30

「うぅ……ずずっ、」
すぐ耳元で聞こえるのは泣き声と鼻水をすする音。
「そんなに泣かないでよ…」
「泣き虫のアンタにそんな事言われる日が来るとは思わなかった…」
そんなことを言いながらも私に抱きついているのは美奈ちゃん。
今日が天河原中で過ごす最後の日だ。
「……本当に行っちゃうのよね」
「…うん、」
そんなふうに言われると、こっちまで泣きそうになる。でも、最後ぐらい笑っていたいから泣くのは我慢する。
「……部活のときぐらいきてよ」
後ろから、別の声が聞こえる。
「…西野空くん」
西野空くんにしては珍しい、弱々しい声。
「部活のときって…さすがに無理だなぁ」
「え〜…じゃあマネージャーの仕事は誰がするの」
いつもとは違って、拗ねている小さな子供のような言葉。
「西野空、無茶いうなよ…」
「あ、隼総くん」
隼総くんは呆れた目で西野空くんを見る。
「今日で最後なんだな。からかうヤツがいなくなるのか…寂しいな」
「本当に寂しいって思ってる!?」
すると隼総くんは笑って、
「冗談だって。…寂しいのは本当、佐野がいなくなるの」
初めて見る、隼総くんの表情。
「……なんてな。じゃーな、センパイ?」
こういうときに限ってセンパイと呼んだのは、嫌味だろうか。
「また、な」
「うんっ」

***

一通り皆と声を交わした後、私は屋上にやってきた。
「…星降さん」
「急に呼びだして…なに」
屋上の扉を開けると、既に星降さんはきていた。
星降さんは、私がメールで呼びだした。
「ごめんなさい、突然呼びだしてしまって」
「……別に、」
そっけなく、言われる。
なんだか、星降さんと言葉を交わすのが久しぶりに感じた。
「…用というか、話したいことがあるんです。どうしても、言っておきたいことがあって」
これが最後だから。最後だから、言っておきたいことがある。
「…そういえば、若葉今日転校するらしいね」
星降さんは「今日知った」と苦笑いで言う。
「……はい」
「ま、別に若葉が転校してもしなくても俺には関係ないんだけど」
「そうですね」
素直にそう答えた私に、星降さんは一瞬目を見開いた。
「……話って?」
そう言われ、私はそっと星降さんを見た。
「星降さん、私、好きです」
私は、はっきりと言った
「…いや、これは違うか」
そう呟いて、言い直した。
「私、星降さんのことが好きでした」
「……何を急に、」
私思ったんです」
星降さんは少しだけ戸惑った目で私を見る。
「……私、気づいたら星降さんのことを目で追ってたんです。話せると嬉しくて、話せないと寂しくて」
私は、ゆっくりと順を追うように話す。
「それで、思わず好きだなんて口にしちゃって。…結局ふられちゃったんですけどね」
星降さんは、何も言わない。
「もうどうしようもないんです。どうしたらいいか判らないんです。だから、私…諦めるって決めたんです」
「………」
私にとって、これが最善の選択だ。そう、言い聞かせる。
「星降さんのたまに見せる笑った顔が好き。サッカーしてるときの表情が好き。全部、全部、大好きでした」
相変わらず何も言わない星降さんの顔を見上げる。
「今まで、ありがとうございました。…いろいろ、押しつけちゃってごめんなさい」

最後、ちゃんと笑えていただろうか。