放課後、部活時間。私はみんなが練習をしている間にドリンクを作る。
昨日まで風邪をひいてたけど今ではすっかり元気になった。
「……よしっ、できた」
マネージャーの仕事は少しずつ慣れてきている。ドリンクを持っていこうと、いくつか手にしたとき、
「佐野ー?」
「あ、喜多さん」
突然現れたのは喜多さんだった。練習をしたばかりのためにじみ出る汗を手で軽く拭う。
「あ、ドリンク、もう人数分作っちゃった?」
「あ、はい。えっ…と、何かありました?」
「あぁ、今日は星降が休みなんだよ」
喜多さんが、少し困った顔で言った。
星降さんが……休み?
「休み……て、どうしてですか?」
私は手にしていた数本のドリンクを近くにあった机に置き、問いかける。
「確か……風邪、だったかな」
「か、風邪……ですか…」
「昨日は別に具合は良さそうだったのにな。あ、でも昨日早退したっけ……佐野は知らないか、昨日は風邪で休んでたし」
喜多さんはそう言っているけれど、早退した星降さんは私のところにきていたから、そのことは勿論知っている。
「………ん?」
あれ…星降さんが風邪ひいたっ、それって、
「私がうつした…?」
昨日風邪をひいた私のところにきた星降さんが今日風邪をひいた。これはもう、完全に私のせいじゃないか。
「……あの、喜多さん」
「ん?」
「お願いがあるんですけど……」
***
現在地はあるマンションの一室の前。
「………」
開いた口が塞がらないとは、まさに今の私の状況。何だこの如何にもお高そうなマンションは。
私は今、喜多さんに頼んで部活を抜けて、星降さんが住んでいるというマンションにきている。星降さんの家がどこか知らなかった私は喜多さんに聞いた。ここにきた理由は星降さんのお見舞い。多分…いや、絶対うつしたの私だろうし、これぐらいはしておかないと。
とりあえず風邪うつされたとか文句言われないように、ブドウを買ってきておいた。通りがかったスーパーで安く売っていた。
「よ、よしっ」
私は呼び鈴を押す。数秒たってから「はい、」と聞こえ、扉が開く。
「……なんだ、若葉か」
「こ、こんにちは……っ」
出てきたのは星降さん本人だった。
「……なに?なんか用…?」
風邪をひいてるからか、声に元気がない。
「あ、あの……お見舞いにきたんですけど…」
「あぁ……どうせこの風邪、若葉のがうつったんだろうし」
うっ、判っているからはっきりと言わないでほしい。
「……なにシュンとしてんの。自分のせいだとか思わないでよ。俺が勝手にやったことなんだから」
そう言うと、星降さんは私にデコピンした。
「〜っ、痛いです……っ」
「あ、なにこのぐらいで泣きそうになってんの」
そんな事言ったって星降さん案外力あるじゃないですか、と言いかけて口を閉じる。
「とりあえずさぁ……見舞いきたっていうならさっさと上がって。そろそろ俺、きついから」
「あ、すみませんっ」
私は「お邪魔します…」と控えめに言って入った。
部屋に入ってみると、案外シンプルだった。必要最低限のものしかないと言ってもいい程に。
「今はお母さんとかみえないんですか?」
「あー…、仕事で頻繁に家空けるからいつもいない。ほぼ一人暮らしみたいなもんだよ」
星降さん布団に入りながら教えてくれる。私と同い年なのに一人暮らしってすごいな。
「あ、そういえば風邪をひいてるとはいえ、ご飯ちゃんと食べました?」
「……食べてない。食欲ないし。そもそも普段から自炊すんの面倒でテキトーにすましてるし」
星降さんは少しだけ視線をそらして、呟くように言った。
…いつも食生活が良くないのか。そうなると今だけじゃなくて普段のときから心配になってしまう。
「食欲がなくたってちゃんと食べなきゃ駄目ですよ!あ、キッチン借りていいですか? 私が何か作りますから!』
私はキッチンの方向を指をさした。
「……若葉、」
「はい?」
「若葉って意外と口うるさいタイプだったりする?」
言うにこと欠いて!
***
「星降さんー?」
私は完成したお粥を持って星降さんのもとに行く。
「……あれ?」
寝転がる星降さんは背を向けていた。私は星降さんの顔を覗き込む。
「寝て、る」
規則的に聞こえてくる寝息。星降さんは寝ていた。
「風邪、ひいてるんだしね」
ちゃんと食べたほうがいい、と思ってはいても起こしてしまうのも申し訳ない。
私は少しだけ乱れていた布団をかけなおす。
「………寝顔、」
可愛いかも、しれない。ふと、そんなことを思ってしまった。
「………。ちょっとだけならいい、かな?」
誰に聞くわけでもなく一人でそんなことを呟いて、
「ちょっとだけ、失礼します」
星降さんの髪にそっと触れた。
指で軽くすいてみると、ひっかかることがない。
さらさらだなあ。男の子なのに。
「………ん、」
「っ!」
急に星降さんから声が漏れて、思わず手を引っ込める。
「…………」
星降さんは寝返りをしただけだった。
「び…っくりしたー…」
私は胸をなでおろす。
…ていうか私何やってんだろう。これじゃあ怪しいことしてたみたいじゃない。
「…寝てるならこのままにして帰ろうかな」
他には特にすることもない訳だし。
私は作ったお粥を目につく場所において、帰る準備をしようと立ち上がろうとすると、
「…………ん?」
立ち上がれない。理由は明白。
星降さんが私の手首を掴んでいるから。
「っなんで!?」
何故私の手首を掴んでるの!?
私はそれを引き離そうとぐいぐい引く。すると、
「どこ、行くの」
「えっ?」
星降さんは目を覚ましていた。
「あ……起きてたんですか」
「今、起きた」
「そ、そうですか……。あの、手…離してくれません?」
「やだ」
え?今やだって。…聞き間違い、
「帰るなよ」
聞き間違いではなかったらしい。
「………」
星降さんは真剣な顔つきで私を見る。この表情は、熱にうかされているからじゃないだろう。
「っ、」
思わず、視線をそらす。こんなとき、どうしたらいいのか判らなかった。
「……若葉」
「は、はいっ」
「………」
星降さんは少し黙ってから、
「やっぱなんでもない少しからかってみただけ」
口元にうっすら笑みを浮かべた。
「〜〜っ」
私は思い切り力を入れて掴まれていた手をふりほどく。
「からかえる元気があるなら充分ですっ!」
私は早々と鞄を持って部屋を出る。
バタン、と扉を閉める音がなる。
「…………あ。ブドウ渡すの忘れた」
扉を閉め切ってしまってから気付いてしまった。
***
若葉が部屋を出てから、俺はさっきまで若葉の手首を掴んでいた自身の手を見る。
「はー。……なにやってんだよ」
意識に掌を握る。
「何がしたかったんだか、俺は。これ以上進める訳ないだろ」
俺は、もうこれ以上考えるのが面倒になって、とりあえず若葉が作ってくれた粥に手をつける。
「うわ、冷めてる」
時間がたって、案の定温くなっていた。
「…………」
それでもやけに、若葉の作った粥がうまく感じた。