私が小学五年生になると幸男くんは六年生になり、ミニバスチームのキャプテンとなった。幸男くんのキャプテンシーは本当にすごくて、遊びたい盛りの小学生をあっという間にまとめあげてしまう。他のミニバスチームとの試合も何度も勝っているみたいだし、塾で見に行けないのが勿体無いぐらいだ。
夏休みに入ると宿題と塾とミニバスの練習で毎日が忙しくなる。相変わらず真太郎くんに会いに行く時間はないし、進学先を決めるための学校見学も毎週しているけれど、何を基準に見ればいいのかわからなくて全然決まらない。

今日の塾も終わり、いつものように花宮くんを残して教室を出る。いつまで経っても彼が帰る姿を見ることはなかった。早く帰らなきゃと駐輪所に急ぐと、私の自転車に逆向きで乗る人影がある。身の丈は私とさほど変わらないが、男の子であることだけは分かった。

「あのぉ…それ私の自転車なんだけど…」

恐る恐る声をかけると、闇色の髪を翻した彼がこちらを見る。その狐目は非常に見覚えがあるものだった。

「ああ……、なんや、ご主人様の登場かいな」
「っ…」

狐目と関西弁、そしてぱっと見の特徴も非常に国語の渡辺先生に似ている。似ているというか、瓜二つだ。

「ほなすまんなぁ。おじさんを待っとるんやけど、部外者のワシは中に入れぇへんし……どないしよーっと思いながら腰掛がわりにしとったわ」
「あ、いえ。おじさんって、渡辺先生ですか…?」
「せや、ふふ。そっくりやろぉ?よぉいわれんねん」

渡辺先生、甥っ子がいたんだ…と多分見当違いのところで驚いていると、彼は自らを「今吉翔一」と名乗り自転車から降りてくれた。荷物を自転車の前かごに入れながら「どうにかして中に入れないかなぁ」と考えていると、まるでそれを見透かすようにくすりと笑われる。

「そんな悩まんでも大丈夫やねんけどなぁ」
「え……?」

まさか、妖怪サトリの甥っ子も…?
そんな驚きもきっと見抜いてるのだろう今吉くんは、また面白そうに笑った。妖怪サトリ二号だ。
これはグダグダ考えても仕方なさそうなので、ため息を吐きながら提案をしてみる。

「私、事務室まで行ってこようか?ご家族なら入れるかもしれないし…、連れてこれるかも」
「えぇ〜?ほんま?急いどったんやろ?」
「本当に。別に少しぐらいなら大丈夫だし…子供がこんな夜遅くに外にいたら危ないでしょ…」

そこまで言って彼の口角がつり上がっていることに気付いた。ハッとして思わず口元を押さえる。私今、なんて言った。

「面白いこと言う子やなぁ。自分も子供ちゃうんかねぇ?」

それは問いかけではなくて確認のような言葉で何も言えなくなる。これ以上は何をしても墓穴を掘ってしまいそうだった。私が何も言えないことも彼にはお見通しなのだろう、今吉くんは狐目のシワを濃くして「ほな、呼んできてもらおうかなぁ」と言う。それに一つ頷いて、逃げるように早足で塾構内に戻る。

完全に油断していた。いや、多分変なことを言ってるとしか思われていないだろうけれど、それでも波風を立てたのは私の詰めの甘さだ。私は異端なのだから、もっとその自覚をしなくてはならない。それにもし粗が出ても素直に反応していたらダメなんだ。もっと上手に巧妙に隠さないと。

真っ白な廊下を歩いていると見覚えのある背中を見つけた。私はできる限り表情を変えずに声を上げる。

「渡辺先生!」

えらく足の速い彼を呼び止めると、相変わらずの笑みで振り向かれた。この表情が少し苦手だ。

「んー?みょうじチャン?どないしたん?そんな“焦った”表情なんかして」
「………」

この程度で今更驚いていられないので、真顔を保ちつつ用件を伝える。「甥っ子さんが来ていますよ」端的にそれだけを伝えると、彼は「なんや翔一か…」とあからさまに肩を落とした。

「ほんまあいつ探偵にでもなるつもりかいな…」
「探偵…?」
「せや。ワシはこの塾でバイトしとるなんて一言も言っとらんのやけどな、あっさり突き止められてもうた」
「へぇ…」
「夏休みやからって遊びに来とんのはええんやけど、ここで授業して家でも授業なんてほんましんどい事させるやつやで」
「あー…勉強熱心なんですかね?」

的外れと分かりつつそう聞いてみると、彼は一瞬両目を開いてからくすりと笑った。そんなワンクッション挟まなくてもバカなことを聞いた自覚はあると言うのに、悉く苦手なタイプだ。

「ちゃうよ。あいつ東京の中学受験すんねん。だからワシにタダで教鞭取らせるつもりやねん。倹約家もいきすぎたらケチなだけや言うてんねんけどなぁ…」
「はぁ…まぁ、建設的だとは思いますけど…」
「せやねん!ワシが翔一の立場やったら絶対そうするし、せやから拒否しきれんねん。誰に似たんや…ワシやんなぁ…」

渡辺先生は一人で納得すると首を垂れた。それから仕方なさそうに肩をすくめて「翔一はどこや?」と聞いて来た。どうせ駐輪所に向かうわけだから、案内をすると告げて歩き出すと、彼は大人しくついて来てくれた。中学受験をするためにこっちに来ているのなら今吉くんは六年生なのかなぁ、そんなことを考えながら廊下を歩く。



「おお、ほんまに連れて来てくれたんや」
「翔一ぃ…自分ほんまにタチ悪いで…」
「おじさんには言われたないわ」

駐輪所に着くと今吉くんは相変わらず私の自転車に座っており、渡辺先生の姿を見るとぴょんっと飛び降りる。それから二人は何やら話し始めたため、私はこっそり自転車のロックを外して駐輪所を出ようとした。すると今吉くんに「ああ、そういえば」と呼び止められる。まだ何かあるのかと身構えると、彼は純粋な笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「自分、ほんまありがとぉなぁ。助かったわ」
「え、いや、大したことじゃ…」
「せや、名前教えて?」
「あ、みょうじ なまえです…」
「ほななぁ、なまえちゃん、“また”」

彼のその言葉から逃げるように自転車に飛び乗る。
−−−「また」なんて、冗談じゃない。





「翔一ぃ…なにもわざわざ“見に”こんでも…」
「せやかて、“面白い子がおる”なんて言うからやろぉ?」
「ハイハイ、生徒情報を漏らしたワシが悪ぅございました。………ほんまに“タチ悪い”で、翔一」
「なんや、褒め言葉か」


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