何事も終わりはやってくる。
7日目の昼、私たちは空港に向かうタクシーに揺られていた。一週間の滞在はあっという間だったのに、沢山の思い出ができた。それは母も同じようで、昨晩の見送りパーティーでは氷室さんと楽しげに写真を撮って、住所やアドレスなどを交換していた。もちろん私も辰也くんと写真を撮って、大我くんやアレックスさんとも撮っておけばよかったなあと今更遅いけどそう思う。
つい一週間前に来たばかりの空港についてタクシーを降りる。荷物はお土産の分重くなっていた。日本に帰りたくないわけではないが、もしかしたらもう会えなくなるかもしれない。それくらい日本とアメリカは離れている。大我くんはタオルを取りに来てくれると言っていたが、それだって絶対ではないのだ。それに辰也くんだって……。
たくさん遊んだはずなのに、後悔しかなくて、後ろ髪を引かれる思いで母の後を追う。昨日、一緒にバスケをしてよかったと心底思った。彼らのプレイを身近で見たから、あの輝きは多分一生忘れない。
搭乗手続きのレーンに並び、はるか頭上に掲げられた電光掲示板を見やる。いったいどの便で帰るのだろうか。そんなことを考えつつも、別にそれが知りたいわけではなかった。とにかく、なにかを考えてないと「こうすればよかった」「ああ言えばよかった」そんなことばかりが空っぽの頭に浮かんでしまうから。なにも考えないでいいように、この非日常空間から逃避しようと思っていたのだ。搭乗手続きにはまだ時間がかかりそうだ。
「なまえ!」
ずっと前まで続く列を見ながらそう思っていると、突如私の名前が呼ばれた。そんなわけがないと思いつつ、反射的に振り向いてしまう。それにこの声は聞き覚えがあった。
そこに立っていたのは辰也くんだった。
「な、なんで……っ」
どうしようと母を見上げると、彼女もそちらを向いており、「言ってきな」と背中を押してくれる。私は荷物を母に預けて、列を抜け出した。
「辰也くん、どうして!!」
よく見ると彼の後方には氷室さんがいて、母の方に手を振っていた。氷室さんの家から空港まで決して近いわけじゃないのに……。
「ごめん、迷惑かなとは思ったんだ……それでも」
「迷惑なんてそんなこと……!」
走ってきたのだろう肩で息をする彼に、大丈夫?と手を伸ばすと、その手首をがしりと掴まれた。そして何かを聞くよりも早く、その腕の中に引き寄せられてしまう。もたつく私の手首を離して両腕を背中に回した彼は、優しく抱きしめてから顔を寄せてきた。
耳元で、軽快なリップ音が鳴り、耳に近い頬に柔らかい感触。
頬にキスをされたのだ、なんてすぐにわかった。
「ごめんね。君の記憶に住んでいたかったんだ」
「え……?」
ゆっくりと離れた彼は申し訳なさそうに笑う。答えが見つからず、ただ呆然と彼を見つめていると、「真っ赤だよ」と笑われた。当然だ、こんなことされたの初めてなんだから。赤い顔を見られたくなくて両手で覆うけれど、「もっと良く見せて」と言われてどきりとする。本当に同い年かと思うほど大人っぽい仕草につられてしまいそうで怖いくらいだ。
「もっと、忘れられないくらい君を見ていたい」
「すごい、口説き文句みたい」
「そう?そう聞こえていたら嬉しいな」
目元を緩めて優しい表情をする辰也くんに心を乱される。私は冷静な大人でなければならないのに。深く息を吸い、呼吸を落ち着ける。ドキドキとうるさい心臓が静かになったのを確認してから、笑顔を浮かべてみせる。さよならくらいは、笑顔がいい。
「辰也くんのことは忘れないよ」
「俺も、なまえのことは忘れない」
「絶対また会おうね」
「ああ。リングに誓って」
彼はそう言って首から下がるリングにキスを落とした。よく見るといつもかけているものより細身に見えたのだが、それを聞くよりも早く母に呼ばれてしまう。どうやらもう順番が回ってくるみたいだ。
「またね!辰也くん!!」
「また!」
何度も振り返って彼に手を振る。搭乗手続きを終えても、彼が見える限りは何度でも。辰也くんもずっとそこで手を振り返してくれていた。
エレベーターで階を上がり手荷物検査所に着き、言われた通りに金属物を外してトレイに乗せる。腕時計、携帯電話…。考えつくものを外してからゲートをくぐろうとすると、検査官に止められてしまった。何事だろうと思っていると「そのネックレスも……」と指摘されてつい胸元を見る。
「え……?」
それは細身のリングが一つ通ったシルバーチェーンのネックレスだった。いつ?どこで?と思考を回しながら、既視感を覚える。これは先ほど辰也くんが首から下げていたものにそっくりだ。まさか……私を引き寄せたときに……?ネックレスをかけれるほど至近距離になったのはあのタイミングしかない。……全然気付かなかった。記憶に住むどころじゃないよ、と彼の言葉を思い出して思わず口角が上がった。
そのネックレスを外してトレイに乗せる。彼はこれを渡しに来てくれたのだろうか。ありがとうって言いそびれたな。やっぱり、また会いたいな。
もう会えないかも なんて考えていられないんだと思う。会いたければ会いに行けばいいだけだ。海も空も繋がっているんだから。思い出があれば、バスケさえあれば。いつだって会える。
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