この間喜多さんが話そうとしたことがやっとわかった。でも、それは予想を超えたものだった。
喜多さんが私のことをそんなふうに思っているなんて考えたことがなかった。
私は、「ごめんなさい」とだけ言った。それ以上、喜多さんを傷つけないようにする言葉は思い浮かばなかった。
喜多さんはそんな私のちっぽけな言葉に、いつものような笑みで、「そっか」と言った。
変わらないその表情に、余計罪悪感が湧いた。
喜多さんは、そしてもう一言付け加えた。
──「俺、佐野の笑った顔が好き」
だから、笑ってて。そう言った。
それで喜多さんがいいと思えるなら。
私は少しぎこちなく、喜多さんに笑った顔を見せた。
***
何かがあった日は不思議と時間が早く進むような気がする。あっという間に日付が変わっていた。
朝、私は朝食の食パンを頬張る。
「ねぇ、若葉?」
「うん?」
突然、お母さんが改まったような声で話しかけた。
「大事な話があるんだけど……今いい?」
隣にいるお父さんもこちらを見る。そうして、お父さんは口を開いた。
「急なことで若葉には悪いんだが…、お父さんの仕事の都合で転勤することになったんだ」
「転勤……」
「ああ、ここからは遠い地方に」
…と、いうことは引っ越ししなきゃならないのかな。
「あ、でもね。若葉はここにいてもいいのよ」
「え……?」
「急に土地が変わるのも困るだろうし…」
じゃあここにいたままで、転校とかもないんだ。
そう思ったけれど、お母さんは言葉を続けた。
「ただ…転校はすることになるの。お母さんはお父さんについていくつもりなの。それで若葉を一人だけこの家に置いていく訳にはいかないから…だからおじいちゃんの家にこれから住んでもらうことになるの」
確かにおじいちゃんの家はここからは少し距離がある。少なくとも、そこから天河原中に通うのは少々難しい。
「突然のことで本当にごめんね。来週には若葉にはおじいちゃんの家に行ってもらうから……」
荷物まとめておいて、と少し躊躇うように言った。