08

一週間というのは本当にあっという間なもので。

「……う、わぁ…」
思わず感嘆の声が洩れる。
目の前にたたずむのは少しレトロな雰囲気のある旅館。合宿中はこの旅館に泊まるらしい。
「本当、いいところね〜。温泉とか評判がいいらしいわよ」
…観月監督、もしかしてそれだけの理由で合宿先に選んだんじゃ…?
「……ま、いいか。とにかく練習がちゃんとできればいいわけだし」
とりあえずそう自分を納得させておく。
不意にみんなのいる方向へと顔を向ければ、皆は早々とそれぞれの荷物を持ち旅館の中に入っていく。
「私も早く行かなきゃ」
よいしょ、と荷物を持ち上げるが、
「っ!」
荷物の重さでバランスを崩す。体が、ぐらりと揺れる。
倒れる、と思った。
「………?」
いつまでたっても痛みは感じない。
無意識に閉じていた目を開ける。
「あ………」
目の前には喜多さんの顔。私は喜多さんに体を支えられいた。
「……大丈夫?」
喜多さんは心配そうな表情で私を見つめる。
「だっ、大丈夫です!ホラ!」
私はとっさに喜多さんから離れ、「怪我なんてしてませんよ!」と両手を広げてみせる。
「っ、……うん、怪我はしてないみたいだな」
あれ、喜多さん今笑った……?
「あ、あの」
「佐野ってさ、」
「? はい」
「見てて飽きない。俺、佐野のそういうところ好きだな」
そう言って喜多さんは、ふわっと笑う。
「〜っ」
思わず言葉を失う。
そういうこと簡単に言わないでください…!深い意味がなくたって私にとっては心臓に悪いんですから!
「早く部屋に行こう?荷物、俺が持つよ」
「い、いいですっ!私一人で持てますので!!」
そそくさと私は地面にあった荷物を拾い上げ旅館の中へと向かった。

合宿中に泊まる部屋は選手たちは大部屋を使い、私と監督はそれぞれ一人部屋を使うことになった。
私は早速部屋に入ると、窓を開けてみた。
「わぁ…!」
そこから一望できる風景は綺麗だった。一面に自然が広がっていて、見ていて落ち着く。
「えっ…と、まずは荷物の整理……」
そう思って荷物を開けようとすると、
「マネージャー?」
急に扉がガラッと開く。
「あー、えっと……」
「安藤だよ、安藤。マネージャーなら早く顔覚えろよ?」
「ご、ごめんね…。うん。安藤くん、だね」
私は名前を復唱する。ちゃんと覚えないとなぁ…。
「ま、いいや。あのさ監督が集まれって集合かけてる。多分もう練習始まるんだと思う」
「わ、わかった。すぐ行くっ」
「あー、うん」
安藤くんはそう反応してから、
「…………」
「…………?」
な、なんだろう。ものすごく見てくる。
「あ、あのー、あまり見られるのは好きじゃな、」
ぷに、
「………う?」
間の抜けたな声が出る。
安藤くんに頬をつねられてる。
「いっ、いひゃいっ」
「お前ってなんか苛めたくなる感じがあるんだよなぁ…」
苛めっ子なのか安藤くんは!ひりひりする頬をさする。
「あ、泣くなよ…。俺が苛めたみたいじゃん」
いやいや、まさにそういう状況でしたよね…?
「……て、早く行かなきゃな。監督怒鳴りはしないけど怖いから。怖いから。」
ニ回言った、ニ回言ったよ…。
とりあえず私は安藤くんについていき監督のいるところへ向かった。


「はいっ!それじゃあ早速合宿…なので、練習始めます!」
その声があがると、みんなは一斉に練習を始め出す。
いつもの部活だったら私はこの時間、ドリンクを作ったり選手の様子を記録にとったりしている。けれど、今日は、


「今日のメニューは定番にご飯とみそ汁と焼き魚と漬物です!」
「はい! わかりました!」
「うん、いいお返事!」
…………。
「って、観月監督!?なんですかこの状況は!」
すると監督は、
「なにって……夕ご飯作り」
「それはわかりますけど……。なんで私が夕食を作るんですか?それは旅館の人がやるんじゃ……」
「………若葉ちゃん?世の中甘く見ちゃダメよ。最近の旅館は食事だって自分達で調達しなきゃいけないんだから」
「そ、そうなんですか……」
そういう旅館ってあるんだ…なんかいろいろ変わりつつあるんだなぁ。
「ま、冗談だけどね!」
「………はい?」
「単に私が旅館の人に作らなくていいって言っただけ。ほら、合宿ならそういうのがあったほうが楽しいじゃない」
「あー…、まぁそうかもですけど」
「とはいっても作るのは貴方一人なんだけど」
「……うん…?」
観月監督はにこにこと微笑んでいる。
「ど、どういうこと、ですか…?」
貴方一人ってことは監督は作らず……え、私だけで作れと?
「無理無理無理無理無理無理。絶対無理です!!」
「若葉ちゃん、無理って連呼するのキツくない?」
「少し噛みそうになりました!…無理ですよ! 私そんなに料理上手じゃないし、それなのに選手の人数分作るとなると余計…っ」
どう考えても無理に決まってる。
監督は不意に私の肩にぽん、と手を置いた。
「大丈夫よ。なんとかなるものよ、世の中!」
大の大人がそんなこと言っちゃっていいんですか!


結局言いくるめられた私は料理を作ろうと作業を始める準備をする。
「……よしっ」
私は服の袖をまくる。こうなったらやってやろう、と若干ヤケクソでニンジンの皮をむいていく。
「気合いで乗り切ろう!監督の言う通りなんとかなるだろうし!」

合宿、本当に波乱の日々になる予感がする。