしまうことも屡々あった。

「…小さかった頃は何もわからなかった。でも…だんだんわかってきたの。」
「……、」
「私は、居場所があったって周りには気づいてもらえない。迷惑をかけるだけ。…今、一緒にいてくれる人だって……いつか、」
「っ千草!」
隼人くんが突然声を張る。私は驚いて顔を上げる。
「馬鹿なこと言うな。」
腕を伸ばしたかと思えば、ぎゅうっと抱きしめられる。少し痛いぐらい、腕に力が込められる。
「…隼人くん…、」
「千草は、マネージャーとしてやっていけてるじゃないか。」
「……失敗することだって、多いよ。」
「今までにやったことないことをやってるんだ。失敗するのは普通だよ。」
「……でも、」
励まされたって、何も思えない。今このときにも、隼人くんに迷惑をかけてるんじゃないかとまで考えてしまう。
「…少なくとも俺は、」
「いや…、」
「え?」
ぽたぽたと涙がこぼれ落ちた。
「知りたく、ない……怖いよ…。」
「っ、千草。」
「みんな優しいからだよ……本当はどう思ってるだとか…、」
「千草!!」
抱き締めていた腕は離され、怒鳴られる。
「そうやって何でもマイナスに捉えるつもりか!? 少しは、自分はできるんだとか思って…!」
「隼人くんにはわかんないよ…っ!」
私も、思わず声を張った。止まることなく、涙は溢れる。
「隼人くんは私とは違うから…! 私だってマネージャーとして皆を支えたい!…少しでも支えられたらって何か…」
いくら努力したって周りに認められなきゃ無意味になってしまう気がする。
ぽろぽろと溢れる涙は止まらなかった。



あれから、数日経った。この数日間、私は練習などに顔を出さないでいた。
イナズマジャパンの今回の試合相手はサウジアラビアのシャムシールらしい。そして、今日はその対シャムシール戦当日だ。

***

「…やめる?」
黒岩監督が、こちらを向く。
試合直前、丁度一人でいた黒岩監督されて声をかけたのだ。
「…はい。マネージャーを、やめます。」
「そうか。」
特に驚いた様子もなく、返答が返ってきた。
この数日の間に考えて、周りにとっても……私自身にとっても、これが最善なんじゃないかと思えた。
「構わない。」
「え……?」
「やめても構わない、と言っている。今からお前はイナズマジャパンのマネージャーではない。一般人だ。」
こうもあっさりとやめることを許可されるとは思わなかった。
「短い間、お世話になりました。」
小さく頭を下げて、私はその場から足を運ぶ。
これで、良かったんだ。
「……。」
もう試合が始まったのか歓声が聞こえてきた。
「…私がいなくても変わらない、よね。」
そう呟いてこの建物から去ろうとする。けれど、
「……っ」
躇ってしまう。これが最善のはず。それなのに、どうして。
「…せめて、試合だけ見ていこうかな…。」
そう、これを最後にすればいい。見るだけなんだから…。

そうして私は、観客席に向かったのだった。