7月の暮れ、私はセミの声を聞きながら慣れ親しんだ道を歩く。木々が生い茂り日陰が多いとはいえ、吹く風すら生温くじっとりとした暑さは何度体験しても慣れない。
「あ、敦くん」
バスケットコートを覗くと、そこにはいつもの小学生たちとベンチに座る敦くんがいた。今日はなんとなく彼に会いたいと思っていた。途中で寄った駄菓子屋の袋を見せると、敦くんは目の色を変える。
「〇〇ちん、どうしたのそれ。おれが食べていいやつ?」
「うん、そうだよ。敦くんいるかなぁと思ってきたから」
彼の隣に座り袋を渡すと、嬉しそうに中を覗いて早速一つ袋を開けた。行動が早い。嬉しそうに駄菓子を頬張る姿は子供そのものだが、身長だけは多分私の父を超えているだろう。真太郎くんも最近私を抜いて凄い勢いで身長伸びてるし、最近の子の成長期は早いのだろうか。
私がそう思ってることに気付いてか、敦くんは「やっぱり止まってくんないや」と寂しそうに言った。「そっか」とだけ応えて見上げていると、彼は恐る恐ると言った面持ちで聞いてくる。
「気持ち悪くない?」
「なんで?気持ち悪くないよ。いいなぁって思ってる」
不安げな声に即答すると、敦くんは一瞬きょとんと目を丸くしてからふにゃりと笑ってくれた。つられて笑うと、「かわいいね」なんて言われて少し照れ臭い。完全にこちらのセリフである。
「みんな〇〇ちんみたいならいいのに」
そう呟いて敦くんはこちらにもたれかかってくる。流石の巨体に押しつぶされそうになって「重い重い!」と腕を叩けば、「スーパーマンでしょ、受け止めて」と言われてしまった。
「スーパーマンにも限度あるから!」
「スーパーマンは力持ちでしょ」
「ぐ〜〜〜っ!」
必死に支えてはいるが正直耐えきれない。押されるままに左へ左へ倒れていくと、フッと急に重みがなくなった。助かったぁと胸を撫で下ろすと、間髪入れず体が宙に浮く。
「へ!?」
見れば敦くんが私を抱き上げていた。脇腹を支えられ、まるで赤ちゃんの「たかいたかい」だ。彼はそうして持ち上げた私を自分の膝の間に下ろすと、後頭部に顎を乗せてくる。私はくまのぬいぐるみかなにかか……。と心で突っ込みながら声には出さない。
「敦くんは力持だね」
「〇〇ちんが軽すぎるんだよ」
「そうかなぁ……」
自分の体を見てみるが、一向に育つ気配のない胸元ばかりが気になって切なくなる。大丈夫。私の成長期はきっとくるはずだ……。だってあったし。普通くらいにはあったし。
頭の上からボリボリとスナックを貪る音がする。時々頭を撫でられるように触れられるのは、多分お菓子のクズが私の頭部に落ちたからだろう。もう好きにしてくれ、という気分だった。
そのままただバスケットコートを見つめていると、なんだか意識がふわふわとし出す。お昼ご飯を食べた後のこの時間帯、眠くなるのも頷ける。
「ねえ敦くん」
「んー?」
「少し寝てもいい?」
「いいよ〜」
間の抜けた即答に苦笑しながらまぶたを下ろす。彼の広い体に身を預けると、なんだかホッとした。駄菓子の咀嚼音、ボールが弾む音、少年たちの声。風に吹かれて擦れる木々の葉、憎たらしく泣き喚くセミの声。夏だなぁなんて思いながら私はゆっくり意識を手放した。
おれの腕の中の〇〇ちんは穏やかな寝息を立てて寝ていた。普段はすっごく大人っぽくて優しいのに、こうやってみると小さくてかわいい。バスケットなんてそんなに興味はないけれど、ここにくるのは〇〇ちんに会えるかもしれないからだった。
〇〇ちんは不思議だ。
どんどん身長が伸びていくおれになにも言わないし、初めて会った時から変わらない笑顔を見せてくれる。そばにいると落ち着くし、無理して合わせなくていい気がして気が楽。それに……。
『隕石が落ちて来たら、敦くんより高く跳んでスーパーマンみたいに助けるよ』
桜が花開くより少し前のある日、このコートで言われたことを絶対に忘れない。おれにそんなことを言ってきたのは彼女だけで、にこりと笑って見せる〇〇ちんが誰よりも輝いて見えたから。
ボールもゴールも手を伸ばしたら届くけれど、きっと〇〇ちんはおれよりも高い場所を、手の届かないところを見ている気がした。ずっと下を見下ろすおれよりも、もっと上を見ている。それがわかったから、身長が伸びるのもそんなに悪くないと思った。同じ景色を見て、「綺麗だね」って笑いあえたらいいなと思うから。
彼女の膝の上に投げ出された小さな手をすくい上げる。こんな小さな手で「スーパーマン」なんでできないでしょ、と頬が緩んだ。
無駄な努力も根性論も好きじゃないし、もっとあからさまな才能と理論で成り立つ世界だとは思う。それでも、この小さな手はそんなものを蹴散らして…いや、従えてしまうような気がする。こんなおれでも思う、世界中が〇〇ちんみたいならいいのにって。
ああ、例えば、おれの背がもっともっと伸びたら、〇〇ちんを肩車して、もっともっと遠くまで見せてあげられるのだろうか。そしたらきっと彼女は「綺麗」と言って、おれに「ありがとう」と笑顔を見せてくれる。それだけで、十分な気がした。
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