随分陽の落ちるスピードが速くなった冬の日、私は手袋に包まれた手をこすり合せる。真っ白い息は寒空に溶けていく。
「ねぇ…真太郎くん〜、寒くない〜?寒いよね〜風邪ひいちゃうよ〜?」
真太郎くんは今日もシュート練習をしている。私が来ない時もずっとシュート練習をしているのだからその練習量は計り知れない。彼は着ていた上着をもう二枚も脱いでいて、申し訳ないけれど今は私がそれを借りている。コート傍のベンチでガタガタと震える私の言葉に、真太郎くんは淡々と口を開いた。
「今日のノルマまでまだあと50本あるのだよ」
「50本って…」
彼は手を抜くことを知らない。何事にも自分の持つ全力で向き合うのだ。それはすごいことだし、彼にしかできないことかもしれないけれど、無茶をしてはいないかと心配になる。
「寒いならお前はついてこなくてもいいと言ったのだよ」
「言ってたけどさぁ…」
真太郎くんはそれっきり何も答えない。確かに彼はそう言ってたけれど、だからと言って一人で行かせるのは違うだろう。私は身をすくめて少しでも暖かくしようと二の腕あたりをさすった。
しばらくしてからふと甘いものが飲みたいという考えが芽生えた。それなら…と真剣にシュートを続ける真太郎くんに声をかける。
「あのさ、この辺りって自販機ある?」
「あるが」
「どこどこ?あったかいココア買ってくる〜」
「あそこの角を曲がったところだ」
彼が指差した方に目を向けると、生垣が右に曲がっている道を見つける。なるほどあそこか。私は彼に感謝を告げて席を立った。真太郎くんの上着は少し大きく、太腿の半ばまでは覆ってくれるが、膝裏から脹脛にかけてはタイツ一枚なのでとても寒い。今度からはスカートはロングにするか、パンツスタイルにしよう。そんなことを思いながら自動販売機に急ぐ。
彼に言われた通りの道を進むと淡く光を放つ自動販売機を見つける。ポケットを漁って小さな財布を取り出し、それに向かい合い小銭を入れた。
「ココアココア……」
御目当てのものを口に出しながらボタンを押す。真太郎くんも疲れているだろうし、エネルギー補給は重要だよね…ともう一回ボタンを押してから取り出し口にしゃがみ込む。
「あれ…?」
暖かいココアを二本買ったはずなのだが、そこにはココアと…。
「お、おしるこ……?」
なぜか暖かいおしるこが横たわっていた。補充する人のミスだろうな…。こういうこともあるよね、と割り切り拾い上げる。自動販売機でおしるこなんて何年ぶりに買っただろうか。まぁ、甘いし暖かいし嫌いじゃないし、これは私が飲もうとコートに戻る。
「真太郎くん、ココア飲む?」
「え……?」
何本目かの3Pを決めた彼にそっとココアの缶を差し出した。私があげたクッキーを美味しいと言ってくれたこともあるし、甘いものは嫌いではないだろう。……勝手な推測だが。
「あぁ、ありがたく受けと……そっちはなんなのだよ」
少し眉根を下げた彼がココアに手を伸ばしたと思ったら、その手は形を変えて私の左手に掴まれたおしるこを指差した。折角柔らかくなった表情が、好奇心からか訝しげにしかめられる。残念だ。
「これはおしるこだよ」
「お、しるこ?」
「うん。冬になると「あったか〜い」で自販機に置いてあるんだよ」
「そうなのか」
そういう彼が嬉しそうに口角をあげるから、なんとなくこれが欲しいのかなと思い、ココアの代わりに差し出す。真太郎くんは一瞬目を丸くしたが、結局なにも言わずおしるこを受け取ってくれた。
「あ、底の方に小豆がたまってるから振ってから飲んでね」
「それくらいわかってるのだよ」
二人して缶を振って、プルタブを持ち上げる。私の手元からはココアの優しい香りが立ち上った。早速頂こうと口元に近づけた時、正面から「おぉ…」という感嘆が聞こえてギョッとする。
「し、真太郎くん…?」
「なかなか……いけるな」
いつもは穏やか…というよりは冷たい彼の緑色の瞳が爛々と輝いている。こんな表情久しぶりに見たなと思いながらココアに口をつける。缶ココアなんて高校以来だ。……今は小学生だけどね、と一人で突っ込んで虚しくなる。
「真太郎くんおしるこ好きなの?」
「むっ。いや、嫌いではない」
「え、なんで周りくどい言い方したの?」
「……」
真太郎くんは素直ではない。それは出会った時からそうだったし、生まれ育ちの環境のせいなのは理解している。もちろん私と緑間先生以外に笑顔を見せているところを見たことがないが、それにしても最近捻くれに磨きがかかっていやしないだろうか?今日もついていくと言ったら一回追い払われたし、一人称もいつの間にか「俺」になってたし…。去年は飛びついた私を抱きとめてくれたし、微笑みも向けてくれた。何かあったのかと不安になって覗き込むと、視線をそらされてしまう。
「なんでそらすの!?」
「なんで覗き込むのだよ!」
「なんでって心配だから……」
「はぁ……お前は心配性にも程があるのだよ…」
「ため息つかれる程じゃないよ……」
「俺だって心配される程じゃないだろう」
ああ言えばこう言う。お互いに言葉尻を捕らえて重ねる。私はともかく、やっぱり真太郎くんはちょっと大人っぽくなりすぎてる。どうしたもんかと黙り込むと、彼はベンチに飲みかけの缶を置いて転がるボールを拾い上げる。そしてそのままシュート練習を再開してしまった。どうすることもできずぼーと背中を見つめていると、不意に振り向いた彼に「危ないぞ」と言われてしまう。これではどちらが大人かわかったものではないな…、「ごめんね」と肩落としてベンチに座りココアを飲む。それがやけに甘く感じた。
どうしてはるか前を歩いているはずの私が、「置いていかないで」なんて思っているのだろう。そう思うこと自体があまりにも情けなくて悲しくなる。今度緑間先生に聞いてみようかな……。と彼そっくりの父親のことを思い出しながら、またその横顔を見つめた。
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