冬休みが終わって二週間ぐらい経った日曜日、買い物にいつも使う道を歩きながら最近めっきり冷え込んだなぁ思う。お手伝いで一人で買い物に行くのは良くあった。この道すがらにあるバスケットコートをチラリと覗き見してしまうのも癖で……。

「あれ……?」

夏あたりは盛んに使われているバスケットコートは冬はほぼ閑散としている。寒いし雪が降るから仕方ないとは思うのだが、今日は珍しくひとつだけ人影があった。背丈は私と変わらないほどだから小学生だろうか、と見つめているとシュートを決めた人影がこちらを向く。気付かれると思っておらず、なんだかいたたまれなくなって駆け出そうとすると声がかかる。

「どこ行くねん」

その声音と訛りに聞き覚えがあって、恐る恐るそちらを向くと案の定夏休みに塾の駐輪所で出会った渡辺先生の甥っ子さんがいた。自己紹介をしたはずなのだが偶然の再会すぎて名前が思い出せない。ただ、もう会いたくないと思っていたため、気分がいいとはいえなかった。

「あれぇ〜、なまえちゃんやん。ひっさしぶりやなあ」
「ど…ども」
「なにびくついてるん?え、もしかしてワシ嫌われてる?」
「嫌いじゃないですけど……まぁ、よく知らないので」

相変わらず渡辺先生と同じ顔でニコニコと笑う彼に気後れしてしまう。温和そうな言葉使いと雰囲気なのに、なんとなく圧を感じてしまう。どこ見てるかもわからないし、正直苦手だ。
彼に手招きをされてコートに入る。広々としたそこは風通しも良く、やけに寒く感じた。

「まぁ、確かによぉ知らんやろな。ワシは自分のことよぉ知っとるで?」
「……渡辺先生から聞いたんですか?」
「せや」

彼と同じ見透かしたような言い方にピンとくる。こんなタイミングで思い出すものではないのだが、彼は「今吉 翔一」くんだ。今吉くんは転がるボールを拾ってドリブルを始めた。初心者のそれではない。それにしてもどうしてここにいるのだろうかとその様を見つめていると、彼はこちらをちらりとも見ずに口を開いた。

「今日受験日やってん」
「え……?」
「気になったんやろ?」
「……よくわかりましたね」
「わかるよ。ワシだって自分と同じ立場やったら気になるからなあ」
「今吉くんはどうして受験しようと思ったんですか?」
「バスケがしたかったからや」

その言葉があまりにも意外で驚く。今吉くんはドリブルを止め、ボールを構えて放つ。優美な線は真っ直ぐリングに吸い込まれていった。確かに上手だけど、もっと「将来的」なことを考えて受験をしたのかと思っていた。読めない人だという所感は変わらないが、なんだかそれだけじゃないような気がする。私はつい癖でボールを拾って彼に投げ渡す。すると彼は素直に「おおきに」と笑って調子が狂う。会話の雰囲気とリズムが掴みづらい。

「バスケ好きやねん」
「意外ですね」
「そうかぁ?まぁ、そうか。でもほんまやで」
「それは見てたらわかります」

ドリブルをしている彼も、シュートを打つ彼も嫌味を言っているときより楽しそうに見える。心の底からバスケを楽しんでいるのはわかった。もしかしたら私が思っている以上にバスケに真摯なのかもしれない。そういう人は嫌いじゃない。むしろ好感が持てる。

「なまえちゃんもバスケ好きなん?」
「見るのが好きです。私の周りみんなバスケやってて。だからミニバスのお手伝いとかもしてます」
「へぇ、マネージャーみたいなことやん」
「そんな大層なことじゃないですけど……」
「謙遜せんでええよ。すごいことやん」

それは素直に受け止めていいか分からず苦笑を零してしまう。今吉くんは「疑り深いやっちゃなあ」と唇を尖らせた。今吉くんが相手じゃなかったらこんな風にはなっていない。彼は真太郎くんや花宮くんとは一線を画した貫禄がある。赤司くんとも少し違うし…言葉にするのは難しい。

「なまえちゃんは嘘言うても見破られそうやから言わんよ」
「って言って言うんですよね、今吉くんみたいなタイプは」
「手痛いわ〜」

否定しないと言うことはそのつもりだったのだろう。まだ私の中身が大人でよかったと思う。子供だったらこんなに対等に話せていない。今吉くんは少し擦れすぎている気がする。

「せや、敬語やめん?最初タメやったやん」
「あれは……年上って知らなかったから…」
「嫌やなあ、そんな気してへんくせに」
「……今吉くんって友達いないでしょ」
「おるわ!心外やなぁ」

これ以上年齢の話をするのは嫌だったため素直にタメ口に切り替える。今吉くんは相変わらず内面の読めない表情を崩さない。ポーカーフェイスというのは悲しい時に笑っていられることを言うとどこかで聞いたことがあるが、まさしくそれだと思った。彼を読むのは一筋縄ではいかなさそうだ。まあ、読もうとすら思わないけれど。

彼はまたドリブルを始める。フロントチェンジ、ロールターン。まるで目の前に敵がいるような動きだ。バックビハインド・ドリブル。そしてレッグスルー。その滑らかな動きに思わず声が漏れる。当の本人は私の感嘆に気付いてか「照れるわ」と笑っている。でも本心で綺麗だと思った。真太郎くんや幸男くんとは違うプレイスタイルだ。さっきまで彼に抱いていた不信感が徐々に好奇心に変わっていく。ゲンキンなやつだと思われるかもしれないが、彼のプレイはそうさせるのにふさわしい物だったのだ。

「ねぇ、少し見てていい?」
「別にかまへんけど、自分お使いはええんか?」
「おつか……あ」

そういえば買い物帰りだった。私はボールを拾った時にベンチに置いた買い物袋を忌々しく見つめる。プレイを見ていたらもう少し彼のことがわかったような気がするのに……。でもお母さんが待っているのは事実だ。

「はぁ、残念」
「まぁ、そう言わんと。どうせ受験受かるやろし、そしたら叔父さんの家に住み着いたろ思っとるから、いくらでも会えるで」
「すっごい自信」

彼の様子から受験がうまく行ったのはわかる。それを声に出してしまうのなんて相当の自信がないとできないだろう。こういうところは花宮くんと似ている気がして口角が緩んだ。そんな私に今吉くんは笑みを深めて「やっとちゃんと笑ったな」なんて言うから頬が熱を持つ。わかっていってるんだろうなと思いながら買い物袋を手にし、そそくさとコートの外に歩き出す。

コートを出るか出ないかギリギリのところでまだここでバスケをしていくであろう彼の方を振り向いて、自然と「またね」なんて前回勘弁して欲しいと思っていた言葉が漏れる。今吉くんは一瞬虚をつかれたような表情をしてから、ひらりと手を振ってくれた。


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