夏休みというものはなんて暇なのだろう、とそんなことを思う八月末。あと数日がなんとなく待ちきれない。いや、でも小学校なんて馴染めるだろうか。子供の振りだって限界があるし、友達ができなかったらどうしよう。おおよそ小学生では考えないようなことを考えながら夏休みの宿題をこなして行く。引っ越し以前はバタバタしていたし、全く手をつけていなかった宿題ではあるが、所詮小2レベルなので苦にはならない。とは言っても転校初日に宿題を提出したあの日が懐かしい。なんとなく恥ずかしかったし、居心地が悪くて記憶に残っている。
夏休み中に色々調べてみたのだが、周囲の施設やら、それこそ小学校などの場所や外観などは変わらないが、ところどころ違和感を感じた。それは例えば笠松家や、平日の朝に放送されるおは朝という番組などで、現実にはなかったものがいくつか増えており、まあそれぐらいなら許容範囲だと受け入れることができる程度のもので、全くと言っていいほど生活に支障はない違和感なのだが。
弟の裕はよく笠松家に遊びに行っているようで、慶太くんや祝くんとの仲は良好らしい。幸男くんは地域のミニバスケットボールのチームに入っているらしく、チームメイトだと思われる男の子たちと出かける姿をよく見た。先日その様子をリビングの窓から眺めていたら幸男くんと目があって、凄い勢いで逸らされたっけ。笠松さんに聞いたのだが、彼はシャイなのではなくて極端に女性に奥手らしく、なんて愛らしいのだろうとほっこりしてしまった。
今日の分の夏休みの宿題を片手間に終わらせて筆記用具をしまう。キャラものの文具はもう何年も手にしていなかったし、ちょっと気分が弾む。ふと視線の隅に人影を感じてそちらを向くと、慌てた様子の笠松さんが我が家の方に走ってくるのが見えた。
「お母さん、笠松さん」
インターフォンが鳴る前にテレビドラマの再放送に夢中な母に声をかける。彼女は「んー?」と生返事でそちらを見る気は無いらしい。仕方ないと腰を上げて玄関に向かう。私が扉を開くのとチャイムが鳴るのはほぼ同時だった。
「あ……なまえちゃん」
「笠松さん、どうしましたか?」
「あら、笠松さん?裕がどうかしましたか?」
流石にチャイムの音に母も中から顔を出す。笠松さんは母の言葉に小さく首を振り、申し訳なさそうに青い傘を差し出してきた。男の子用の小さく、先端にプラスチックのカバーがされているものだ。
「裕くんは大丈夫なんですけれど、うちの幸男が傘を忘れたみたいで…。その…」
彼女のその言葉に今朝のおは朝の天気予報を思い出す。確かに午後から雨の予報だったし、空も徐々に曇り始めている。
多分、家で遊んでいる子達から目を離すことはできないけれど、幸男くんに傘は届けたい。だから私たちにお願いしたいけれど、申し訳ない、そういったところだろう。
ドラマの続きが見たいばかりの母はそっと私に視線を投げてきた。でしょうね、と思いながら笠松さんから傘を受け取る。
「なまえちゃん…?」
「わたし、行きます」
「え!?でも、危ないし…」
「近くの体育館ですよね?場所、わかります。ミニバス見てみたいし、大丈夫です」
こういう時小学二年生というのは大変だ。どれだけ大丈夫といっても信じてもらえない。心配そうな笠松さんとは正反対で、母は「よし!いって来なさい!」とニコニコ笑顔だ。彼女の私への信頼は厚い。
「え、本当にいいの…?」
未だに心配そうな笠松さんはきっと女の子が家にいないから不安なのだろうと勝手に推察して頷く。見た目は小学二年生だが、中身はとっくに成人してるので平気です、と声には出せないけれどなんとなく雰囲気を漂わせてみた。
「じゃあ……お願いできるかな?」
少し屈んでそう言ってくれる笠松さんの心配を少しでも拭おうと、力強く「はい!」と返事してみせる。彼女は私の頭をポンポンと二回撫でて、本当にごめんなさい、と母に頭を下げた。母は特に気にした様子もなく「大丈夫です。お互い様ですよ!」と胸を張るが、ドラマの続きが見たいだけでしょうが、とため息がこぼれる。
「じゃあ、行ってきます!」
そのまま井戸端会議を始めそうな二人にそう告げて家を飛び出す。実は結構前からミニバスを見に行きたいとは思っていたのだ。
私の経験から言わせてもらうと、弟の裕は小学生に入ってからミニバスを始め、中高と本格的なバスケットボールに打ち込み、インターハイにスタメン出場するまでになる。それに相違がないかはわからないが、多分入るなら幸男くんと同じミニバスチームだろうし、いつかは様子を見てみたいと思いつつもタイミングがなかったものだから、言わせてもらえば好都合だ。
微かに感じる雨の匂いに鼻を効かせながら、軽い足取りで地区の体育館に向かう。幸男くんに避けられないようにしないとなぁ…。
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