「結局みんなここかあ…」

そのつぶやきは誰の耳に届くこともなく空間に溶けていく。赤司くんが私を連れてきたのは水族館に併設する公園にあるバスケットコートだった。なんだか知り合う人みんなバスケをやっている気がする。
赤司くんは楽しそうに色々なプレイを決めていく。控えめに言ってとても綺麗で上手い。
いつも通りその様子をベンチに座って見ていると赤司くんはこちらを向いて「一緒にやらないか?」と誘ってくれた。

「いいよ私は」
「どうして?」
「バスケって私にとっては男の子のものだから…かな」
「何を言ってるの。誰のものでもないよ」

彼は大人っぽく苦笑して私にボールを投げてよこす。慌ててそれを受け止めると「おいで」と言われてしまって断り方が見つからなかった。

「私…へたっぴだよ?」
「構わないさ」
「本当に…笑わないでね?」

「笑わないよ」と赤司くんは約束してくれた。
してくれたはず、だったのに。



「くくく………っ」
「赤司くんの嘘つきー!」

赤司くんは私の四方八方に飛び散るドリブルを見て肩を震わせるように笑った。確かにひどいものだとは思うけれど、笑えるようなものだとは思うけれど…。

「いや…ごめん……、想像以上で…っ」
「謝りながらニヤニヤしないで…」
「だって…っ、まさかドリブルしながら遊具の方まで行くとは思わないだろう?」
「や、やめどきがわかんなくて…っ!」
「やめどきって…っ」

あらぬ方向に飛んでいくボールをドリブルしようとついて行ったら、だいぶ離れた遊具のところまで来ていて流石にそこでハッとしてドリブルをやめて帰ってきたら彼は声をあげて笑っていた。
バスケ…学校の授業で習ったし、ずっと側で見てきたスポーツだから身近なのは確かなんだけれど、いざやろうとすると全く上手くいかない。運動音痴と言うほどではないんだけれど、基礎が全然できていない状況だ。
落ち込む私に赤司くんは「手のひらの形を変えてみよう」とアドバイスをしてくれる。

「ドリブルは指先までピンと伸ばしたらダメなんだ。ボールを包み込むような…少し丸まった手のひらで、ああ、指は開いて全体で包むように…。そして強く打ち込む。それでファンブルは減るはずだよ」

赤司くんに言われたことをなんとか実践してみると確かに「ドリブル」と言えるような形になり、真っ直ぐ私の手のひらに戻ってきてる感じがする。「すごい!」と思って顔を上げると、間近に赤司くんの顔があって思わずドリブルが乱れた。そのボールは赤司くんが受け止めてくれて再度私に渡してくれる。

「ああ……もう少し手首を使って……って、聞いているかい…?」

彼自体がとても華のある人だから、近くで見ると緊張以外の言葉が出てこない。真太郎くんでも近くで見たら緊張するのに、慣れていないぶん余計 だ。
「いや、近いから…!!」多分赤い顔でそう言うと、彼は「悪い」と照れた様子もなく少し距離をとった。やはり落ち着き方が小学生とは思えない。とはいえ中学生に見える見た目ではない。

「……赤司くんって大人っぽいよね…?いくつ?」
「今四年生だ」
「一つ下…」
「そう言うみょうじさんも子供っぽくないよ」
「あはは……」

見抜かれている。幸男くんにしか気づかれていないと思っていたのに、私がわかりやすいのか赤司くんが鋭いのか。……多分これは後者だろう。

彼に言われた通りにドリブルをするとなんとか前に進めるようになった。まだボールから視線を外せないけれど、遊具まで行っていたさっきと比べるとかなりの進歩だ。それが嬉しくて赤司くんに見せるようにドリブルをすると、彼はまた肩を震わせて笑った。

「ええ!?今度はできてるよ!?」
「いや、嬉しそうだなって思って…っ」
「そ、そうだよ!嬉しいの!」
「ああ、すまない。それなら良かった」
「私ができたら赤司くんも嬉しくないの!?」
「ふふ、そうだよ、よくわかったね。オレも今すごく嬉しい」
「……あまり嬉しそうに見えないけど…」
「表情筋が硬いんだ。許してくれ」

赤司くんはそう言ってあからさまに肩をすくめる。許すとか許さないとか、そう言う話ではないから何も言えずにいると、彼は「シュートしてみなよ」と言ってくれた。

「ステップアップですか、先生」
「先生とか、そんな大したものじゃないよ」

冗談に本気で返されてしまって言葉が出ない。育ちがいいと言うか、遊びがないと言うか……、なんとなくその環境が垣間見える。

私はドリブルをやめてボールを胸の前で構える。幸男くんとか、真太郎くんとか、いつもどうやってシュートを打っていたっけ。確か額の前あたりまでボールを持ち上げて、右手を下に添えて、左手は正面に。膝を曲げて、飛び上がるのと同時にボールを放つ…。

見よう見まねで放ったボールはリングにかすることなくネットをくぐる。まさか自分がシュートを決めるなんて思ってもいなくて、うまく言葉が出ない。

「っ、や、った…?」
「すごく上手じゃないか!どこかで習ったのかい?」
「み、見よう見まね…」
「見よう見まね?それはもっとすごいな」
「ビギナーズラック的なやつだと思うケド……」

赤司くんが恥ずかしげもなく褒めてくれるからこちらが少し照れる。彼はコートを転がるボールを拾うと「もう一度」と、私に手渡してくれた。今度はうまくいくかな?なんて素人ながらにドキドキしつつボールを構えると、「ああ」と赤司くんがため息をついた。どうしたのだろうと彼の視線の先を追うと、コートの外にあのコンクールの日にもいた執事服の男性が立っていた。あの人は赤司家の執事さんかなにかなのだろう。

「すまない。見つかってしまった」
「みたい…だね…?」

今日はあの日と違って逃げた日だ。どうするつもりだろうと赤司くんに視線を移すと彼は申し訳なさそうに眉根を下げて歩き出した。彼の逃避行はここで終わり、と言うことなんだろう。

「………−−っ」

何か、「さよなら」なのか「またね」なのか、はたまた「楽しかった」なのか「ありがとう」なのか。とりあえず“何か”を伝えたくて息を吸うと、その揺れを敏感に感じ取ったのだろう彼がこちらを振り向いて唇に人差し指を当てて微笑み、「ひみつ」と口パクで言う。私は慌てて口を噤んで、彼の微笑を呆然と見送った。


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