珍しく家にいる父に突然声をかけられた。何事だろうと思っていると眼前に綺麗なパーティドレスを差し出される。反射的に受け取り、真っ赤なドレスなんて派手だなぁ、でも綺麗だとそんなことを考えてから、「え?」と顔を上げた。もしかして、これ私のドレスとか言い出すんじゃ……。

「明日、お得意様のパーティーでな。お前も来るといい」

「えええええ」という驚愕の声は、もう母で慣れすぎてでもしなかった。代わりに出るのはため息だけ。やっぱり似たもの夫婦じゃないか。彼の言葉に二つ返事で了承してドレスを抱えて階段をのぼる。

なぜ父が私だけを誘ったのか、この時はわからなかった。



翌日の夕方4時ごろ、家までわざわざ迎えにきた送迎車に乗り込み父と並んで座る。こんなにしっかりとしたパーティードレスなんて初めてだ。かなり前に発表会に行った時以来のメイクもしてもらって少しソワソワしてしまう。髪だって巻いてアップになってるし、なんだか大人に戻ったみたいで不思議な気持ちだった。

「ねえ お父さん、パーティーってどういうパーティーなの?」
「お得意様の新店舗お披露目のレセプションパーティーだ」
「れせぷしょん……ぱーてぃー……」

難しい言葉に思わず首を傾げてしまう。もちろんタイムスリップする前に「レセプションパーティー」なるものに行ったことはない。父は結構出席することが多かったようだが、どれだけパーティーに行きたいと言っても連れて行ってくれるような人ではなかったのだ。それでも私を連れて行こうとするなんてよっぽど理由があるのだろう。教えてほしい、その意味を込めて見上げると父は少しだけ口角を上げた。

「お前は赤司さんを覚えているか?」
「え……?」

覚えているなんてものじゃない。よく知っている。あのお葬式以来会えていない、会えない赤司くんのことも。

「今日は彼らがくるんだ」
「え、でも喪中じゃ……」
「喪中っていうのは期間が決まってるんだ。妻なら1ヶ月半が喪中と言われているよ。親の場合は……本当はもっと長いのだけれど」
「…………」

彼ら、ということは赤司くんもくるのだろう。胸の奥が苦しくなる。彼の傷は癒えているのか?そんなわけないと思う。あの日の彼を知っているから私には深い痛みが理解できた。

「なまえは征十郎くんと友達なんだろう?彼と、話をしてほしい」
「私が……?」
「ああ……。この前事業の相談に赤司さんの邸宅にお邪魔したことがあったのだが、……少し彼に不安があってね」
「不安…って?」
「いや、杞憂だったらいいんだ。でも……」

父の横顔に思わず生唾を飲んでしまう。私にどうにかできるとは限らない。けれど、そんなものは度外視にしてでも彼には会いたかった。だから、「うん」と頷いて見せた。
父は優しく笑ってくれた。そして彼は何かを思い出したように「あ」と呟いてから、こう言った。

「特別なことを教えよう。実は今日は……」




レセプションパーティーは沢山の人が行き交う、映画の世界か、と思ってしまうほどにとても壮大なものだった。ホテルのホールを貸し切っているようで、会場の隅にはバーカウンター。食事はバイキング形式で、転々と存在する机の上に豪華な食事が乗っている。主催側なのか招待客なのかホテルの従業員なのか、全然見分けがつかない。とりあえず父から離れないように必死に後を追った。

時折舞台で誰かが喋っているようだが私の身長では全然見えない。ジョークが飛び交い、お淑やかな笑い声が上がる。父は知り合いと出会ったらしく、仕事の話に花を咲かせてしまった。ここにいるのも気まずく、私は会場の隅に移動する。とにかく息苦しく、思わずため息が溢れた。

これからどうしようかなぁ、と忙しなく動くウエイターを目で追う。赤司くんを探すのもこの人数じゃ一苦労だ。

「みょうじ……、さん?」

突然名前を呼ばれた。
それは震えた声だった。
そちらを見るとそこにはずっと探していた赤い髪の彼がいた。周囲の喧騒が遠くなっていく感覚。私たちはどちらからともなく手を伸ばす。手首を掴めばそれが合図だ。
しかし、彼は悲しそうに目を逸らしてしまった。その手がゆっくりと遠のいてしまう。
そんなの、絶対に嫌だ。

今日は、私が君を連れ出してみせる。


「行こう!」


弱々しく垂れ下がる彼の手首を引いて会場を飛び出した。パーティーなんて堅苦しいの、向いていない。母が結ってくれた髪を心で謝りながらほどく。すれ違う大人たちの声なんて、私たちには必要なかった。

「どこに、行くんだい?」
「どこでも!ここじゃないどこか!」

背後から聞こえる声に凛とした強さがない。しっかりと掴んでいないとボロボロと崩れてしまいそうで怖かった。それでも私は振り返らずに走った。
泣いてしまいそうだった。
なんで私はずっと彼のそばにいられないのだろうか。
なんで私は彼の家の場所もわからないのだろうか。
なんで誰も彼を助けようとしないのだろうか。
そんなこと、いいわけないのに。許されるわけがないのに。

私が、許したくないのに。


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