予定のない休日、足は自ずと大学病院に向かっていた。以前は真っ直ぐピアノがあるホールに行っていたが、今では迷うことなくバスケットコート。そこには今日もシュート練習をする真太郎くんがいた。
練習の邪魔をしたら悪いな……とコート脇のベンチに腰掛ける。ベンチにはウサギのぬいぐるみが先客として存在し、今日のラッキーアイテムだと言うことは容易に分かった。
彼はシュートモーションを崩さず何本も3Pを決めていく。ボールがネットに吸い込まれる音はとても耳馴染みがいい。こんなことを言うのもなんだが、とても落ち着ける音だ。真太郎くんは本当にこれを極めるんだろうな……。それがわかったから余計眩しく見えるのかもしれない。

しばらくその様子を見ていると、ふと彼がこちらを振り向いた。気配を感じたのかもしれない。真太郎くんは一瞬驚いたようだがすぐに表情を引き締めてシュートモーションに戻ってしまう。挨拶がないのは少し寂しい。

以前インフルエンザの予防接種の時に緑間先生が言っていた言葉。その真意が私にはまだ理解できずにいた。真太郎くんは真太郎くんだから無理に大人になったフリをして、私の隣に立とうとしなくてもいいはずなのだ。それに大人…と言っても私はそこまで冷静でも寛容でもない。内面に関してはまだまだ子供だと思う面もある。だからこそ真太郎くんに「置いていかないで」なんてことを思ったのだろう。これじゃあ真太郎くんの方が先を歩いてしまっている。私が追いつけないところに行ってしまったらどうしよう。

……あぁ、最近こればかりだ。
赤司くんにも少し違うけれど似たようなことを思った。結局私は置いていかれる側なんだろう。そんなことをぼんやりと思う。

鬱屈とした思考にバックボードにボールがぶつかる音が響き、もやがゆっくりと晴れる。外したんだ、珍しいと思っていると足元にボールが転がってきた。反射的に拾って顔を上げる。真太郎くんが訝しげな表情でこちらをじーと見つめていた。

「ごめん」

自分でもなんの謝罪かわからないのに謝罪を口にしてボールを投げ渡す。なんだか今のは自分でも好きではなくて、真太郎くんの視線が怖い。どう、思われたのだろう…。すぐ他者の目線が気になるのは悪い部分。
ボールを受け取った真太郎くんは黙ってこちらに近づいてくる。こんな心境でいるのがばれたのだろうか。あぁ、ばれたとか、またそんなことばかり考えている。もっと純粋な気持ちでそばにいたはずなのに。

「なぜ謝るのだよ」

今日初めて聞いた真太郎くんの声だった。それはそうだ。至極真っ当な質問。でもそれに対しての答えをあいにく持ち合わせておらず、「なんでだろ」とはぐらかしてしまう。彼はまた不機嫌そうに眉根を寄せた。

「謝る必要なんてない。ボールを拾ってくれたことには感謝している」
「うん……」

謝罪は、勝手に被害者面していることに対してなんだろうな…と自分を客観視してみた。勝手に関わって勝手に置いていかれるような気がして勝手に落ち込んでいるだけだ。身勝手にも程がある。だから、そんな感情を抱いて「ごめん」ってことなんだろう。……自分のことなのにイマイチしっくりこないが、多分大体そんな感じだ。でも、それを口に出すほどの勇気はない。

「怒っているのか……?」
「……え?」

先ほどまでの凛と張り詰めた声とは違う悲しげな響きに思わず顔が上がる。そこには不安げな真太郎くんが立っており、咄嗟に首を振る。ちがう、そんなんじゃない。

「俺はどうしたらいいのかわからないのだよ。もっと大人っぽく、冷静な男になろうとしたらお前を悲しませる…。うまくいかんな……」

真太郎くんはそう悔しそうに呟いた。私は相変わらず人形のように首を振ることしか出来ない。もっと、しっかり言葉にしたいのに。なにも、まとまらない。

「父さんから聞いたのだよ。なまえが心配していたとな…」
「緑間先生が……?」
「だから、不安にさせてしまったんだと思った。それを、怒っているのかと……」
「おこって、ない!そんなわけ、ないよ……」

うまく言葉にできずに否定だけ口にする。大人気ない感情をまとめるには少し時間がかかった。大きくなったら内側に閉じ込めてしまう思いも、今ここでは出すべきなのだろう。それが恥ずかしくて。

「……すっー」

肺いっぱいに息を吸って、心を落ち着けてからもう一度真っ直ぐ真太郎くんを見据える。大丈夫、彼の瞳に映る私は、迷った顔なんてしていなかったから。

「真太郎くんが、大人になって、私を置いてっちゃうんじゃないかなって思ったんだ」
「俺が……?」
「うん。だから、勝手にショック受けてた。子供っぽくて笑っちゃうでしょ?」

言葉にしたらどうと言うことはないただのエゴで笑えた。真太郎くんは数秒黙ってから、「同じだな」と頬を緩める。久しぶりの笑顔だ。なんだが心が軽くなった気分。

「俺も置いていかれると思ったのだよ」
「置いてかないよ」
「それは俺のセリフだ」

ムッと眉をしかめる真太郎くんに思わず吹き出してしまう。彼は「何故笑うのだよ!」とさらに眉をしかめるが、そんな顔をしても可愛いだけだ。だがかわいいなんて言って拗ねられても(それまたかわいいだけで)困るので、必死に「なんでもない」を連呼する。彼はしばらくしかめっ面をしてから、ふぅとため息をついた。

「なんてことはないな」
「ん?どうしたの?」
「いや、やはりなまえは特別だと思ったのだよ」

彼はそう言って背中を向ける。そして手にしたボールをリング目掛けて放った。
ベンチからゴールはそれなりに離れているのに、ボールは難なく吸い込まれていく。あまりにも綺麗な放物線に言葉を失っていると、くるりと振り向いた彼が不敵に笑った。


「目を離すなよ」




prev | next