「やっぱりこっちの方がいいかな…?子供っぽいかな?」

フローリングに沢山の洋服を広げて悩んでいると、メイクアップを済ませた母が廊下から顔を出して、「奥のワンピースは?」と聞いてきた。ワンピース…どれだろうと視線を奥に向けるとシンプルだけど可愛らしい緑色のワンピースが目に入る。それを手に取り体に合わせて見ると、母に「とびっきり可愛い」と言われたためさっきまで悩んでいたのが嘘みたいにあっさりと服が決まる。
そそくさと着替え終わり母のもとに行くと、にこりと笑ってから髪を巻いてくれた。その後軽くメイクもしてもらってからリビングに戻るとボールハンドリングの練習をしていた裕に「お姉ちゃんかわいい!!」と言われてテンションが上がる。きっと裕は天使か何かだ。

今日は真太郎くんのピアノ発表会の日だった。子供一人で会場に入ることができないため母に事情を話したところ、すごくノリノリですぐ了承がもらえた。発表会なんていったことがないため真太郎くんに「どんな服がいいのかな?」と聞いたら「下品でなければいいのでは?」と曖昧な回答が返ってきて、とりあえずクローゼットをひっくり返す勢いで服を広げた。上品に見える服がそれなりにあって本当に良かった。

それから髪をアップにした母と裕を連れて家を出る。裕はピアノの発表会で絶対にじっとしていられないので、申し訳ないが笠松家でお留守番してもらう。本人も嬉しそうだったし、多分大丈夫だろう。

「じゃあ、裕をお願いします」
「はい、責任を持って」

母同士の会話をなんとなく聞いているとリビングの扉から視線を感じた。そこにいるのは笠松三兄弟だ。目があったため軽く手を振ると、慶太くんと祝くんが満面の笑みで走り寄って来る。

「なまえちゃんすごい!綺麗!!」
「おねえちゃんかわいい!!」

勢いよく抱きついてきた二人をなんとか受け止めると、キラキラの瞳で興奮気味に伝えられ、思わず頬が紅潮した。子供ならではのストレートな感想が一番嬉しいし一番照れる。「いやーそれほどでも〜」なんて笑っていると、慶太くんと祝くんが宙に浮いた。

「うわぁ!」
「お、お兄ちゃん…!!」
「あんまりなまえに迷惑かけてんじゃねーぞ、しばくぞ!」

二人を私から引き剥がしたのは案の定幸男くんだ。別に私は構わないのに、と少し不満げに見据えると、彼はびくりと肩を揺らして弟二人から手を離し、みるみるうちに顔を真っ赤にしていった。うーん…わかりやすい。

「まあ、その、なんだ、女の服はよくわっかんねーけど、えっと、似合ってると、思う」

−−可愛いよ。

その呟きはとても小さく、注意しないと聞こえないもので、それが彼の本心からの言葉だってわかったから非常に照れくさい。確信が欲しかったのと、照れ隠しのために「何か言った?」とわざと聞き返せば、彼はさらに顔を赤くして「聞こえてねえならいい!!」と部屋の奥に入っていってしまった。

「おねえちゃん…?」
「真っ赤だよ?」

慶太くんと祝くんのその言葉に、私は熱を持つ頬を両手で隠す。「なんでもないよ」と言ったその声はちょっと震えていた。



「ううう……緊張するわぁ〜」
「なんでよ」

コンサートホールはほんのり薄暗く、荘厳な雰囲気が漂っている。ステージに置かれた一台のグランドピアノの存在感は、たしかに見ているこちらも緊張するようなところはあるが、なぜ母が小刻みに震えているのかは甚だ疑問だ。私は入り口で配られていたパンフレットを開く。ピアノコンクール小学校低学年の部、真太郎くんの出番は最後から2番目だ。

「私ちょっとお手洗い行ってくるね」
「なによ〜なまえも緊張してるじゃない〜」
「茶化さないで!」

ニヤニヤと笑う母を尻目に椅子から立ち上がりホールを出る。
手洗いを済ませ、天井に付いている案内板を頼りにホールに戻ろうとしていると「危ないぞ」と優しく声をかけられた。

「あ、すいません…っ」

確かに上ばかり見ていたら危ないだろう。声のした方を向いて謝ると、そこにいたのは同い年くらいの赤髪の男の子だった。

「いや、分かればいいよ。せっかくの綺麗なワンピースだからね、転んで汚れてしまったらもったいない」
「あ、はぁ…どうも…」

真太郎くんほどではないが、綺麗な顔をした男の子。それに立ち姿がどことなく大人っぽく、気品にあふれている。上流階級のご子息か何かだろうか。

「君、コンクールに出るのかい?」
「いえ、友達の応援に…」
「そう……じゃあ、無理そうだね」
「(無理…?) えと、君は?コンクールに出るの?」
「オレ?オレは出ないよ。父に連れられて来ただけだ」
「そうなんだ…」

非常に達観した子だと思った。これぐらいの子だったら誰でも多少なりとも持っている子供らしさをかけらも感じない。会話のテンションとテンポが合うのも、私の精神年齢が圧倒的に上な時点で普通はありえないことなのに、不思議と息が合う。

「そう、それでちょっと今計画をしていて」
「計画?」
「うん。ここから抜け出す計画」
「え……」

驚きのあまり声が出ない私を他所に、彼はニヤリと微笑んだ。空を彩る夕暮れの赤が、彼の髪をちらりと瞬かせる。深い深い紅の瞳が黄金に輝いて、その存在感に息がつまった。

「別にコンクールは嫌ではないけれど、父だって興味があって来たわけじゃなく、付き合いだからね。付き合いに付き合わされるなんてナンセンスだろう?だから手洗いなんて誤魔化して逃げて来たけれど、……やはり無理そうだな」

先ほどまで爛々と輝いていた彼の目が、私の後ろを見据えて光を失う。反射的に背後を見ると、そこには執事服を着た初老の男性が立っていた。

「仲間を欲張ったら見つかってしまったよ」
「あ、…ごめんなさい」
「なんで君が謝るの。オレの詰めが甘かっただけだよ」
「いや、すぐ仲間になってたら君を逃がせたのかなぁって思って」
「………」

私の言葉に彼は綺麗な双眸を見開いた。「驚いた」とそんな呟きが聞こえてきそうだ。

「おかしなことを言うね」
「そう、かな?」
「じゃあ、次君を見かけたら迷わず声をかけるから、その時は一緒に逃げてくれよ」

彼は悪戯っ子のように笑い、私の脇を通ると「悪いな」と男性に声をかけた。男性は「いえ」と呟き、二人はホールの扉に飲まれていった。

「VIP」と書かれたプレートのかかる、その扉に。


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