5日目の朝。私と辰也くんは向き合ったまま目を覚ました。いつの間にか寝てしまっていたらしく、辰也くんの目の下はうっすら赤くなっていた。それを「恥ずかしいな」と笑うから、余計に何も言えなくなる。私が耐えるような顔をしたからか、辰也くんはクスクスと笑って「君がいてくれてよかった」と頭を撫でてきた。彼はもうそれ以上何も言わず、いつものように優しく微笑むだけで、私の方が苦しくなる。もっと、ちゃんと理解したいのに。彼の苦しみを、なんとなくでしかわからないなんて……。
だがこれ以上何もできず、彼が部屋を出てから着替えて階段を降りる。しかし、私はリビングに至る前に足を止めてしまった。そこにいたのは母と氷室さん……そして、男性だった。

ただの男性ではない。
彼はすらっと長い足を組み、英字新聞を広げている。ちょうど朝食をとっているようで、時折サンドウィッチを口にするのすら色気に溢れていた。短く切りそろえられた黒髪から爪の先までを何往復も見ていると、彼は口元に笑みを浮かべてゆるりとこちらを向いた。薄い唇に、そのすぐ下のホクロ。作品とも取れるような完璧な組み合わせ。

「Good morning,Sweetie.よく眠れたかい?」

地を這うようなダンディな低音に思わず足元がくらついた。この距離でこの破壊力。わかる。安易に近づいたら心臓がもたない。
丁寧に切りそろえられた眉に優しげな目元。彫りの深い顔つきに、高い鼻。少ししわが入っているのが、渋くてカッコいい。いや、かっこいいなんて枠にも、ましてや美形という枠にも収まらないほどの美形だ。

「ょ、よく、ねむれた……?」

言葉の意味を理解するほど脳が回らず首を傾げると、彼はクスリと笑って見せる。氷室さんと、辰也くんと同じ笑い方。そこでやっと彼が誰だか理解できたが、それが言葉になるにはまだ他の処理が終わっていない。

「おや、君はBashfulなのかい?愛らしい小人だね」
「ばしゅ、え?こび……?」
「残念、彼女はSleeping beautyさ」

処理が終わってないところに言葉を投げかけられて固まっていると、背後から辰也くんの声がする。そこでやっと固まっていた体が動くようになり、頬がめちゃくちゃ熱くなっているのも感じた。

「おはよう、タツヤ」
「おはよう、お父さん」

辰也くんがこちらに差し出してくれた手を掴み、お父さんと呼ばれた彼の視線から逃れようと身を縮こまらせながらついていく。しかし結局は朝食を食べるために同じテーブルにつかないとダメで、緊張しながらサンドウィッチを食べることになった。味はよく覚えていない。ちなみに母もかなり彼に目を奪われているようだった。



今日の観光は心ここに在らずな感じになってしまった。大きなショッピングモールで、とても賑わっていて楽しかったはずなのだが、終始「顔があまりにも綺麗すぎる氷室さん」が近くにいたせいで集中できなかったのだ。それは母も同じようで、お土産などの目的のものを買った私たちは早々に帰宅することになった。
帰宅の道すがらいつものバスケットコートでおろしてもらい、三人の人影につい口角が上がる。やっとちゃんと笑える気がした。

「こんにちは!」

大きな声で挨拶しながらコートに入ると、真っ先に気付いたのはアレックスさんで、手にしていたボールをゴールに投げ入れるとこちらに駆け寄ってくる。

「H〜i!今日もかわいいなぁ!ん〜っ!」

相変わらずキスを迫ってくるアレックスさんをサイドステップで避ける。背後からは「恥ずかしがるなよ」と言われるが、そういう問題ではない……。

「おう、なまえか」
「随分早かったじゃないか」

対戦相手を失った二人もこちらに来てくれた。辰也くんの言葉に「緊張しちゃって」と素直に答えると、彼は少し考えた素振りを見せてから口を開いた。

「君は年上が好きなのかい?」
「はぁ!?」

私への疑問に何故か大我くんが顔を赤らめる。恋愛とか得意そうではないなぁ……と思いつつ、「そんなんじゃないよ」と答えた。
正直言えば「そんなんじゃない」わけない。精神年齢でいえば、緑間先生や「顔があまりにも綺麗すぎる氷室さん」の方が年代が近い(それにしてもまだ年上だが)訳だから、そりゃあ恋愛対象もその辺りになるはずなのだ。だがそれは今の身体年齢から行くとあまりにも「年上すぎ」てもはや犯罪の域である。だからなんとなく「憧れみたいなもん」と付け加える。嘘ではないはずだ。

「ふぅ〜ん」
「な、なぁ、なんの話だよ!なんです、すす、す、きとか、そういう話になるんだよ!」
「タイガにはまだ早いかな」

辰也くんは慌てふためく大我くんににこりと微笑んだ。アレックスさんはその様子を楽しそうに眺めて、それから急に肩を組んでくる。どうしたんだろうと思っていると、彼女は耳元で「タツヤを嫉妬させるなんてやるなぁ」と呟きニッと口角を上げる。思い当たる節がなくて、「どういう意味ですか?」と聞けばアレックスさんはまた笑った。

「わからないなら大丈夫だ。面白いものが見られたからその感謝を言いたいだけさ、Thank you,angel.」

彼女は私からパッと離れて、地面に転がるボールに進んでいった。辰也くんはチラリとこちらを向いてから、小さく笑んでアレックスさんの背中を追いかけていく。未だに真っ赤な大我くんには思わず大丈夫?と声をかけてしまい、余計慌てさせることになってしまった。


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