ミニバスの練習は終わったようで、少年たちは「ありがとうござました!」と大きな声で挨拶をしながら体育館を出て行く。幸男くんはどこだろうとキョロキョロしていると、背後から「帰る、ぞ」と声がかかった。
「あ、幸男くん。お疲れ様」
「あ、おう」
「かっこよかったよ!」
「う……っ」
素直な気持ちを告げると彼はゆでだこを連想させるほど真っ赤になる。バスケをしている時とは全然印象が違うが、「ども」と小さく会釈をする様子を見る限り嫌ではないらしい。
「帰ろう。雨、強くなると、困んだろ」
「そうだね」
私たちは連れ立って体育館を出る。「友達と帰れなくなってごめんね」とずっと思っていたことを謝罪すれば、「いや、全員方向ちげーし、いつも一人」と言われて安堵する。よかった、邪魔をしてしまったのではないだろうかと不安だったのだ。
靴を履いて玄関を出ると予想より雨が降っていなくて安心する。彼はバッシュを靴袋に入れて腕にぶら下げると、ばさっと傘を広げた。子供用の傘だが、改めて子供の体で見てみるとそれなりの大きさを感じた。
「はい、れよ」
「うん!」
彼は左側に少しスペースを開けて私を招き入れてくれる。所謂 相合い傘というものか、と声に出したら多分真っ赤になってしまうことを考えながら彼と肩を並べた。実際入ってみると少し狭いぐらいだろうか、私の左肩は少し雨に濡れる位置にある。
「いくぞ」
端的にそれだけ呟いて彼は歩き出す。その歩幅の広いこと。なんとか速度を合わせようとしてはみるのだが、いかんせん足が短く速度が出ない。ほぼ小走りのような感じで必死について行くと、足元の水たまりがばしゃりとしぶきをあげた。
「うわっ」
「あ、ごめ…っ」
飛び散った雫は幸男くんの足にもかかったらしい。私が少し荒がる息を整えながら謝ると、びっくりした様子の彼が居心地悪そうに視線をそらす。
「悪い。速かった…だろ?」
「あ……う、うん」
「ゆっくり、歩く」
「あり、がとう」
「ん」
彼は目を合わせないまま前を向いて、今度は極端すぎるほどゆっくり歩き始める。ぎこちなさはロボットのようだ。不器用ながら優しい彼にクスリと笑ってしまうと「笑うんじゃねーよ……」とすごい小声で言われて「ごめんね」と出来るだけ笑みを殺して謝った。
それから私は度々ミニバスの様子を見に行くようになった。あまりの頻度に、コーチの男性には「バスケットに興味ある!?女の子も歓迎だよ!!」なんて勧誘されたが、申し訳ないがやりたいわけではないので丁重にお断りした。
多分私はバスケという競技が好きなんだと思う。不確信なのはプレイしたいわけではないからだ。とにかくバスケの試合や練習を見るのが好き。ルールはなんとなくしか知らなくても、やっぱり裕がやっていた(今度もやる予定であると思うが)競技で一番馴染みがあるし、単純にカッコいいスポーツだなと思う。それに、頑張ってる子たちを見るのは好きだ。
あと…これは完全に下心なのだが、もっと幸男くんと仲良くなりたいというのもある。私はいつも練習を最後まで見て行くから、帰るときは必然に二人きりで、最初こそ少なかった会話も、今では存外スムーズにできているのではないだろうか自負できるレベルにはなった。夏休み中にここまで仲良くなれて本当に良かったと思う。夏休みが明けて、気まずいまま二人で登校とか、私は良くても幸男くんにとっては地獄だろう。
「帰る、ぞ」
「あ、うん!」
私が考えを巡らせている間に練習は終わったらしく、着替え終えた幸男くんにいつも通り背中から声をかけられる。背中から声をかける理由は、自分のタイミングで声をかけたいからというのはなんとなく察しているので、毎回こうして大人しく声をかけてくれるのを待っている。
「つーか、楽しいのかよ、見てて」
「バスケ?楽しいよ?私ああ言うの全然できないから、すごいなって思うの」
「ふーん…」
そんな何気無い会話をしながら帰路につく。まだ距離はあるけど、あからさまに態度に出ないだけ彼もずいぶん進歩した…と思う。上から目線で言うことではないけれど。
幸男くんは三兄弟の長男だからか、私が知っている小学三年生よりずっとしっかりしている。私もなんとか小学生っぽく振る舞おうと努力はしているのだが、幸男くんの前だと大体普通に喋ってしまう。彼はそれに気付いているのかいないのか、全く気にした様子などないからまた油断してしまう。
正直言って、困るくらいには居心地がいい。
「もうすぐで夏休み終わるね」
「おう」
「そしたら学校だね」
「ん」
「友達できるかなー?」
「できるだろ、べつに」
「え?」
「友達なんてすぐできる」
真っ直ぐ前を向いて力強く言う彼をそっと見上げる。見られていることに気付いたのだろう幸男くんは「見んな!しばくぞ!」と顔を赤くした。女の子はしばけないってなんとなくわかるから、私は遠慮なく笑みを浮かべる。笑みというか、にやけ顔。頬がふにゃふにゃになってる自覚はあった。
「えへへ…」
「ニヤニヤしてんじゃねーよ!」
「だって嬉しいんだもん!」
絶対的な確信を持って言ってくれたのが嬉しかった。圧倒的な肯定感に思わず破顔するのも仕方ないだろう。
「そうかよ!!」
ニヤニヤし続ける私に照れの限界がきたのか、幸男くんはそう言って顔を背けてしまう。それでも先に行ったりしてしまわないのは彼が優しいからだろう。
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