バスケットコートでスリーポイントシュートを続ける真太郎くんを見守りながら、彼に預けられた招き猫の頭を撫でる。何ヶ月かぶりに再会した彼は、そのことを喜ぶよりも早く私をこの大学病院内のバスケットコートに連れてきた。そして私に「預かっていて欲しいのだよ」と言ってこの可愛らしい招き猫を渡して来たのだった。
そういえば今までも真太郎くんは何かしらの小物を持っていることが多かった。マトリョーシカ、ストラップ各種、シュシュ、文房具各種…思い出せる範囲でも様々で、法則性が見られない。まだ知り合って間もない頃にどうやって聞くのが正しいのかが分からなくて聞くのをやめ、それっきりだ。今ならお互いにためらうこともないし、難なく聞けるだろうと永遠にスリーポイントシュートだけを打ち続ける彼に声をかけてみた。

「ねえ、真太郎くん!」
「ん…?」

彼はわざわざシュートの手を止めて体ごとこちらを向いてくれる。なんだか申し訳ない。続けて、とジェスチャーで示すが首を振られた。

「どうかしたか?」
「いや、ごめん、気になっちゃって…些細なことだとは思うんだけど…」

できる限りの謝罪や訂正を挟みながら手にした招き猫を掲げて彼に聞いてみる。

「この招き猫って、どういう……意味、というか、ものなのかな〜って…」
「なんだそのことか」

真太郎くんはメガネを左手の中指で押し上げると、ふぅと息を吐く。そういえば左利きだったな、なんて今思い出すことでもないけれど。

「それはラッキーアイテムなのだよ」
「ラッキーアイテム…?」

「そうだ」と彼は頷くが、全然、全く理解ができない。「もしかして占いとかそういうのの?」と当てずっぽうで聞いてみると、彼の綺麗な目がキラリと瞬いた。

「そうなのだよ!!あは朝という朝の情報番組を知っているか!?」
「え?あー、うん。結構昔からあるよね?」
「その占いコーナーで、毎回ラッキーアイテムを紹介してくれてな、今日の蟹座のラッキーアイテムは招き猫だったから家から持って来たのだよ!」
「ん?ん?ん?」

いつもの彼とは全く違い早口でまくしたてるものだから、言葉を挟む隙もない。冷静に考えて、朝の情報番組の占いなんてその日の気分を左右させるだけのものだ。一位だったらそりゃあ気分はいいだろうし、最下位だったら行動や言動に気をつけようと気を配る指標にはなるだろう。それでも絶対なんてことはありえない。ラッキーアイテムだってどういう基準で決めているのかも謎だ。それを彼はいつも持ち歩いているとでも言うのだろうか。マトリョーシカ、ストラップ各種、シュシュ、文房具各種も全部…?

「……おかしいと思うかもしれないが、幼稚園児の時、はじめてのピアノ発表会で緊張していた俺は不本意ながら占いを頼り、ラッキーアイテムというものを持って会場まで行った。確か赤いハンカチーフだ。母のを借りた、よく覚えている。それを持っていると不思議と緊張感がほぐれた。…母を身近に感じたからだろう。……そのおかげで発表会はもちろん大成功だ。それが俺の初めての“成功”だった」

静かに語る彼に、嘘や陰りは見られない。心の底から大切だと思える思い出を、私のために紡いでくれているのだ。真太郎くんは私が手にする招き猫を優しく撫でると、小さく笑みを浮かべた。

「それから、俺は毎朝おは朝を確認し、手に入るものだったら必ずラッキーアイテムを身につける。そうして俺は“失敗”を失った。……必ず“成功”は起こらないが、ラッキーアイテムを持っている限り俺に“失敗”はない。一種の験担ぎだ」
「そう…なんだ」
「験担ぎなら他にもある」

彼は起きてからの験担ぎを何個か教えてくれる。朝は右手でメガネをかける。決められた道順で登校する。寝る前にストレッチをする。ナイトキャップをかぶって寝る。……細か過ぎるものだとは思ったけれど、それが彼を“失敗”から遠ざけてくれるのならそれで構わないとも思う。

しばらく、あれもこれもと彼なりの“験担ぎ”を教えてくれるものだから耳を傾けていると、真太郎くんははたっと動きを止めて申し訳なさそうに眉根を寄せた。

「……やはり、おかしいと思うか…?」
「え?なんで?思わないよ」

思ったことをそのまま伝えると、彼は困ったように身をすくめる。どうしてそう思ったんだろう。言葉にすることのなかった疑問に答えるように真太郎くんはゆっくりと形のいい薄い唇を開く。

「学友や、ミニバスの仲間には変人と言われた…」
「あー、言われてそう」
「ど、どういうことなのだよ!!」
「いいんじゃない?気にしなくて。だって変だろうがなんだろうが、真太郎くん的にはそれが“正解”だし、“正しい”ことだし、“正義”なんでしょ?それを曲げる必要ないんじゃないかな?」
「“正義”……?」
「違った?」

私の言葉に真太郎くんは首をブンブンと振る。彼のこんな子供らしい仕草は珍しい。

「でもすごいよね、こんなにいっぱい努力もして、験担ぎまでしたら完璧じゃん」
「……俺にできる範囲のことは全てこなしたいのだよ。あとは運命が決めるものだ」
「あー、あれだ、なんだっけ。えっとー」

こういう時にふさわしい言葉があったような気がする。なんだっけと悩んでいると、彼は小さく首を傾げた。何故だかその姿を見てピンとくる。


「“人事を尽くして天命を待つ”!」


やっと思い出したそれは中国の故事か何かだったと思う。内容が今の彼そのものだ。緑間くんは両目を瞬き、その言葉を繰り返し呟く。そんなに言われると少し恥ずかしいのだけれど。

「あ、いや、なんか違ったらゴメン…」
「そういうわけではない。むしろ逆なのだよ。そうか…俺の行いは間違っていなかったのだな……。人事を尽くして天命を待つ……か、いい言葉なのだよ」



計らずとも、これが今後の彼の座右の銘になるなんてもちろんこの頃の私に分かるわけもなかった。


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