13

「若葉」
「………」
「若葉ー」
「………」
「…若葉ちゃーん」
「………」
「………」
「ちょっと、無視決め込んでんじゃないわよ」
ドカッ
「いだっ」
急に足元を蹴られた。
「……あれ、美奈ちゃん?」
「なにその反応。私がいたことすら気付かなかったの馬鹿」
「あ、……ごめん考え事してた」
下校中、私は美奈ちゃんの声が耳に入らないほどだった。
どうしてかと言われれば、さっきまであった部活でのことに決まってる。
…あれは、拒絶なのか。無意識のうちに吐いた言葉が、こんなにも変えてしまうなんて、思ってもいなかった。
「悩みとかあるなら相談に乗るけど?」
美奈ちゃんは私の顔を覗き込む。
「……じゃあ、聞いてもらっていい」
昨日までの自分なら、何も言わなかっただろうけど、朝のこともあって今なら美奈ちゃんに話せる。
「うん、言ってみて」
美奈ちゃんは、優しく微笑む。
「…えっと、ね」

***

美奈ちゃんは真摯に私の話を聞いてくれた。
「…と、いう訳なんです…」
「ん〜っ、なんかややこしくなってるわね」
確かに傍からしてみたから、ややこしいことだよね…。まぁややこしくしたのは私、か。
「解決策はただ一つね」
美奈ちゃんは私の顔を見て、きっぱりとした口調で言った。
「え、なに?」
「諦めなさい」
「…………えっ」
まさかの発言。
「え…っと、それは、どう、いう……」
「そのままの意味よ」
よりによって諦めろなんて。
「まぁ話し聞くっていったのは私なんだけど…。若葉、アンタは積極性に欠けてんのよ。星降くんがどう思ってんのかまではさすがに知るよしもないけど…少なくともアンタが今のままじゃ向こうは動かない。若葉が行動に移さない限り、きっと向こうは無反応のままよ。…可能性がないなら1%でもいいから自分で作って見せなさい」
「………っ」
美奈ちゃんはいつも、的確な指摘をする、そんな人だ。いつだってそれに救われてきた。
「ありがとうね、美奈ちゃん」
「ええ。…それじゃ、私はこっちだから。じゃあ、またね」
分かれ道に着き、手を振られる。
「うん、またね」
私はそのまま軽い足取りで家に向かった。
もう少し頑張ってみよう。美奈ちゃんの言葉を無駄にしないためにも。


その日の夜、私はスマホを手にした。
「メール……いや、電話のがいいかな」
メールのほうが楽かもしれないと思ったけど、ちゃんと話がしたい。
ていうかメールだと返事が来ないかもだけど…って、電話しても出てくれないかも、だよね…。
「……や、やってみなきゃわかんないし!」
意を決して私は星降さんに電話をかけた。
PLLL...
無機質な音が、妙に心苦しかった。
コールが何度も鳴る。……出てくれるかな。今更ながら、正直不安だ。
「やっぱ無理なのかな」
出る気配がない。私は仕方なく切ろうとしたそのとき、
〈───もしもし〉
「!」
電話を切ろうとした手を止め、私はスマホを耳元に当てる。
「星降さんっ!?」
〈あぁそうだよ。そうじゃなかったらお前は誰にかけたんだよ〉
「で、ですよね。ごめんなさい……」
何時もと変わらない、星降さんの声が聞こえた。やけに、その声に安心できた。
…今なら言える。
「あの、私、言いたいことがあって……」
〈ん?〉
一瞬、言うのをためらったが、私はなんとか言葉を続ける。
「昨日はごめんなさい!」
〈………は?なに急に〉
「だ、だって………私見たことだけでなんか勝手な事言っちゃって……星降さんの気も知らずに。それで……ごめんなさ…」
〈なに言ってんの〉
「え……」
電話越しに聞こえたのは、星降さんの呆れたような声。
〈その言い方じゃ昨日ので俺が怒ってるみたいじゃん〉
「そ、そうなんじゃないんですか……?今日の部活のときだって…」
〈あぁ、…アレは、なんていうか。若葉が勘違いしてるっぽくて、どう接していいかわからず……ああなった?〉
意外にも拍子抜けな言葉に胸を撫でおろす。
「……ふふ、なんで疑問形なんですか」
〈さあね〉
「自分で言ったくせに」
ああ、普通の会話だ。
〈……ていうか単に昨日は、怒ったっていうか、混乱しただけ〉
「……混乱、」
不意に、星降さんはそんなことを言って、そして少しだけ笑った。
〈若葉は気にしなくていいから。…あー、とりあえずさ、若葉が朝見たっていうの……忘れてくれる?〉
「……はい」
私としても、またきまずくなるのは嫌だから私は無理なんて言わなかった。
多分、星降さんは何か隠しているようなことがあるんだろうけど。でも、それは今は触れてはいけない気がした。
「あっ明日からは普通に話してもいいですかっ?」
〈そりゃあ…ていうか若葉と普通に話したことあったけ?〉
「な、ないかもです!」
〈にしても、若葉、なんか急にテンション上がってるね。耳に痛い〉
「え、ごめんなさい……」
だって、何時もみたいに話せることが嬉しかったから。少しの間だけれど、まともに顔も会わせられないのは、正直寂しいのだと気付いた。
だから、尚更嬉しい。
電話越しにでも声を聞けるのが嬉しくて堪らない。
私は無意識に笑みをこぼした。


