4日目は朝から雨が降っていた。それでも母たちは上機嫌で、パーティーに来ていく服なんて考えている。そういえば、服もメイク道具もアクセサリーもまだ自分で買ったことがない。必要がなかったから、と言ったらそうなのだが、中学に上がったらメイクはともかく可愛い私服くらいは自分で買わなきゃなぁと思った。この精神年齢で「可愛い」服が買えるかはわからないが……。というか、メイクに関しては仕方自体を忘れてそうだ。

夕方になると着飾った二人は私たち三人に留守を任せてパーティーに出かけてしまった。母の社交性はバッチリ私に遺伝している。大我くんは今晩父親が迎えにくるようで、夜ご飯は一緒に食べていくらしい。夜ご飯は頑張って作ろうと息混んでいると、私よりも先に二人がキッチンに入っていってしまう。

「た、辰也くん!?大我くん!?」

慌てて追いかけると、二人はそれぞれ赤いエプロンと黒いエプロンをしっかりと身につけており、出遅れた!と焦っていると、辰也くんに「はい」とピンク色のエプロンを渡される。

「今日の夜ご飯は三人で作ろう」



昨日、今日と頑張ろうと一人で張り切っていたのが情けなくなるくらい二人の手際は良かった。印象的には大我くんは豪快。辰也くんは繊細な料理が得意なようだ。なぜか包丁にもコンロにも近寄らせて貰えない私は、徹底的にサポートに徹し、1時間ほどの早業で本日の夕食は完成する。……それもとんでもない量が。
机中に広がった料理に思わず震え上がる。どんなフードファイターだ、と突っ込みたくなる気持ちはあるが、二人とも当然のようにエプロンを脱いで席につくものだから何もいえない。私も一歩遅れてエプロンを脱いで席に座った。

「いただきます」
「いただきまーす!」
「いただきます」

辰也くんの声に合わせて合唱をしてからフォークを手に取る。どれから手につけようかな……と途方もない気持ちでいると、大我くんがとんでもない大口を開いて次々に料理をかきこんでいってしまう。フードファイターはここにいたのか……と思っていると、辰也くんが小さく笑っているのが見えた。

「そういえば、今朝は二人とも同じ部屋から出てきたね」
「んっ!!」

上品に食事を続ける辰也くんが核心に迫るようなことを言うため、大我くんは一瞬息を詰まらせた。喉にはつまらせてないだろうか、と心配になったが彼は大きなグラスに入った水を一気に飲み干すと、真っ赤な顔で「なんでもねーから!」と否定の言葉を口にする。本当に嘘が下手なんだろうなぁ……目が泳いでるなぁ……と思っていると、クスリと母親に似た笑い方をした辰也くんがこちらに視線を流してきた。あまりにも動作が綺麗で普通に鼓動が高鳴るからやめてほしい。

「なまえ?」

にこりと笑った彼に一言、たったそれだけを問われあからさまに肩が跳ねてしまった。精神年齢の分隠し事は上手いつもりでいたのだが、彼の目からは逃れられそうにないような気がする。奥の見えない目が瞬いて、いたたまれない気持ちになり目を逸らしてしまった。

「あ、そらした。なんだかやましいことでもあるの?」
「や、やややや、やらしいことなんてねえよ!」
「タイガ、落ち着いて」

とんでもない聞き間違いをした大我くんは混乱しているようだった。辰也くんは冷静にツッコミ、それからまたこちらを見てくる。

「で?」
「でって言われても……」

ちらりと大我くんを見やると、彼は激しく首を振る。恥ずかしいから言うな、ということだろう。しかし、それは幽霊に怯えていたことに対してなのか、添い寝したことに対してなのか、それともどっちもなのだろうか……。いまいちわからない。まぁ、どれも言えないけれど……。

「ごめんね、辰也くんには内緒」
「内緒か。ずるいなぁ、二人とも」

ずるいのはそうやってあからさまにしょげて見せる君だよ、と思いつつ口にはしない。大我くんは私が言わなかったことに安心してか、満面の笑みを見せてからまたフードファイター並みの食事を再開させた。



