11

合宿三日目は無事に終わり、すぐに学校に登校する日がきた。
でも、そんな私に一つ、問題がおきた。

「若葉?朝ご飯はいらないのー?」
「時間ないからいい!」
私は寝坊をしてしまった。

「とりあえず…もう間にあってないけど……っ」
それでもできる限り早く学校に行こう。私は急いで家を出て、学校へとダッシュする。とはいっても遅いのだけれど!
「──痛っ、」
その上途中で転んでしまう始末。
「もう私なにやってんだろ…急がなきゃいけないのに!」 
私は立ち上がって制服についた砂をはらう。
「……あれ?」
不意に目に入ったのは少し向こうに見える、見覚えのあるシルエット。
「んー、あれ…は……」
私は目をこらして誰なのかを見る。
「星降さん、」
見えたのは星降さんだった。
「星降さんも寝坊かな……って、いや。なんか普段から遅刻してそう」
そんなことを呟くと、星降さんと、あともう一人見えた。
「? 誰だろ……」
私の知らない人らしい。女の人だ。
「うわ…綺麗な人。年上かな。……ん?」
星降さんと女の人の様子がおかしいことに気づく。
「……口喧嘩、してる?」
でも、よく見たら違うようだった。
女の人が一方的に星降さんに何か言っているように見える。
「よくわかんないけど……関わらないのが無難、かな」
私は、そのまま学校へと向かった。


「あ、若葉おはよ。なに遅刻してんのよー」
やっと学校について教室に行くと、友達の美奈ちゃん……基、紺野美奈子に小突かれた。
「いたい……、寝坊しちゃって」
「ふぅん……珍しい。ま、いいけど。ほら、早く席つかないと先生くるわよー?」
「あ、うん」
美奈ちゃんに言われて、私は急いで席につく。

「………、」
不意に、さっきのことを思い出した。
さっき……星降さんと、誰だかわからないけど、知らない女の人。私が気にかけることではないけど、状況がああだったからなのか気になってしまう。

「若葉、そういえばサッカー部で合宿、あったんだってね。楽しかった?」
隣の席である美奈ちゃんが問いかけてきた。
「んー、まぁ。大変だったけど……嫌ではなかったし」
「そう。ていうかさ、聞いてくれない?この間利殊がね……」
利殊……というのは渡部利殊、美奈ちゃんの彼氏だ。美奈ちゃんはなんかいろいろと愚痴ったりしているけど、本心から嫌がったような顔はしない。
「仲、いいよね。羨ましい」
そう言うと美奈ちゃんは、
「………冗談はやめなさいよ」
と、顔をふせた。
あ、耳まで真っ赤になってる。
「……そういう若葉は好きな人とかいないの?私、若葉からそういう話聞いたことない」
「え、私……?」
急に話をふられて困惑する。
好きな人って……
「考えたことないかな……」
誤魔化すとかじゃなくて、本当に。
すると美奈ちゃんは顔を思い切り近づけて
「嘘! 一つぐらいあるでしょー?今のことじゃなくてもいいから、昔のことでもないの?」
「そんなこと言われても、本当にないんだもん……」
「えぇ…、ちょ、若葉。アンタ中学入ったからにはそういうの1つぐらいあってもいいでしょうが……。あ、そうだ」
美奈ちゃんは「そういえばさ、」と言う。
「喜多くんとかどう?」
「喜多さんて……なんで?」
「んー、なんかいい感じの雰囲気に見えるから。別にそういうのじゃないの?」
首をかしげて、そう問われる。
「喜多さんは確かに私に対して優しいけど……アレは誰にだってそうだろうし。私自身そういうふうには思ってないよ』
「そう」
そんな会話をしていたら、先生がきたから話は途切れた。