「美奈ちゃん聞いて!聞いて!」
星降さんと話終わって、私はすぐさま美奈ちゃんに電話をかけた。
〈も〜……なんなのこんな夜遅くに……〉
美奈ちゃんはいかにも眠たそうな声色をした。
それもそうだ。時計を見ると時刻は10時過ぎ。そういえば美奈ちゃんっていつも寝るの早いんだっけ。
〈何かいいことでもあったのー?つまんないことだったらすぐ切るわよ〉
「切らないで!あのね、星降さんとちゃんと話せたの」
〈成長したわね若葉!!〉
「びゃっ」
突然大きな声が聞こえ、思わず一瞬だけスマホを耳元から離す。
〈こんなにすぐに行動するなんて思ってなかった!良かったじゃない!〉
「う、うん。ありがとう」
勢いに押されそうになるけど、やっぱりこういうふうに言われると嬉しい。
〈…あ、そうだ。若葉、ちょっと思ったんだけどね〉
「ん?なあに?」
〈唐突、なんだけど……〉
美奈ちゃんは若干ためらいがちに何かを言おうとする。
「……え、と。え、遠慮なく言っていいからね!」
そう言うと、美奈ちゃんはそう?と言う。
一体何を言うつもりなのか。

そして私は、美奈ちゃんの予想外の台詞に頭を一瞬フリーズさせてしまった。

「…えーっと…今なんて言った…?」
〈だーかーらー、〉
私は、美奈ちゃんの声に耳をしっかりと傾ける。
〈若葉って星降くんの好きでしょ〉
再びフリーズした。
いや…それはありえない
「な、なに言ってるのー、なんでそういうことになるの」
〈んー?だって……随分嬉しそうなんだもの。星降さんとちゃんと話せたよーって〉
「さりげなく声真似しないでよ…」
確かに、星降さんと話せたことに関しては嬉しかった。それは事実だから認める。
「…ていうか、それだけじゃ好きとかいうところには繋がらないんじゃ…」
〈うん、まぁそうなんだけど。それじゃ、若葉に1つ質問〉
「質問?」
〈それならさ、星降くんのことどう思ってるの?〉
「……え」
どうって…。
そういえば考えたことなかったかもしれない。
〈ほら、友達として好き、とか嫌いとかただの同級生とか……〉
美奈ちゃんは例をいくつかあげていくが、どれも何か当てはまらないような気がする。
同級生というところは当てはまってはいるけど。……でも、なにか足りない。
"ただの"同級生じゃなくて。
「………よくわかんない、けど」
〈けど?〉
「……普通とは違う感じがする。たまに一緒にいるとなんだろ…変な感じになる」
それを言うと美奈ちゃんは一瞬黙って、そして呆れた声を出した。
〈この鈍感〉
「え、鈍感…?」
戸惑うと、美奈ちゃんはまだ容赦なく言ってきた。
〈アンタほどの鈍感見たことないわ。まぁそれが若葉なんだけど……。いーい?覚えておきなさい〉
「な、何を…」
〈アンタが星降くんに抱いてる感情を「恋」っていうのよ〉
すとんと何か落ちる感覚。
気付いてしまった。気付かされてしまった。
〈あ、私そろそろ寝るから。おやすみ〉
プツリと電話が切れる。
「……」
へたりと体から力が抜ける。

好きって。
私が星降さんのことを好きだとか。
「そんなこと言われたらまた顔合わせずらくなるじゃない」
星降さんに対する感情には恋であることに、しっくりきてしまった。
「うぅ…」
私は枕を抱きかかえてうずくまる。
"好き"ってこんなにも混乱させられるものだなんて知らなかった。