車を走らせてわずか三十分ほどのところに母の実家はあった。ごく一般的な平屋を無理やり増築したような外観の家だった。本当は来る予定だった父は、次の事業の会議に呼ばれたとかで相変わらず忙しなく働いており、結局は母と裕と私の三人で敷居を跨ぐ。なんとなく知っているような気もしたが、記憶にある限りここに来るのは初めてだ。

「父さん、母さんただいま〜!」

元気よく挨拶をしながら入っていく母のあとを裕とついていく。広い玄関には私たちより先に二つ子供の靴があった。

居間と思われる場所に入ると、以前会った母の妹さん夫婦と思われる二人と、祖父母と思われる二人、そして清志くんと裕也くんがいる。母は真っ先に妹さんに駆け寄って、抱き合っていた。相変わらず自由だ……。そして裕也くんとはすごく目が合う。なんだか少し申し訳ない気持ちだ。こんな私でごめんねと言いたいのをぐっと堪える。

祖父母に会うのは初めてだったが、なんだか初めて会った気がしなかった。この部屋も、その暖かな雰囲気もとてもよく知っているような気がしている。彼らは私と裕を優しく手招きしてくれた。それがすごく嬉しくて、本当はずっと会いたかったのかもしれないと気付き、無邪気に駆け寄る裕の背中を見送ってから、私も今だけは子供であろうと駆け出した。



昼食は祖父が注文してくれたというお寿司を食べ、大きなテレビで特番を見る。母の大きな笑い声がやけに響いて聞こえた。ああ、お盆だなぁとそんなことを考えているとつまらなさそうにテレビを見ている清志くんに気付く。なんだか落ち着かないようにソワソワしているようだ。

「どうしたの?清志くん」
「ん?あぁ。ちょっとな。部活が休みだと体力が余って仕方ねえ」
「へぇ。なにやってるの?部活」
「俺も裕也もバスケだよ。つっても裕也はまだジュニアのミニバスだけど」
「え!二人ともバスケ!?」

まさかの言葉に大げさに食いついてしまう。清志くんは少し目を丸めて、それから「そうだけど…?」と眉を寄せた。

「実はね、裕もミニバスやってるの!」
「まじか、やっぱり親の影響?」
「ううん。幼馴染の影響だと思う」
「へえ。俺らは両親がNBA好きで、それが理由で結婚したらしいんだけど、それ見てたら俺も裕也もバスケハマってさぁ。まぁ、憧れて始めたんだよ。親もノリノリ。そらそうだけど」

彼は今までとは打って変わって楽しそうに目を輝かせ、饒舌に語った。本当にバスケが好きなんだな、とその様子を微笑ましく見ていると、見られていることに気付いたのか、彼は「なんだよ…」と唇を尖らせ少し頬を染めた。

「ううん。いいなあと思って。私も清志くんがバスケしてるところ見たいな」
「…………そういうの、裕也に言ってやれよ」
「裕也くん?」
「なんか知らねえけど、あいつお前のこと気になるらしいし」
「うーん……そうかなぁ」

結婚式場で会った時もピンとは来なかった。もちろん好意を抱いてくれるのは嬉しいけれど、もっと私がどんな人間であるかを知ってほしいとも思う。そしたら絵本の中のお姫様じゃないってわかるだろうし。逆に私も裕也くんのことをもっと知りたい。
チラリと裕也くんの方を見れば、弟同士意気投合したのか、裕と楽しそうに何かを話していた。あちらもバスケの話だろうか。それにしても名前似てるなあ。

「私は、お姫様なんてガラじゃないからさ、たくさん話せば裕也くんもわかってくれるよ」
「やっぱり変だな」
「そうかなぁ?」
「変だろ」

彼はそれだけ言うとじっとしていられなかったのか、徐に立ち上がって近くに置いてあった大きなボストンバッグを漁り始める。多分清志くんの鞄なのだろう。そしてそこからバスケットボールを取り出した彼は、おばさんに何かを囁いて玄関に向かった。なんとなく行き先を察した私はそのあとを追う。

「私もいっていい?」
「あ?」

靴を履く背中に声をかける。清志くんは少しの間考えるように口を閉ざして、それから「好きにしろよ」といってくれた。断られなくてよかった、と思いながらサンダルを履いて彼と一緒に家を出る。

「公園とかいくの?」
「ストリートのコート。先に場所調べといたんだ」
「へえ。すごいね」
「別にそんなの普通だろ」

清志くんは少し素直じゃない。というか、褒め言葉を受け取ってくれない。自分にも他人にも厳しい人だ……と思いながらやけに大きな背中を見つめる。中学生って大きいな。幸男くんもこれぐらいになってるのかな。幼馴染のことを思い出したからか、なんとなくそんなことを考えてしまう。

「お前さ……」
「お前ってやだな」
「……なまえは」
「うん」
「バスケわかんの?」
「分かるよ。プレイヤーじゃないけれど。ルールとか、スコアもつけれるし。ドリブルの名前だっていっぱい知ってる」
「ふーん」
「こんなことしかできないけど、少しでも役に立ちたくて」

綺麗なものを見るためならば、きっと知識は要らなかった。でもそれだけは嫌だった。努力の記録がしたかった。プレイの名前を知りたかった。家事と、勉強と、バスケと。覚えることは色々あったけれど、全部人のためだったから頑張れた。支えたい人がたくさんいたから。家事と勉強は両親のため。バスケは、弟と放って置けない幼馴染のため。

「なんか」

ぼそりと清志くんが呟く。そして振り向いた彼は、少しだけ眉根を寄せて笑っていた。

「そこまでやってもらえるやつ、羨ましいわ」

セミの鳴き声を遠くに聞きながら、なんとなく言葉を失った私はただひたすらコートまでの道を歩いた。


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