全員で後片付けまで終わらせて、迎えが来た大我くんを二人で見送った。彼は去り際に「黙っておいてくれてThank youな!」と嬉しそうに笑っていたので、やはりこれは一生誰にも言えないなぁと心に留めておく。大我くんがいなくなると広い家の中はやけに静かで、広いのも困り物だなぁと勝手に思ったりしながら交代でシャワーを浴びた。母たちはまだ帰ってくる気配がない。
早めに寝ようと部屋に入ると、足音がもう一つ。振り向くと、後をつけてきたのは辰也くんだった。「バレてしまったね」と無邪気に笑う彼は、それ以上何も言わず私のベッドに潜り込んでしまう。

「た、辰也くん!?」
「だって、タイガばっかりずるいじゃないか。俺だって君と長くいたいよ」

辰也くんは大人っぽいけれど、こういうところはまだ可愛いんだなと思いながら「わかったよ」と私もベッドに入る。大我くんと違うのは、枕が一つだということと向き合っているということだった。こうやって至近距離で見ると真太郎くんよりも睫毛が長くて、改めて美形の迫力に圧倒される。日本人離れした彫りの深さ、あどけなさが残るベビーフェイス。どれだけ見ていても欠点が見つかりそうにない。私があまりにも観察するからか、辰也くんは「恥ずかしいな」なんて照れ臭そうに笑って、それがまた抜群に美形を引き立てる。

「ごめんね、すごく綺麗な顔だから」
「よく言われる。別にいいことなんてないけど」
「そうなの?」
「バスケに顔は関係ないからね」
「…………」

ストイックだなぁと思った。だけれど、それ以上にそう言う彼が少し辛そうで、思わず頭を撫でてしまう。辰也くんは苦笑してから「君は暖かいな」と呟いた。

「ごめん、お節介だった?」
「そんなことないさ。少し、楽になった」
「……話、聞いてもいい?」

なんでそんな顔をしたのか、そしてどうして私の部屋にきたのか。理由がないなんて、そんなわけがないと思ったから。辰也くんは少々の沈黙を挟んでから、形のいい唇を動かす。

「最近……よく夢を、見るんだ」

それは呆然とした声だった。どうしようもないものを、「必然」を突きつけるような。

「置いていかれる夢を」

誰かに、と言うのは聞かなくともわかって、脳内に先ほど笑っていた赤髪の少年がチラつく。それがどんな意味を持つのかを私は知らない。だが、少なくとも彼自身はその意味に気づいているだろうから簡単に笑うことなんてできない。何かを言葉にすることは間違いなような気がして何も言えずにいると、彼が小さく「ごめん」と謝るものだからそれだけは認めたくなくて、つい食い気味に「それは違うよ」と否定してしまう。

「謝るのは違う。聞いたのは私だから。何を言おうか考えてたの、でも、昨日今日出会ったばかりの私に何かを言う資格はないと思った」

もしかしたら、だからこそ辰也くんは私に言ってくれたのかもしれない。大我くんはもちろん、きっと親やアレックスさんにも言えなくて。いつか大我くんに伝わってしまう気がして。そんな時に私が現れたから……。それでも、適当な励ましなんて出来なかった。他人事と言ったらそうだけど、それを認めたくなかった。だから、私の方がごめんと謝るべきなんだ。

「なまえ……?」
「ごめんね……こんなことしかできなくて」

彼の小さな頭を抱きしめて撫でる。私は彼らのことをよく知らない。例えばこれが幸男くんや真太郎くんならもっとたくさんのことを話せたかもしれない。でも、辰也くんにはそれができない。無力な自分が嫌になる。わかるのに。苦しみがそこにあることだけはわかるのに。その形だけが、わからない。

「タイガには、ナイショだよ」

そう言って彼は押し殺したような声をあげた。何か重いものを背負っている気がするのに、その全貌が見えなくて息が詰まる。今はただ、無力な手で震える彼を包み込むことしかできなかった。


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