三月に入るとあっという間に卒業式が終わり、明日からは登校する時に幸男くんはいないんだなぁと不思議な感覚になる。二年生の秋からずっとそうだったから、まだ少し理解できない。私ももう最高学年になるのか。早く受験する学校を決めないといけないな。時間が経つのは案外早いと、とうの昔から知っていたはずなのに。
今度の日曜日には幸男くんの引退試合がある。引退といってもミニバスのだから、中学に行ったらバスケ部に入るのだろうけど。それでも、彼がバスケをしているところをあまり見られなくなるのだと思うと寂しく感じた。その日は塾を休んで手伝いに行く予定だ。少しでも長く、幸男くんがバスケをしているところを見ていたいから。
そんな幸男くんに何か贈りたいと思って前日の土曜日である今日に買い出しに出かけた。お年玉やお小遣いをあまり使っていないので、お金自体は割と持っている。なにがいいのだろうとお店が並ぶ通りを歩いていると、どこかで見たような紫色が揺れた。
「あ」
思わず声が漏れる。彼はこちらを向くと少し考えるような動作を見せてから「あぁ〜」と独特の間で呟いた。
「敦くん、こんにちは」
「〇〇ちんだ〜」
それは以前駄菓子屋の前で出会った紫原 敦くんだった。偶然の再会に思わず頬が綻ぶ。敦くんも私を覚えてくれていた(思い出してくれたとも言う)ようで笑顔を向けて手を振ってくれた。それにしても、以前から高いと思っていた身長がまた伸びてやしないだろうか。同級生の中じゃ頭ひとつ抜きん出ているくらいだろう。
「敦くんなにしてるの?」
「ん〜ここのケーキ食べに来たの」
彼が指差すショーウィンドウを見ると、そこは洋菓子屋さんのようで、沢山のサンプルが並んでいる。どれも美味しそうなケーキだ。「一人で?」と聞くと、彼は「うん」と頷く。敦くん曰く、キョウダイが多いせいか、親の束縛がかなりゆるいらしい。彼のようにふわふわとした子を縛る方が難しいだろうけれど。
「ケーキいいね。私も食べようかな」
「んじゃ、一緒に食べる?」
「いいの?」
「いいよ。そのかわり一口頂戴ね」
「うん、わかった」
昼食は家で食べたが、甘いものは別腹だ。私と敦くんは連れたってお店に入る。内装は落ち着いた雰囲気のカフェ風でなんだか場違いな気がしたが、店員さんは何も言わずに席に案内してくれる。敦くんに「こんにちは」と挨拶をしていたから常連なのかもしれない。
「敦くんはなに頼む?」
席についてメニューを開くと、色鮮やかなケーキの写真が目に入る。定番のショートケーキやチョコケーキ。フルーツケーキやチーズケーキ。タルトも数多く展開しているようで、精神年齢に合わずワクワクしてしまう。彼も沢山の商品に悩んでいるようで、返事はすぐに返ってこない。しばらく二人でメニューと睨めっこしていると、敦くんが決めた!と声を上げる。
「なににしたの?」
「今日はフルーツタルトとガトーショコラ!」
「2つも食べるんだ」
「普通だし、そんくらい」
まぁ、これだけ体格が良ければ摂取するエネルギー量も多いんだろうなと思いながら私も注文を決める。チーズケーキにしよう。
近くに寄った店員さんに注文をして、しばらく待つと三つのケーキが運ばれてきた。敦くんの瞳が爛々と輝いている。本当に好きなんだろうなあ。
「ごゆっくりどうぞ」と店員さんが言った後、間髪入れずガトーショコラにフォークを刺した敦くんに習って、私もチーズケーキをパクリと一口。チーズの香りが鼻に抜ける。優しい甘さがたまらない。
「美味しい!」
「でしょ〜!ここオススメなんだよね〜」
敦くんは上機嫌にそう言ってケーキを頬張る。体は大きくてもその様は子供そのものだ。なんだか微笑ましくて美味しそうにケーキを食べ進める姿をぼんやり眺めてしまう。
「……ねぇー、なんで見てんの」
「んー?幸せそうだなーと思って」
「ふーん…」
敦くんは途端に不機嫌になって視線を逸らしてしまう。何か気に触ることでもしてしまったのだろうかと不安になり、恐る恐る「敦くん?」と声をかけると、彼の伏し目が私を捕らえた。
「ごめんね。見られるの嫌だった?」
「……おれ背が大きいから、目立つし」
「ああ、そっか。そうだよね」
彼は日常的によく見られるのだろうと思うとあまり良い心地はしなかった。身長が高いことは悪いことじゃない。それでも彼がそれを望んでいないことぐらいは簡単にわかった。
「……伸びんの、止まれって思っても止まってくんないし、友達できねーし。目立つし。バスケは簡単に勝てちゃうし…」
つまらなさそうに言う彼に心がちくりと痛む。そうか、彼もバスケをやっているのか。バスケはプレイセンスもさることながら、身長の競技でもある。敦くんにとってはふさわしい競技であり、「勝ててしまう」ものなのだろう。彼からはバスケに対する情熱を感じることができなかった。
「私はね、羨ましいんだ」
だから、私は自分の思いを口にする。
敦くんに対して何かを言うのは間違っていると思ったから。彼は少し眉根を寄せた。
「バスケができることが羨ましいの」
「なんでだよ。バスケやりたいならやればいいじゃん」
「できないよ。バスケは男の子のものだから」
「……なにそれ。意味わかんねーし」
「私にとってはそうなの」
赤司くんにこの話をした時も否定された。それでも私の考えは変わらない。バスケットボールは男の子のものだ。彼らが青春をかけて挑むもの。私はその輪には入れない。だから羨ましい。見ているのももちろん好きだ。手伝えるのなんてもっと。だけれど、私はその円陣に入ることはないだろう。
「じゃあ、おれと変わってよ」
「うん。変われるなら変わりたかった」
「……変なの」
敦くんはそれ以上なにも言わなかった。なんだか愚痴っぽいことを言ってしまったようで照れ臭くなる。「ごめんね」と一言謝れば、彼は「二口くれたらいいよ」と言うものだから、私はなにも言わずにチーズケーキを差し出した。
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