「お前反省する気がねえだろ」
「ごもっともです……」

塾の休憩中、私は今日も今日とて花宮くんの慈悲にすがる。彼はため息をつきながら私の広げた両の手の中に大きなクリームパンを置いてくれた。

「花宮くん本当にありがとう〜!」
「死ね」
「辛辣…」

感謝に暴言で返されるのももう慣れたものだ。私は遠慮なく彼のクリームパンを頬張る。カスタードクリームがたくさん詰まっていて美味しい。彼はそれをありえないと言いたげに見てくる。そんな不躾な視線もいつものこと。

「お前、パンくらい自分で持ってこいよ」
「いやー…うん、そのつもりだったんだけどねえ」
「“そのつもりだった”って…毎回それしか言わねえよな」
「弁明の余地もありません…」

彼はあからさまに肩をすくめて、それ以上は何も言わない。なんだかんだでいつもパンを分けてくれるし、キレるわけでもないし…。

「花宮くんって優しいよね!」
「節穴みたいだからシャーペンで埋めてやるよその両目」
「物騒!」
「残飯処理だって何度言えば理解すんだお前。クラスランク落とせ。もしくはこれくらい自分で持ってこい」

散々な物言いな彼を受け流しながらパンにかぶりつく。甘いパン食べられないくせに律儀に毎回持ってくる花宮くんもどうかと思うけれど。

「いや、そのつもりではあったんだよ?」

というか、本当に数日は自分で持ってきていた。だけど、いつも花宮くんが菓子パンは捨ててしまうからなんだか寂しくなってしまったのだ。…なんて言ったら多分またなじられるだろうから言わないけれど。

「言い訳はいいからさっさと食え」
「うっす…」

それに教室の片隅でいつも一人な彼を見ていると居ても立っても居られないというか、そんなお節介な心もどこかにある。お節介というか、まあ彼からしたら余計なお世話でありがた迷惑…もしくは単純に迷惑なんだろうとは思うけれど。

なんとか休憩中にパンを食べ終えた私は、彼に再度感謝を告げて定位置である花宮くんの三つ前の席に座る。隣に座るとからかわれるし、嫌がられるしいいことがないのだ。

塾の講義は特に普段と変わらず、なんなく終わりを迎える。相変わらず渡辺先生は胡散臭いし、大間先生は笑わない。それになれた自分に驚いたが、よくよく考えればタイムスリップしている今現状になれているのだから一個人の性格がなんだというのだろう。

さて帰ろうと机の上の筆記用具を筆箱にしまい、それをカバンに入れて後ろを振り向く。花宮くんに挨拶をしようと思ったのだが、しかしいつもとは違い彼はすでに机の上を片付けており肝心の言葉が何も出てこなくなってしまった。
そんな私に呆れたのだろう花宮くんは「なんだよ」と言いたげにこちらを睨んでくる。その視線にやっとのことで言葉が出た。

「え、花宮くんも帰るの?」
「あ?帰んなってか?」
「い、いや、一言もそんなことは…っ」
「そりゃあ……あっちが早帰りできる日ぐらいあんだろうが」

そう言う彼の声音は淡々としており、微かな喜びも感じ取れない。彼にとって家族と過ごす時間というものはそれほど淡白だと言うことなのだろう。

「じゃあ、一緒に帰ろうよ!」
「はぁ?」
「だって珍しいんだもん!レアだよ!」
「人の帰宅をなんだと思ってんだ。…別になんだっていいだろこんなの」
「良くないよ!もっと特別を実感しようよ!」
「あーくそうぜえー」

「好きにしろ」そう言って彼はリュックサックを背負って教室を出て行く。私は慌ててその背中を追いかけた。

「初めてだね、こうやって隣歩くの」
「うるせえ」
「そういえば花宮くんは歩き?」
「歩きだよ」
「じゃあ自転車ひいてついてくね」
「あ?どこまでついてくる気だよ」
「家まで!」

私の言葉に花宮くんはあからさまに眉を寄せる。やっぱり家まではうざかっただろうか。彼は途端に不安になる私にため息をついてみせた。

「バカかよ。もう20時超えてるんだぞ。危ないだろうが」
「え?大丈夫だよ。むしろ花宮くんの方が心配だよ」

私なんかより花宮くんの方が何倍も綺麗な顔をしているし、襲われそうな気がする。私は普通の顔だし、今更怖いとも思わないだろうし、何より自転車だし平気だ。そのつもりで強く頷いたら彼は真顔で私のおでこを小突く。

「ひゃっ、え、なに!?」
「大丈夫なわけねえだろうが少しは頭使え」
「ええ!?酷くない!?」
「つーか俺は男だから平気なんだよ」
「花宮くん綺麗だから危ないよ!」
「意味わかんねえし」

花宮くんは心底嫌そうに歩幅を広める。急いでついていくと、彼はこちらをチラッと見て徐々に歩幅を元に戻してくれた。

「ダメなの?」
「ダメだろ」
「なんでー」
「はぁ?マジでバカだな」
「バカバカ言い過ぎでしょ!」
「逆になんでそんなに自意識が低いんだお前は。俺のこと心配する前に自分のこと大切にしろよ」

冷たくも暖かな言葉に思わず言葉が詰まった。どう聞けばいいのか、なんて返すのが正しいのか考えていると、彼は舌打ちを零した。それに焦って言葉を探すがやはり、見つからない。無難に「ありがとう」と伝えたら案の定睨みつけられた。

「じゃあ…どうしよう…一緒に帰れないのか…」
「いや、だから帰る必要ねえから」
「私が花宮くんと帰りたいの!」
「は、うっざ」

塾を正面扉から出て、彼はまっすぐ大通りの方に向かってしまう。私は慌てて鍵を持って駐輪所に向かった。
もつれながら自転車をひいて大通りに出るとなんだかんだで待ってくれている花宮くんがいて安堵のため息をついてしまう。

「おまたせ花宮くん!」
「おう。……まあ、途中までは一緒だろ。そこまでならついてきてもいいけど」
「え…」

まさかそんな申し出があるなんて思っておらず即答できずにいると「イエスかノーで答えろ」とまくしたてられ、急いで「イエス!!」と返したら少し声が裏返った。

「ふはっ、必死かよ!」

多分バカにされたんだとは思うんだけれど、彼のそんな笑顔を見たことがなかったから何も言い返すことができなかった。やっぱり、花宮くんは綺麗な顔をしているなあ。


「おらいくぞ!」
「はーい!」



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