秋も暮れの頃、徐々に冷たさを増す風に指先を擦りながら私は彼が現れるのを待っていた。ここは幸男くんが通う中学の校門前。今は中間試験の期間だと言っていたから部活もないはずだ。もちろん待っているのは幸男くん。最近会えていなかったから、学校から帰ってランドルセルを玄関に置いたまま急いでここまできた。道順は知っていた。だってこの中学はタイムスリップする前の私が通っていた中学なのだから。
懐かしいチャイムの音に顔が上がる。それからしばらくすると校内がにわかに騒がしくなった。放課後の時間だ。どんどん校門を過ぎていく姿を横目で確認する。時々優しそうな女の子に「誰かの妹さん?探そうか?」と声をかけられたが、そんなことをしたら幸男くんが女子の存在に固まってしまうので丁重に断らせていただいた。少しばかりの罪悪感を抱きながら幸男くんを探していると、人混みの隙間にそれらしい姿を見つける。久しぶりにちゃんと会えた。
「幸男くん!」
それが嬉しくて、まるで飼い主を見つけた犬のように駆け寄ってしまう。彼は驚いた様子を見せてから、私だとわかった瞬間安堵したように胸を撫で下ろしていた。
「なまえ?何でここにいるんだよ」
実はね!と口を開いた瞬間、私と幸男くんの間に人影が二つも割り込んだ。幸男くんと同い年くらいの男の子だ。彼らは私を見て、「へぇ〜〜」と興味深そうに呟いた。
「笠松が大丈夫だから男かと思ったら女だわ!」
「小学生?どうしたの?幸に会いにきたの?」
「うっせえぞお前ら!しばくぞおら!!」
幸男くんはカッと両眼を見開いてその二人の頭にチョップを決める。結構な音がしたなぁ…と思っていると二人とも涙目で頭を押さえていた。流石にかわいそうだなぁと「大丈夫ですか…?」と聞くと、その答えを聞くよりも早く幸男くんに「ほっとけ、いくぞ」と腕を引かれた。
校門をくぐって幸男くんの隣を歩く。無意識なのか、まだ腕は離してくれないようだ。
「で?何できたんだよ」
「ごめん……ダメだった?」
「いや、そんなこと言ってねえけど……」
「小学校の早帰りとテスト期間が被るのなんて今日くらいしかなくて…。どうしても会いたかったんだ……」
「そりゃ……。嬉しくないわけじゃねえけど……」
幸男くんの照れ臭そうな横顔にやっと安心することができた。もし、中学という彼の領域に踏み込むことが彼にとって耐えがたいものだとしたらどうしようと思っていたのだ。その可能性があっても会いにきてしまうくらいだったのだけれど。
「実はね、志望校が決まったんだ」
「へぇ。どこだよ」
私が志望する学校の名前を挙げると、幸男くんは目を見開いた。実はまだ見学にも行っていないからデータでしか知らないんだけど、そんなに驚くところなのだろうか。彼の様子に不安になり、また「ダメなところ?」と聞いてしまう。どうしても彼には頼ってしまう。精神的には年下なのに、それでもお兄ちゃんのようだと思っているからだろうか。
「いや、そうじゃなくて。かなり頭いいとこだろそれ」
「やっぱりそうなんだ」
「そうなんだって……。ここらじゃ一番だぞ」
「へえ…」
やっぱりそんなに頭いいところだから学費全額免除とかもやってくれるんだろうなぁ、と納得してしまう。私のいまいちピンと来ない反応に幸男くんは訝しげに眉を寄せていた。
「……そこ、バスケも強いらしいな」
「うん。だから決めたの」
「は?」
「マネージャーのしがいがありそうじゃない?」
握り拳を作って見せると、彼は酷く苦しそうな顔をしていて言葉が詰まる。「どうしたの」と聞くことすらできない。お互いに足を止めて、通りを抜ける車の音だけが聞こえた。
「あー……」
幸男くんはふいっと顔を逸らしてからまた歩き出す。慌ててそのあとを追いかける。まだ腕は離してくれない。
「なんか、かっこ悪いな」
「幸男くんはかっこいいよ?」
「う、うっせぇよ!」
苦笑しながら呟く彼に本心をぶつけると、彼はいつも通り耳まで真っ赤になった。このやりとりをするたびに彼との距離の近さを認識できるようで嬉しかった。些細な特別が、私にとっては十分すぎるくらい大きい。
「そうじゃなくて、お前が他の奴のマネージャーするのが嫌だなって思っちまったんだよ」
「え……?」
夕陽が照らすアスファルトがやけに赤く見える。前を見据えて歩き続けるその横顔は真剣そのものだった。茶化す余裕もなく、俯いて「そっか……」と一言だけがやっと絞り出せた。しばらく沈黙が続いて、幸男くんが息を吸う音が聞こえて顔が上がる。
「頑張れよ。受験」
「うん。頑張る」
「んでマネージャーなれよ」
「うん。なるよ」
わだかまりを全て消し去るように幸男くんはそう言って、こちらを向いて笑った。そして私の頭をくしゃくしゃと撫でてきた。その手首についた青と白のミサンガが揺れるのが見える。
「でも、全中当たったら容赦しねえからな」
「もちろん!それはこっちのセリフ!」
「泣いても慰めてやれねえからな」
「泣かないよ!」
今は冗談っぽく笑って見せるけど、多分本当は勝っても負けても泣いてしまうし、幸男くんはまたこの手を握ってくれるような気がしていた。私が知っている幼馴染は、そういう人だから。
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