そして、放課後。
「はい、早速練習を始めてねー」
監督が声をかけるとみんな動き始める。私は選手の動きを記録する。
いつも通りに事が進んでいる。
「あ、そういえば」
私は丁度近くを通りかかった星降さんを呼び止める。
「なに急に。用ならさっさとしなよ」
「う…はい……」
相変わらず辛辣な言葉を吐かれ、少したじろいだ。おどおどしながらも、私は問う。
「あの、今日の朝のことなんですけど」
「あぁ、若葉遅刻したんだってね。珍しい」
星降さんは皮肉をこめたような声で言う。
あ、あいかわらずです……っ。
「あの、私のことじゃなくて…朝に星降さんが、」
私の言いかけた途中で星降さんは表情を歪ませたような気がした。…いや、確かに星降さんは表情を歪ませた。
「朝に星降さんが…なんか、何というか、女の人といたの見て……」
「………」
「それで、星降さんが一方的にその人から言われてたから……どうしてかなって思、」
言葉が途切れた。
話している途中で、口を塞がれた。単に手で塞がれたならまだしも、
「ん、ん…!」
口で塞がれる。つまりは、それは星降さんと唇が重なるという形になる訳で。
突然の状況に頭が追いつかない。なんでこんなことになってるの。
「ぅ、んっ」
口を塞がれたままで、呼吸がままならない。咄嗟に近くにあった星降さんの体を思い切り押せば、予想外にもあっさりと星降さんは離れた。
「………」
星降さんは表情一つ変えていなかった。
私は呼吸を整えてから、
「……なんで、こんなこと、したんですか」
なんとなく気まずくて、視線が合わないように顔を伏せる。
気付けば、周りから部員の視線が集まっていた。
「なんでって、」
星降さんは、特に変わった様子もなく口を開く。
「言葉で説明するよりもこうやって行動で表したほうが若葉は理解早いでしょ」
耳元に顔を寄せて何時もより低い声で囁かれ、無意識に体がびくりと震えた。
「い、意味、わかんないです」
行動で表したってどういうことなの。さっきの事で何がわかるというの。
それが顔に出ていたのか、星降さんは答えた。
「朝のことだよ」
「……朝…、女の人と、いて?」
「そう。その女の人と、そういう関係だったって話。…今、若葉した以上のことをしてた関係」
そう言われて、顔に熱を帯びた。
「付き合ってたん、ですか?」
「な訳ないだろ。所謂遊び、だよ」
意外にも簡単に吐かれた言葉に私はがつんと頭を殴られたような、そんな衝撃が走る。
「星降さんが、わからないです」
星降さんは、何も答えなかった。
「……最低、です」
やっとまともに発したのはそんな言葉だった。
星降さんはまた、何も答えない。
私はこれ以上はどうしたらいいのか判らず、思わずその場を立ち去った。



風をきって走る途中で頬が濡れたのは気のせいではないらしい。人目のつかない体育館裏で私はうずくまる。
「……はぁ、」
溜息が零れた。
何も言わずに部活を出てきてしまった、ということよりも今の私の頭の中には、後悔だけが残っていた。一人になったことで、よく考えてみた。
最低なのは、私だ。
頭の中を駆け巡るのはそんな言葉だった。さっきは咄嗟に無神経にものを言いすぎてしまった。あの話を聞いて、というよりも、星降さんにされたことがあまりに印象が強すぎた。
…ただ、あれだけだったら最悪だとか思えるけれど、もしかしたら過去のことなのかもしれない。今ではもう心を入れ替えたとか。
せめてでも、と思いつくポジティブな発想はすぐに消え去る。
「……っ、」
涙がボロボロと零れ落ちる。
ここに誰もいなくて良かった、と思った。けれど、
「佐野っ!?」
急に現れたのは、
「やっと見つけた…心配したんだぞ」
「……キャプテンが部活抜け出しちゃっていいんですか」
現れたのは喜多さんだった。相当捜してたのかな。額に汗が少しだけ滲んでる。
「監督に許可は貰ったから問題はない。それよりも、」
突然、私の目の前まできたかと思うと、
「………!」
抱きしめられた。
少し苦しいくらいに、腕に力を込められる。
「佐野のことのほうが、」
それ以上は、喜多さんは何も言わなくて、ただ、私を抱きしめるだけだった。
「……っ」
不思議と、この腕を引き離そうだなんて思わなかった。寧ろ、この腕にすがっていたい。混乱しきった自分が何とかなる気がして。
遠慮気味に喜多さんの背中に腕をまわした。


喜多さんから感じる温もりが、やけに愛しかった。