アメリカ旅行からあっという間に時間は過ぎ、もうすぐお盆だなと考えながらバスケットコートに向かう。ロサンゼルスと比べて日本の夏は暑すぎる。あちらはこんなに焼けるように暑くはなかったなぁと思いながら通りを抜けると、今日は今吉くんがいるようだった。彼は部活が休みの日はこうやって自主練をしている。
「あ、久しぶりやなあ」
ちょうど今吉くんもこちらに気づいたようで、軽くシュートを決めて歩み寄ってくる。「邪魔した?」と聞くと、「休憩や」と返される。
「ここ最近様子みんかったけど」
「うん、アメリカ行ってて」
「へえ。そらアメリカさんには敵わんなぁ」
彼はなんでもないようにそう言うが、なんだか少し拗ねてるような気がして、「ごめんね」と謝ると、少し驚いた顔をしてからクスクスと笑われてしまった。
「なんで謝るん?」
「うーん。拗ねてるのかなって」
「拗ねてへんよ。いや、拗ねてへんわけちゃうけど」
「え、どっち?」
「さぁ、どっちやろ」
わからんわぁ、と見透かしたように肩を竦める。やっぱりこうやって話していると不思議な子だ。達観はしてるけどそれを悲観せず、好きなように上手く使って世渡りしているような……。裏とか表とか、すぐ見抜くくせにきっと彼にはそれがないような気がした。
「練習、しないの」
「おん。してて欲しいん?」
「見てたいなって。綺麗だから」
「…………」
思ったことを素直に伝えると、彼は狐目を少しだけ開いて、それからすぐに「もの好きやな」といつもの調子で言う。彼もこういう反応するんだと思うと面白くて、つい声に出して笑ってしまった。彼はそんな私に対して「ふっ」と短くため息をついてコートに戻っていく。
「見せてくれるの?練習」
「そないなこと言われてやる気ださん男おらんて。自分ほんまうまいなぁ」
「今吉くんに言われたくないなぁ」
「抜かしなや」
今吉くんは転がるボールを拾い上げ、ドリブルを始める。以前見たときより更にキレの上がったバッグ・ビハインド・ドリブル。からのレッグスルー。彼は特にレッグスルーが得意のようだ。そしてシュートフェイクを入れてからの高速ロールターン。最後はレイアップで確実に決めていく。実戦に近い動きを脳内のコートビジョンだけで行っているのだろう。彼の背中は真剣そのものだ。
そういえば、全中のトーナメントがもうすぐだったような気がする。ちょうどお盆に重なるから行けるかどうか微妙だが、幸男くんのチームも今吉くんのチームも興味があったし、なによりも赤司くんが目指すことを決めた「帝光中」というものも一度見てみたいと思っていたところだった。全チームが東京でぶつかる。みたいようなみたくないような、複雑な気持ちも少しあったけれど。
「ねぇ」
「んー?」
「今吉くんって全中試合出る?」
「あー。一応ベンチにはおるよ」
「え!?いるの!?」
「でも、先輩らが凄すぎるからなぁ、はしーっこの方や」
「へぇ……」
もしかしたら試合には出ないかもしれない。けれどもしかしたら出るかもしれない。そう思うとなんだかトーナメントに行きたい気持ちが大きくなった。どうしよっかなぁと考えていると、またしても見抜いたように彼は「ああ」と口を開く。
「見にきたらあかんで」
「え!?なんで!?」
「せやかてあかんもんはあかん。今年はちょっと、分が悪いからなあ」
「分が悪いって……」
「だって、一戦目から帝光やで?あらむりや」
「無理とか、そんなこと言わなくても」
「いやほんまに。帝光がどんだけ強いか知らんから言えんねん」
あの今吉くんが「無理」と言い切ってしまうほど強いのか、帝光中学は。なんだかやるせなくて手元を見やると、少し震えていて情けなかった。
「それにな、帝光のバスケ見て浮気されたら敵わんからなあ」
「浮気……?」
ボールがネットをくぐり、地面で何度も跳ねる。拾わないのかなと見守っていると、彼はくるりとこちらを向いた。
「志望校、決めてないんやろ?」
「……渡辺先生?」
「せや」
「まぁ、そうだけど……」
口軽いなぁと思いながら頬杖をつく。彼はまた少しだけ目を開き、そこから覗く底の見えない濡羽色に何もかもが見透かされているような感覚になる。
「じゃあ、うちにおいで」
「え……?」
今吉くんはこちらに手を差し出して確かにそう言った。どういう意味だと問う前に、彼はまたわかっていると言いたげに口を開く。
「ワシの通っとる中学においでって言うてんねん」
「な、なんで……」
「全部知っとるよ。おじさんから聞いてる。……ワシの通う中学は進学校やしまぁまぁバスケも強い。特に今の二年一年はなかなか粒揃いや」
「や、待って待って」
「それに、特待生は学費の全額免除もあるんやで?」
「…………」
魅力的なエサをちらつかされているんだとすぐにわかった。学費の全額免除は正直とてもでかい。自分の力を過信するわけではないが、今の私ならできなくないとも思う。親に負担をかけないならかけないのがいいに決まっている。今吉くんは「わかっている」と言いたげに口角を上げる。私がどうして迷っているかまで、彼は見抜いていたんだ。
「ずるい……」
先生も親も「好きにしていい」と言っていた。
私の決定に従うと。それを応援すると。
だから、選べずにいた。やりたいことが大き過ぎて、絞れなかったから。
きっと私は誰かに背中を押して欲しかったんだと思う。未知の決定を一人でしてしまうのが怖くて。間違ってしまうことが嫌で。
だから、私は差し出された手を握った。
「決定、やな」
眼前に突然道が現れたようだった。今まで霧で覆われていた沢山の道が一つに集約されていくように。
そして、背中を押すんじゃなくて彼は手を引いてくれたんだ。迷いなんてあってないようなものだった。
「ありがとう、今吉くん」
「ま、ワシはバスケわかるマネージャー欲しかっただけやけどなあ。喜んでくれたんなら結構やわ」
今吉くんはパッと手を離し、いつもの雰囲気に戻ると「練習練習」と呟いてボールの元に向かう。自分のためなんて彼は言うけれど、私はそれが欲しかったのだからどうしても受け取って欲しくて、もう一度大きな声で「ありがとう!!」と伝えた。
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