敦くんと別れたあと買ったプレゼントを手提げに忍ばせ体育館に入ると、もう既に最後の練習は始まっていた。予定より三十分も早い。ここにいる全員がバスケを好きなんだろうとわかって、目頭が熱くなる。

「お姉ちゃん!」

真っ先に私に気付いたのは弟の裕だった。幸男くんと先に行ってしまったと思ったら、もう楽しそうにバスケをしている。慶太くんも祝くんも一緒だ。誰も私に声をかけてくれないなんてひどい。でも、それが境界なんだろう。プレイする彼らと、その線の外側で見ていることしかできない私の。

「なまえ……」

コーチのホイッスルの音が鳴り、鳴り響いていたスキール音が止む。やっとそこでポツンと立ちすくむ私と幸男くんの目があった。彼は人波を抜けて真っ直ぐに歩み寄ってくる。

「お疲れ様、幸男くん」
「ばか、まだ終わっちゃいねーよ」
「うん……」

そこで初めて気付いた。幸男くんの身長が、私より高くなっていることに。顔つきも大人っぽくなった、肩幅も広くなった。腕も足も伸びたし、掌も大きい。筋肉もしっかりとついており、なんだか悔しかった。
いいなぁ、男の子。もし私が男の子だったら、隣に立ちたいと努力しただろうに。

もう一度コーチのホイッスルが鳴り、集合がかかる。もう少し何か話したいことがあった気がしたのに、ちっとも時間がない。どうしようと悩む私の眼前に手のひらが差し出された。幸男くんの手だ。

「ほら、行くぞ」
「……うん」

迷いなくそれを掴み走り出す。

幸男くんが進学するのは公立の中学だ。だからこの時点で私たちの道は裂かれたも同然だった。本当はもっと彼を支えたい。追いかけてでも力になりたい。でも、私立の受験を決めたのは私自身で、それを蹴ったと知ったやいなや彼は私を叱るだろう。それが分かっていたから、これ以上は追いかけられない。

コーチは集合した選手たちに引退試合の説明を始めた。引退試合はすなわち、卒業する六年生チームと在校生チームのゲームだ。六年生を送り出すと言う意味と、六年生が在校生に何かを残せる最後のチャンスという意味がある。六年生はもちろん力をつけていて強いが、在校生も憧れの彼らと戦える最後の試合を全力で挑まないはずがない。幸男くんだけじゃなく、誰もがこれから起こる試合に瞳を輝かせていた。

幸男くんも、裕も、慶太くんも祝くんも。みんながこのチームでよかった。このチームだったからこそ全員がこんなに本気で、楽しくバスケに打ち込めたのだろう。だから、私もその最後を記録に残したい。

「コーチ」

私がそう言うと分かっていたのだろう彼は、にこりと笑ってスコアボードを差し出してくれた。「頼むよ」そう言うコーチに頷いて見せて、私はベンチに座る。


そして高らかなホイッスルと共に、最後の時間が始まった。



試合はあっという間に終わってしまった。結果は六年生チームの勝利。築き上げられたチームワークは本物で、何度か涙で視界が歪んでスコアボードが見れなくなってしまったほどだ。
これで、幸男くんのスコアを記録するのも最後なのかと悲しくなる。もっと早くに覚えて、もっといっぱい記録したらよかった。後悔してももう遅いけれど、それほどあっという間だった。私はコーチにスコアボードを手渡し、試合後にすぐ後輩の指導を始める六年生たちを見て苦笑が溢れる。来週からいないなんて嘘みたいだ。

「渡さないのかい?」
「え……」

コーチはスコアボードを確認してからそう聞いてきた。「気付いてたんですか?」と問うと、「なんとなくね」と返された。私よりずっと大人な彼には隠し事は出来なさそうだ。

「いえ、渡してきます」

私はベンチに置いたままの手提げを手にし、みんなの輪に歩み寄った。

プレゼントはリストバンドだ。それもお揃いのものを六年生全員に用意した。もっと気の利いたものを…と思ったのだが、今の財力だとこれが限界。私はチームメイトではないけれど、それでもどうしてもみんなに渡したかった。

一人一人にプレゼントを渡して回る。受け取ったみんながそれを喜んでくれた。同級生や後輩から「いいなー」と文句を言われたりしたが、「来年ね」とあしらう。今度これを用意するとしたら、それは私がここを去る時だろう。だから来年だ。

リストバンドをはめたり、後輩と楽しそうに話している六年生たちをぼんやりと眺めていると「おい」と声がかかる。やっと来てくれた。振り向くと案の定幸男くんがそこに立っている。少し見上げるような感じがなんだかくすぐったい。

「まだ受け取ってねーんだけど」
「うん。来てくれるの待ってたから」
「はぁ…?」

幸男くんへのプレゼントはちょっと特別だった。だからみんなの前で渡すことができなかったのだ。私は自分のポケットを漁ってそれを取り出す。みんなとお揃いのリストバンド…。それから。

「ミサンガ?」

少し臭いかなと思ったが、それしか思いつかなかった。お守りはなんだか渋すぎるし、バスケ用品は消耗品だし、バッシュは高い上にデザインが好みじゃなかったら困る。だから、昨日夜鍋して編んだ青と白のミサンガ。幸男くんには、貫くような空の青がよく似合う。

「幸男くんだけだから、みんなには内緒ね」

そう言うと彼は少しずつ頬を赤くしていく。流石に恥ずかしいことを言ってしまっただろうかと思ったのだが、幸男くんはゆっくりと私に身を寄せた。

そして気づいたら私はその腕の中にいた。ドクンと響くそれは、肌を、肉を、骨を伝って聞こえる彼の鼓動だ。

「ゆきお、くん…?」
「ありがとう、大切にする」

掠れた声が耳をくすぐる。熱のこもった声音に、胸の奥がギュッと苦しくなった気がした。彼の思いを直に感じる。
少ししてから、彼が緊張してるのが分かってやっと笑みが浮かぶ。熱いし、震えている。こう言うことなれてないくせに。

「うん、大事にしてね」

でも、言葉に、態度に示してくれたことが嬉しくて、私は彼を抱きしめ返した。ああ、やっぱり幼なじみが幸男くんでよかった。そう思った瞬間グッとくるものがあって、つい涙がこぼれてしまう。

「あーー!!幸にぃがお姉ちゃん泣かせてるーー!!」

それに目敏く気づく裕が叫んだことにより、私たちはチームメイトにめちゃくちゃにからかわれることになった。


prev | next