春休みももう終わるな、と桜の木が蕾をつける街中を目的もなしに歩いていると 気付いたら足はバスケットコートに向かっていた。我ながらバスケバカかとツッコミながらコートに足を踏み入れると、小学生くらいの男の子たちがバスケをしているのが見えた。少しだけ見学させてもらおうとベンチに座ると、先客がいることに気付く。

「あれ」
「んー?あー……、よく会うね」

それは敦くんだった。彼はお菓子がたくさん入った袋を抱えて、まいう棒を頬張っている。いつも何かを食べているイメージが強い(初めてあった時は私があげたとは言え)。

「敦くんは混ざらないの?」
「うん。呼ばれたら行くけど」

彼はぼーっとコートの中を見ている。バスケへの熱はやはり感じられない。でも誘われたら付き合うくらいはするんだ、とその程度のことで安心してしまった。見たくないほど嫌いじゃないならいいのかもしれない。

「みんなはミニバスやってる子とか?」
「うんそう。今度大会あるから自主練しようって言い出して。バカだよね」
「バカ?」
「んー。だって、どんだけ努力したって無理じゃん」

敦くんは中身がなくなったまいう棒の袋をぐしゃぐしゃに握りつぶして抱えた袋に押し込む。声音は普段と変わらないのに、どこか苛立ちのようなものを感じた。

「バスケなんて背が高かったら強いんだよ。だから、努力とかバカらしいと思うんだよね」

ああ、それが彼のたどり着いた答えなのかと思うと胸が苦しい。私は今まで本気でバスケに打ち込み、努力している人しか見たことがなかった。だから、敦くんみたいなタイプは初めて。

「練習はするよ。試合もする。負けんのは嫌だし。負けねえーけど」

なんだか、わかる気がした。もちろん「バカらしい」なんて感情を抱いたことはないが、「できてしまう」というのならわかる気がする。私は小学二年生から人生をやり直している。それが神に与えられたギフトだとしたら、やはり不公平だろう。私は知ってしまっているんだ、この先を。だから、少しでも知らない道に進もうと躍起になっている。道は一つじゃないと、未来は決まってないと、私は知っている。

でも、そんなことを説明しろなんて言う方が無理で、薄っぺらい共感しか吐けないような気がして、自分の無力さを思い知る。

「身長高いの嫌?」
「嫌だよ。だって隕石落ちて来たらみんなより先に死んじゃうじゃん」
「考えたこともなかった」
「〇〇ちんは考える必要がねーし」

身長が高い人。人生二度目な人。生まれ育った環境も、歩いて来た道も違う。だから全てを理解することはできないかもしれない。考えてることだって全く違う。私にできることはなんだろう。できることを模索すること自体が間違っているのだろうか。

「隕石が落ちて来たら、敦くんより高く跳んでスーパーマンみたいに助けるよ」
「はぁ〜〜?」

敦くんは心底あり得ないと言いたげに眉をしかめる。本気で言っているのか伝わったのだろう。私だってもし言われる側だったら微笑ましいなぁ程度に見ているだろうけれど、残念ながら言っているのは私だ。いい歳した大人だ。

「なに言ってんの、バカじゃないの〜?」
「バカじゃないよ」
「いや、あり得ねえーしそんなこと」
「わかんないじゃん。その時になったらできるかもしれない」
「きぼうてきかんそくってやつじゃん」

そうかもしれない。彼がいう通り希望的観測に過ぎないかもしれない。
でも、不可能じゃないと思う。可能性はゼロじゃない。だって私はタイムスリップだってしたんだ。できないことなんてないって、思ってもいいじゃないか。

「身長は越せないかもしれないけど、頑張れば敦くんより高く跳べるようになるよ」
「バカじゃん」
「それしか言わない!」
「だって事実バカなんだもん。無理だってぜってー。〇〇ちんちっせーし」
「ちっさくても関係ないよ。守りたいと思ったらできる」
「……うっざ〜。根性論じゃん」

「やだやだ」と呟き、彼は抱えた袋の中を漁り出す。ちょっと熱苦しくしすぎただろうかと考えていると、視界の隅に何かが映った。

「危ない!!」

そんな声が聞こえて、咄嗟に体が動く。スティールで弾かれたボールが飛んできたんだ。一瞬で判断できたのはいつもミニバスの試合を見ていたから。そしてこれが敦くんへの直撃コースなのも、すぐに分かった。

ガツンと鈍い音がして、視界が2、3度揺れる。強く噛んだ奥歯が痛くて閉じた目蓋から瞳を覆う水滴が飛び散った。後頭部に直撃。痛いなんてものじゃない。背後から「うわあああ!!」という叫び声が聞こえて来たが安心して欲しい、冷静に状況判断できる程度には元気だ。

そんなことより……。
目蓋を持ち上げると視界一杯に敦くんの驚いた顔。手に握っていただろうまいう棒はあらぬ方向に曲がってぼきぼきだ。まさかこんなことになるとは思っていなかったが、ちょうどいいと思った。

「ほら、隕石だってへっちゃらだよ」

彼は数秒固まってから、深いため息とも、疑問とも取れる「はぁ〜〜〜〜」を吐き出し、聞こえるか聞こえないか分からない程度の声で「バカじゃん」と呟いた。


その後小学生たちにかなり心配されたが「大丈夫」を突き通し、ここにいても心配かけるだけだと帰宅することにしたのだが、敦くんが付き添いを申し出てくれて肩を並べて歩くことになった。一緒に来てくれるのは嬉しいが、大したことはないし気にしないで欲しいのに。

「〇〇ちんってさ、バカだよね」
「今日何度目?」

敦くんはよく「バカ」という。まぁ実際さっきの行動はバカだったかもしれないが、後悔はしていない。というかよく動けたと思っている。

「普通ボールに突っ込む?」
「だってスーパーマンみたいに助けるって言っちゃったし」
「それ、毎回やるつもり?」

確かに、100%は無理かもしれない。絶対守る、なんて少女漫画の王子様みたいなことは言えないけれど、「出来る限り頑張る」と言うと敦くんはまたため息をついた。今日はいっぱい幸せが逃げる日だ。

「だから、頑張るとか努力とか嫌いなんだってば」
「でもそれ以外に言葉がなくて…」
「いいよ頑張んなくて。女の子に守られるとか嫌だし」
「気にしなくていいのに」
「おれは気にすんの!」

敦くんはそう言ってむくれてしまう。お節介にも程があっただろうか…。嫌われるのは嫌だな…。と言葉を探していると、敦くんが先に口を開いた。

「……身長高いのは嫌だけどさ。隕石落ちて来たらおれが〇〇ちんを守るよ」
「敦くん……?」
「そしたら、大きくて良かったって思えるかも知んねーじゃん」

そっぽを向いて不機嫌そうに言う彼だが、言葉に温もりがあった。彼の何かが変わったわけではないかもしれない。けれど、そう言ってくれたことが嬉しくて頬が綻ぶ。

「うん!」

「良かった」と思うのは押し付けがましい自己満足でも。それでも彼が前を向いて歩いて行けるように。


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