アメリカ2日目は氷室さんの車に乗って観光に出掛けた。辰也くんはバスケットがあると言ってついてこなかったが、「気をつけてね」と心底心配そうに送り出されてしまって、そんな頼りないかと落ち込んだりした。このどこにいたって適当な母は私も心配だけれど。
向かった先はあのハリウッド。ミーハーな母は山の中腹にあるハリウッドサインを撮ったり、蝋人形館ではしゃいだり、私以上に喜んでおり、氷室さんにクスリと笑われてしまった。ハリウッドブルーバードという通りには錯視系のアート作品や、脱出ゲームなど、様々なアトラクションがあり、流石の数々に私も夢中になって遊んだ。ただの映画の聖地と思っていたが、やはり侮れない。
「グリフィス天文台も行けたらよかったんだけれど…」
夕方まで目一杯はしゃいだ私たちは、氷室さんの車に揺られて帰宅する。私は助手席。後部座席の母ははしゃぎつかれた子供のように寝てしまっていた。その車内で、氷室さんは名残惜しそうに口を開いた。
「天文台があるんですか?」
「そう。少しはずれにね。プラネタリウムとかも見れるのよ。でも、あそこは夜景がとても綺麗だから……。辰也も来ていたら案内できたんだけど」
夜遅くなるとなったら息子のことは心配になるだろう。申し訳なく思って欲しくなくて、「大人になったらまた来ます」と伝えれば、彼女は柔らかく微笑んだ。
「そうね、いつか心に決めた人と見に来るといいわ」
日が落ちきらない内に家まで帰ってくることができたのだが、辰也くんはまだ帰って来ていないようだった。今から買い物に出かけるという氷室さんにお願いして、近くのバスケットコートまで送ってもらうことにする。爆睡中の母はソファに放置。
バスケットコート傍でおろしてもらいコートを見ると、案の定三人でバスケをしているようだった。私は音を立てないように近付いて、観戦席に腰を下ろす。早めに電灯は灯っており、こうやって時間を忘れるんだろうなぁ、とのんびり眺めることにした。
辰也くんも大我くんも側から見ていてわかるくらいうまい。辰也くんは冷静に切り込み、だがここぞというタイミングの攻撃力はかなり高いし、大我くんに至っては無理な状況でもそのアジリティで突っ切ることができるようだ。もちろん三人の中で一番うまいのはアレックスさん。元女子プロバスケットプレーヤーだったらしく、二人の連携攻撃すら、楽しそうにあしらっている。
なんか、師弟っていいなぁ、とまるでドラマの中の出来事を見るような気持ちでいると、コートの中の大我くんと目が合う。見ているのばれた……気まずいなあと思いながら手を振ると、少しだけ驚いた様子を見せたが小さく振り返してくれた。
それからしばらくプレイは続き、アレックスさんが彼らに二言三言言うと、辰也くんはコートに残り大我くんがこちらに歩いて来た。反射的にタオルやドリンクボトルを探したがもちろんそんなものはない。
「お疲れ様……」
「おう……」
相当の運動量だったのだろう、大我くんは汗だくだ。体冷やさないようにすぐ拭わなきゃいけないのに。骨の髄まで染み付いたマネージャー精神で不安になる。コートの中では今まさに1on1が始まるところだった。
「大我くん、タオル持ってないの?」
「持ってねー」
それだけ言って大我くんは一人分空けた隣に座る。微妙な距離感に心許ない。少し距離を詰めると同じだけ離れられた。
「体冷やしちゃダメなんだよ」
「でもタオル持ってねえし」
「風邪ひいちゃうから持ってきた方がいいよ。日本だったら私がタオルもドリンクも用意できるけど、ここにはそんな設備もないし……」
「なぁ」
「なに……?」
「バスケ、好きか?」
私が説教のように言うのが気に入らなかったのか、大我くんは突拍子もない質問を投げかけてくる。コートの中ではアレックスさんが辰也くんのシュートをブロックしたところだった。
「うん、好き」
「…………」
「私の周りみんなバスケやってるんだ。だから、見るのが好き。支えるのも好き。バスケが1番好き」
「…………」
私の言葉に大我くんは少しだけ口を閉してから、大きく息を吸い、同じく大きく吐き出す。深呼吸ともため息ともとれる行動に何事かと視線を巡らせていれば、彼はやっとこちらを向いてニカっと笑った。
「それ聞いて安心したぜ」
「え……?」
「いや、日本の女とか初めて会ったからさ、なに話せばいいか分かんなかったんだよ。これで思う存分バスケの話ができるな!」
彼の言葉にやっと納得が行った。大我くんは女性が苦手…にしてはアレックスさんと普通に接していたし、内気な性格にも見えなかった。私に対して仰々しいというか、硬いイメージがあったが、会話のネタに困っていたのか。なんだかそれが可愛くて、思わず吹き出してしまう。大我くんは「なんだ?」と不思議そうに首を傾げていた。
「ふふ、ごめんね。かわいいなって思って」
「は!?かわいくねーよ!!そういうのは女子が言われるもんだろうが!」
「えー?でも大我くんかわいいから」
「嬉しくねえ!そんなん言ったらお前の方が可愛いだろうが!」
無我夢中といった様子で叫んだ大我くんは、しばらくして自分の言ったことに気付いたのかどんどん顔を赤くしていく。考えなしに真っ直ぐ進んじゃうタイプなんだろうなぁと思うと、余計可愛くて愛しくてもっと笑ってしまう。恥ずかしそうに小さく肩を震わせた大我くんは「笑うんじゃねーよ、です……」と不可思議な敬語を言ってから顔を逸らしてしまった。
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