ロサンゼルス国際空港を出た時、それは一気に皮膚に感覚となって押し寄せた。
「アメリカ……!」
空気が、気配が違う。空港ひとつとっても規模が違うし、飛行機の窓からこの空港の派手な外観が見えた時は何事かと目を疑った。国際空港だけあって空港の中は様々な国の人々が行き交っている。そう簡単には味わえない異国感に、不安よりも感動が勝るのはなぜだろう。
「なまえ!先いかないの!」
あとから追いかけてきた母の声に振り向く。今回の旅行は私と母の二人旅だった。本当は語学が堪能な父についてきて欲しかったのだが、あいにくペアチケットだったし仕事が忙しそうだったので断念した。弟は笠松家に預けている。お泊まりだ!とはしゃいでいたので心配はいらないだろう。夏休みの宿題だけ、サボらないか心配だが、それは幸男くんに任せてある。
「ごめんね、お母さん。すっごくワクワクしちゃって……」
「お父さんも言っていたけど、日本と同じように考えちゃダメよ?荷物は置かない!というか私からはぐれない!」
先日父から受けた注意点を母は何度も繰り返す。いつもは適当な母だが、流石に今回に限ってはしっかりしているらしい。まぁ、あれだけみっちり父から言われていたらそれも頷けるが……。
「それに、何かあったらちゃんと連絡すること」
「うん、わかってる!」
私の首から下がるのは携帯電話だった。もともと中学に上がったら買ってくれる予定だったのを、旅行を理由に半年早く買ってもらってしまった。まだ連絡先は家族しかないが、やはり現代機器は便利だし、もともと携帯社会に生きてきたものだから、なんだかすごく安心した。連絡手段がそばにあるとないとでは全然違う。
「えーっと、滞在先は……」
母はそう言って手元の地図を広げる。今回の旅行はガイド付きでホテルに滞在するものか、ガイド抜きで現地の人の家にホームステイするものかを選択できて、気ままに旅行がしたかったし、人とも関わりたかった私は迷わず後者を選んだ。母は高級ホテルでだらだらしたかったようだが、そんなものは別に日本でだってできる。ここでしかできないことがしたいと思っての選択だった。
「お母さん……」
「わ、わかってるって…」
母が地図で指定された家の前に立ち往生してからもう十分は経つ。タクシーを呼んだ時はノリノリだったくせに、こうなるとびくともしない。何度もチャイムに伸びた手はその度にゆるゆると情けなく萎れていって、ツンツンと脇腹を突けば震える声で答えられた。
このままでは埒があかない。私は母とチャイムの間に指を伸ばし、ボタンを押す。「なんで!?」と慌てた様子の母なんて無視だ。
「H〜i!」
その声はインターホンではなく、すぐ近くから聞こえた。母と揃ってそちらを見ると、玄関の扉は開いており、そこには明らかに日本人の女性が立っていた。
「ようこそロサンゼルスへ!長旅ご苦労様!」
「う、え、ニホンゴ……、あ、あいむすぴーくいんぐりっしゅ……」
「お母さん落ち着いて。日本の方みたいだから……」
テンパっている様子の母はそっとしておき、よろしくお願いしますと頭を下げる。彼女はとても端正な顔立ちでにこりと微笑むと、「みょうじさんね、どうぞ上がって」と勧めてくださった。
「でも、おどろいたわ〜、日本の方だったなんて」
「あら?表札にはHIMUROって書いてあったはずだけど?」
「え!?そうだったの!?」
今回私たちが滞在するのは「氷室」さんという日本人の方のお宅だった。留学生と言うよりは英語が話せない日本人を対象に短期のホームステイを受け付けているみたいで、久しぶりのお客さんだとはしゃいだ様子を見せてくださった。氷室さんと母は同い年ということもありすぐに意気投合して、観光なんてそっちのけで話に花を咲かせてしまう。まぁどうせ今日は疲れてるから外行こうなんていわないけど……と私は出された紅茶に口をつける。するとこちらに向けられた視線に気付いた。何だろうと顔を上げると、私と同じくらいの年齢の子が物陰からこちらを覗いていた。女の子か男の子かわからないくらい綺麗な顔つきだ。目元に氷室さんの遺伝を強く感じる。
「おいで」と手招きをすれば、その子はにっこり笑ってこちらに近づいてきた。距離が縮まるとわかる。確かに顔は綺麗だが体つきはしっかりとしており、彼が紛れもなく男の子だということが。
「あぁ、辰也。ほら、今日から一週間ここに滞在するみょうじさんよ」
「あら子供さん?随分綺麗な子ねー!よろしくね辰也くん」
「よろしくお願いします」
辰也と呼ばれた彼は全く人見知りも気遅れもせずに母に頭を下げる。赤司くんや真太郎くんではないが、大人に囲まれるのは慣れているということか。
「君も、よろしくね」
「え、うん……よろしく」
こちらに手を差し伸べて微笑む彼があまりにも輝いていて流石の私も照れてしまう。今までこんなに綺麗な顔の子に出会ったことはなかった。そこらへんの子役タレントよりもずっと綺麗だ。緊張しながらその手を握ると、グイッと引っ張られて転びそうになりながらソファから立ち上がる。
「母さん!じゃあ出かけてくるから!」
「え、ちょっと、辰也!?」
何が起こったのか理解ができないまま彼についていく。そのまま外に飛び出すと、彼は一度手を離して家の裏手に行き、なにかを腕に抱えて戻ってきた。
「辰也くん、それって……」
「Basketball、だよ」
にっこりと微笑んだ彼は、案内するよと歩き出す。それに心当たりしかなくて、辰也くんにバレないように小さく笑う。多分そこは、私が今まで一番「綺麗」だと思った世界なのだろう。
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