合宿2日目の夜です。私は今自分の部屋の前にいます。
「………無理っ」
私の今の現状を話せば短い。恥ずかしながらこの夜中に目を覚ましてしまい、トイレに行きたくて我慢なりません。それなのにどうして部屋の前にじっと立っているのか。
がたっ
「びゃっ!もうやだよぉ…」
怖いからです。
「ていうかなんで部屋からトイレまでこんなに遠いの…。せめてでも廊下に電気つけてくれるとかしてくれたらいいのに……」
一人じゃ怖すぎて、一歩すらまともに進めない。
もうどうしようもないし我慢して部屋に戻ろうかな、と思ったときだった。
「───、」
足音。
一歩一歩、確実にこちらに近づく。思わず、私はぴた、と動きを止めた。
足音は止まった。私のすぐ傍で。
「………な……て」
すぐ傍で聞こえる掠れた声。
「ひ、」
私はとっさに動いた…と、いうよりも、手が、動いて。そのま肘が勢いよく何かに当たった。
ドスッ
「いっでぇええ!!」
肘がその足音の持ち主にあたってしまった、と思えば、この状況に似合わない声。
聞きなれたその声は、
「あ、安藤……くん?」
私の肘は安藤くんの腹に見事に直撃したらしい。安藤くんは少しだけ目に涙を浮かべる。
「おまっ…なにすんだよ急に!!」
「ごごごご、ごめんなさい─!!」
私達の声になんなのかとサッカー部みんなが駆けつけてきた。
「佐野?こんな時間にどうした………あぁ、安藤もいたのか」
「俺はついでか。」
喜多さんは心配そうな目で私をみつめる。
「いや、……別に……」
そう言うと、星降さんが私のもとへきた。
「若葉…安藤と何やってたの?」
星降さんが、怪訝そうな顔をして私に問いかけた。
「え……特に何も……そうだよね? 安藤くん」
「え? あぁ、そりゃあ……って、え?」
同意を求めて、安藤くんそれに答えようとしたけれど言葉を詰まらせた。
「え? あ、あの……」
思わず、こっちまでそれにつられてどもってしまう。
星降さんは、不機嫌そうな顔で言葉を続ける。
「安藤に何されたの」
「なにって……なんでそうなるんですか…っ。どう考えても何もない…、」
そう言うと、星降さんは私の目尻に触れた。
「じゃあさ、なんで泣いてんの?」
そんなことを言われ、自分で目元に触れると、少しだけ濡れていた。
「………あ、」
先ほどまでのことをよく考えてみた。部屋の前で怖がって、ちょうどそこに安藤くんが現れて、勘違いして怖がって…
「………あ!!」
夜中であるというのに私は思わず声を上げた。
「違います! 違います!!星降さんが思ってるようなことはありませんから!誤解ですよ誤解!!」
私は必死に伝える。
そりゃあ、傍からみたら夜中に安藤くんに会っていて私が泣いてた…と、きたら誤解をうけるだろう。
「……それならなんで若葉は泣いてんの?」
信じてくれていないのか、星降さんはそう聞く。
理由を話す…には少々恥ずかしい。でも誤解をうけたままだと安藤くんにも迷惑がかかる。
私はそう考え、今までのことを話した。
「トイレぐらい、一人で行きなよ。」
理由を聞いた星降さんの第一声はそれだった。
……まぁその通りですけど。
「暗いから怖かったんですよ……」
「僕若葉って根性が据わってるかと思ってた〜」
その場にいた西野空くんがそう言った。どういう意味なのそれ。
「えーっと、とりあえずそれぐらいなら俺、付きそうよ?」
喜多さんは優しく声をかけてくれた。喜多さん優しすぎですよ…。
「あ、……それじゃあ、あの喜多さん」
「ん?」
私はおずおずと喜多さんに声をかけた。
「……今からでも、頼んでもいいですか……」
「え、」
私は少しだけ声を小さくして、
「さ、さっきからもう……漏れそうで…」
「……え。」
気まずい空気が流れた。本当に申し訳ないと思いながらも仕方がないので許してほしい、ごめんなさい。
喜多さんは苦笑いをしながらも付き合ってくれたのだった。喜多さんが優しすぎて涙が出そう。
「ふへー…やっといけたぁ」
「それは良かった」
喜多さんはクスクスと笑う。う…、なんだか恥ずかしい。
「こんな時間なのに、付き合ってくれてありがとうございます…」
「いや、別に気にしなくていいから。俺が付きそうって言ったんだ」
喜多さんはふわりと微笑んだ。その笑顔で何人の女の子を無意識に落としたのだろう、と思ったのは黙っておいた。
「それじゃあ、早く部屋に戻ろうか」
「あ、はいっ」
私と喜多さんは横に並んで一緒に歩く。
「………」
二人黙って歩くのはなんだか気まずい。
「あの……」
「なに?」
あ、特になにも考えずに口を開いてしまった。
「あー……、えっと、その……」
「佐野ってさ、」
私が困っていると喜多さんから話題を切り開いた。
「佐野って星降と仲がいいらしいな」
「へっ?」
とっさに発せられたのはなんとも言えない間の抜けた声だった。
「いや、ちょっと待って下さい。それはないですよ、星降さんていつも、」
「星降は、」
言葉を遮られる。
「さっきもそうだったけど…佐野のこと心配したりとか…一見してみたらどうかわからないけどいいヤツだよ。……今まで本気で傷つくようなことまでは言われなかっただろ?」
「そういえば……そうかも、です」
いろいろ思い返してみれば、喜多さんの言うとおりだ。
喜多さんは少しだけ笑みを見せて、
「ま、俺が言うのはこれぐらいにしとくよ。とりあえず、佐野は星降のこと、考え直してみたら?本当はどんなヤツなのか」
気づくと部屋の前まで着いていて、喜多さんは「おやすみ」と手を振った。
私は部屋に入ると、布団に寝転がった。
「星降さん、は」
本当はどんな人なんだろう。
どうやって接したらいいんだろう。
そんなことを考えていれば睡魔に襲われ、眠りについた。