「寒くないかよ」
「ううん、暑いくらい」
神社の本殿から続く縁側に、幸男くんと少し間隔を空けて座る。手を繋いだことをまだ気にしているのか、この距離感がなんとももどかしい。
しばらく人混みに流されながらようやく神社につき、事情を説明すると会場内に放送をかけてくれるらしく、本殿の中で待っていてほしいと言われた。本殿の方は薄暗く静まり返っており、祭囃子が少し遠くに聞こえる。神社の中にまで入ったことがなかったため、ほんのり冷気を帯びたその空気が新鮮で、つい深呼吸をしてしまった。蝉の声も良く聞こえる。
「あ、放送かかってる」
会話が途切れた時、喧騒にかき消えないほどの音量で「迷子のお知らせ」と銘打った放送が流れる。いい年して迷子か、と吹き出してしまうと幸男くんには訝しげに見られた。変人に見られる前に弁解だけはしておこう。
「いや、だって、まさか迷子になるなんて」
「それで笑ったのか?心配とかねーの?」
「心配?…あー…うーん…、お母さん焦ってるかな、裕は泣いてないかな?とか、それぐらい」
「お前、なんか拍車がかかってんな」
「何に?」
「子供らしくなさ」
「………」
そもそも子供じゃないから、とは言わないけれど、やはりずっと一緒にいる彼にはわかるのだろう。これが「大人っぽい」ではなくて「子供らしくない」ということが。なんて答えるのが正しいのかわからなくて曖昧に笑うと、幸男くんは不満そうに唇を尖らせた。だがすぐにため息を吐いて、振り切ったように口角を上げる。
「まあ、なんでもいいけどさ。俺にとっては可愛い妹に変わらねえーんだから」
「おー?ただの妹で大丈夫?」
「は?どういうことだよ」
「あー…わかんないならダイジョウブでーす」
私的には「な、何言ってんだよ!」みたいな反応が見たかったのだが、ガチトーンの「何言ってるんだ?」という反応が返ってくるほどのウブだったとは。侮っていた。
「なんだよ、教えろ」
「教えたら教えたで困るでしょ?」
「だから何がだよ!」
「いや、絶対怒るからー」
「怒らねぇから言えよ、しばくぞ!!」
「もう怒ってるじゃん…」
そんな言い合いをしているとふと、気の抜ける特徴的な音が耳に入りそちらに視線を送る。急に黙った私を疑問に思ってか、幸男くんも私と同じ方を見た。
空を駆け上る光の玉が、夜空を彩る大輪の花となったのはすぐだった。
「わ…!!」
「おぉ…」
紺碧の空を駆る黄色、赤色、緑色。
散る火花が瞳の奥をジリジリと焼く。
漏れる言葉は感嘆の音色を孕んで、それを打ち消すほどの風情あふれる破裂音が、先ほどまでの会話を連れ去ってしまう。
その圧倒的な存在に私達は為すすべがない。ただただ夜空を見上げ、光に顔を染めながら黙るしかない。
今はすぐ近くの喧騒も聞こえない。二人きりの世界だった。
「幸男くん、なまえちゃん」
呆然と空を見上げていた私達を呼ぶ声がした。慌ててそちらを向くと初老の神主さんが「お迎えが来たよ」と笑ってくれた。私達は顔を見合わせてどちらからともなく笑った。
「もう少し、見てから行くって伝えてください」
人の良さそうな神主さんはにっこり微笑んで踵を返した。
夏休みが終わり、宿題を提出すると肩の荷が降りたような感覚になるのは嫌いではない。授業内容やら宿題の内容は基本的に復習になってしまうので難しいことはないのだが、この後の高校授業の大変さを知っている私的には、基本の勉強こそ手を抜いてはいけないと分かっているため、とりあえずはどれだけ簡単な内容でもサボらないようにはしている。担任の先生やクラスメイトにはもてはやされるが、それは今だけで、因数分解やら二次関数やら動く点Pを出されたら一瞬でボロが出る。頼むから動くな点P。
秋になると家庭訪問が始まり、今まさに担任と母親がリビングで向かい合っているところだった。私の学校では、クラスに馴染み、性格なども大体把握し終わったこの時期に家庭訪問がある。それは学校ごとでそれぞれらしい。私がコーヒーを淹れて持って行くと、若い女の先生はにこりと微笑んで「ありがとう」と言ってくれる。私はぺこりと会釈で応えて、盆を机の端に置いて母の隣に座った。先生は一口コーヒーを口に含むとゆっくりと口を開く。
「単刀直入に言って、彼女は学年の中で飛び抜けて頭がいいです」
「え……?」
いきなり切り込んだ言葉に驚いている母に、先生は淡々と続けた。なんだかズルをして褒められているような気がして居心地が悪い。
「学問的な意味でも、知識的な意味でも、それ以外の部分でも、なまえさんはとても落ち着いて周囲を見ており、いつも俯瞰した位置からクラスを見ているんです。誰にでも分け隔てなくて、よく見て声をかけてくれています」
「そう…なんですかね…?えっと……お姉ちゃんだからかもしれません」
母は私の方をちらりと見てから呟く。学校での私の姿は知らないだろうから、先生がどのレベルで話をしているのか探っているのだろう。私は先生のために用意したのだろう焼きたてのクッキーに手を伸ばした。早く終わってほしい。
「もし…お母様となまえさんがよろしければ、進学校への受験も視野に入れていいのではないでしょうか?」
「は……、中学受験…?」
それは余りにも自分に縁がない言葉すぎて、想像すらしていなかった。そもそも中学って義務教育で自然に進学するものだったし、私の周りに中学受験をした人がいなかったから、まさか自分にその可能性が出てくるなんて思ってもいなかった。
「受験ですか……」
母の視線がこちらを向く。
正直、受かる自信はある。でも、別に進学校に行って何かしたいとか、そういうことも特にないし、勉強が難しくなったらやっていけるか不安だし…、何よりも学費が問題だ。
これは私が決めることではない。だって、結局お金を出すのは親なのだから。
私は「どうでもいいよ」という思いを込めて肩をすくめる。嫌ではないし、ズルみたいな人生が少しでも違う方向に行くなら気がまぎれるかもしれないし。
しばらく熟考した母は、掠れたか細い声で「考える、時間をください」と、そう先生に伝えた。
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