休日である今日、荷物を次々と箱の中に詰め込んでいく。今は、引っ越しの準備をしている最中だ。こうしていると、本当に転校するんだなと実感する。
そんなとき、
「佐野?」
名前を呼ばれ後ろを向くと、
「わっあ、あ、あ、喜多さん…!?」
「ご、ごめん驚かせたな…」
そこにいたのは喜多さんだった。
「え…なんでここに…」
「あー、いや、あの…迷惑じゃなければ……佐野の引っ越しの手伝いでもできないかなーと。それでさっき佐野の親御さんに家に入れてもらって」」
そういえば、今日は部活休みなんだっけ。
「そ、それじゃあ…手伝ってもらって、いいですか?」
そう言うと、喜多さんは「もちろん」と言った。
黙々と作業を進めていく。特に何も話さず時間が進む。
「……そういえばさ、」
不意に、喜多さんが口を開く。
「なんですか?」
「転校のこと、星降には伝えたのか?」
躊躇いもなく聞かれ、思わず返事に詰まった。
「…伝えてないです。伝えません」
そう答えれば、喜多さんは一瞬私の顔をじっと見て、
「理由を……聞いてもいいか?」
まさか、理由を聞かれるなんて思わなかった。私は「えぇっと…」と声を洩らした。
「…諦めたんです」
喜多さんは、驚いたようだった。
「諦めたって…星降のことを?」
私は、「はい」と短く答える。
「……いいのか?」
「え?」
「これで、終わっていいのか?佐野はこれが自分にとっていい終わりだって思うのか?」
あぁ、そうくるか。でも、これが喜多さんらしいと言えるのかもしれない。
私は何も言わず、言葉を続けていく喜多さんの顔を見る。
「少なくとも俺は、間違ってると思う。…星降が口先だけで言ったってそれが事実とは限らない。誰かの為につく嘘だってある。もし、星降が佐野を」
「いいんです」
喜多さんの言葉を遮る。
「…そんなふうに言ってもらえるなんて思ってませんでした。でも、ごめんなさい。私はどうしたって、喜多さんみたいに考えることはできない。……あのとき言った星降さんの言葉は、私は星降さん自身の言葉だと思ってます。だから…」
だから、私は。私は、
「……だから…星降さんのことを…」
諦めたんです。そう言おうとした。
それなのに、これ以上何も言えなかった。
「……泣くぐらいなのに」
喜多さんに言われて初めて気づく。
「……っ」
私は泣いていた。
「泣くぐらいなのに、諦めるのか?」
「…っ泣いてなんかないです」
咄嗟に、涙を拭う。
「……嘘、」
喜多さんははっきりと言う。
「佐野は、やっぱり」
「…言わないで、」
声が震えた。
「何も……言わないでください」
喜多さんの言うことが、正しく思えてしまう。…いや、喜多さんの言うことは正しい。
でもそれは、私にとっては。
「これ以上……何も、言わないで」
喜多さんにこれ以上何か言われてしまったら、
「っ……ぅ、」
決意が、揺らぐ。
結局止まることのない涙は、ポタポタと床に零れ落ちた。
何も言わず、何もしなかったのは喜多さんの優しさの一つだったのだろうか。