「アメリカ旅行、お疲れさん」
「…………」

お盆も終わって久しぶりに塾に行くと、ひどく不機嫌そうな花宮くんがいつも通り一人で教室にいた。何かしてしまっただろうか、と思考を巡らせてみるが残念ながら思い当たる節がない。それにしても「アメリカ旅行」の「旅行」の部分が随分と刺々しかったような……。

「な、なんで怒ってるの……?」
「うるせえばぁか。自分で考えろ」

いつもの三倍冷たいな……と思いながら、持って来たお土産を彼の目の前に差し出す。機嫌取りのような形になってしまって申し訳ないが、どうしても彼には渡したかった。

「なんだこれ」
「ALTOIDSのミントタブレット。嫌いだった?」
「…………」

大きな目でジロリとこちらを見上げる彼に逃げ出したい気持ちになりながら、受け取って〜!と心で願っていると、深い深いため息を吐いた花宮くんが「仕方ねえな」という雰囲気を出しながらやっと受け取ってくれた。安堵の息が漏れる。

「ふん。お前にしては悪くない選択だな」
「あ!よかったぁ。ミントタブレット好きそうだなと思って!」
「なんかそう言われると単純みたいで癪だな」
「いやいや、単純とは絶対思ってないから安心して欲しい」

小学生相手にミントタブレットだなんて、私も相当頭を捻って買って来たのだ。ちなみにお土産を買ってきたのは花宮くんと幸男くんと真太郎くんという必ず会える三人だけだ。正直知っている相手全員に買って来たかったのだが、いかんせん子供の身、お金が足りなかった。今度旅行する機会があったら絶対全員分買ってこようと心に誓う。ちなみにちなむと、幸男くんには悩みに悩んでSee’s Candiesのチョコレート(自分用にも買った)、真太郎くんは超即決でオスカー像のレプリカをもうすでに渡している。オスカー像のレプリカ、すっごく嬉しそうに受け取られて流石真太郎くんだなと思ったっけ。

「あ、そうだ。大間先生に伝えなきゃ」

旅行から帰って来てから決まった進路のことを唐突に思い出す。まだ授業まで時間はあるが、事務室にいるだろうか。「ちょっと行ってくるね」と伝えて私は教室を出た。



廊下を歩いて事務室に着くと、大間先生はもう自分のデスクに座っているようだった。入り口で声をかけて中に入ると、彼は「やっとか」と言いたげに眉を下げた。どうやら私が何を言うか察しがついているらしい。

「すいませんお待たせしてしまって」
「いや、構わない。で、どこにしたんだ?」

やっぱりばれてるな、と思いながら志望校を伝えると彼はあからさまに眉を寄せた。もしかしたら私には難しいのかな?と思っていると、大間先生は「なんでもない」といつもの表情に戻って、学校名を何かの資料に書いているようだった。

「結構。教室に戻っていいぞ」

なんでもない、わけないよな…、と思いながらもそれを聞くべきではないような気がして、私はペコリと頭を下げて事務室を出た。

教室までの廊下をとぼとぼと歩くと普通クラスから楽しそうな笑い声が聞こえた。同じ塾に通っているはずなのに、空気がまるで違う。私のいるべき場所ではない気がして、足を早める。三つ後ろの席の彼くらいが、私は息がしやすい。

いつもより長く感じた廊下を歩ききり、特進コースの教室に入ろうとすると、誰かの声が聞こえて扉にかかった手が止まる。まだ他の誰かが来る時間じゃないし、そもそもこのクラスに雑談をするような生徒は私くらいしかいない(本当に悲しい)。何事だろう、と中を覗き込むと花宮くんと、以前私に花宮くんとの関係を聞いて来た普通クラスの女の子がいた。

こ、告白だ!!

その雰囲気を感じた私は息を潜めてその様子を見守ることにした。流石花宮くん。やっぱりモテるじゃん。とワクワクしながら目を見開くと、ちょうど女の子から目を逸らした瞬間の花宮くんと目があってしまった。
やば、逃げよう、と体を翻した時には遅く、「みょうじさん!」と猫をかぶっている時の声音で名字の方を呼ばれて動きが固まってしまう。逃げるな、こっちに来いと言う圧を感じる。まるで錆び付いた機械のようにいやいや振り向いて、教室の扉を開けるとニコニコ笑顔の花宮くんと、ひどく狼狽えている女の子が視界に入る。ああ、最悪だ。

「ご、ごめんね!入り辛くて……!」

と大きな声で言ってはみるが、自分でも分かるくらい嘘くさかった。女の子は真っ赤になってしまい、今にも泣き出しそうだ。折角振り絞った勇気だったのに。心の奥がずきんと痛む。弁解なんてしたらもっと悲惨なことになりそうで言葉を失っていると、女の子は後ろの扉から駆け出していってしまった。

「あっ、ちょっ…!」

止めることもできずにその様子を茫然と見送る。どうしようもなく固まっていると、花宮くんの「助かった」と言う声が聞こえてきた。どう言う意味かわからず顔を上げると、彼はひどく穏やかな無表情を浮かべており肩の力が抜ける。

「……ごめん、好奇心でちゃって」
「いや、いい。告白されるのなんて迷惑だからな。泣かれるのもだるい」

女の子の気持ちも、花宮くんの気持ちもわかるから何も言えない。それよりも、まるであの女の子に何も期待などしていないと言った彼の態度の方が引っ掛かった。簡単には変わらないんだな、と思いながらいつもの席に座る。授業開始まで、長い長い沈黙が始まった。


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