年が明けて少し経つと受験の出願が始まる。心に決めた私は迷わず志望校に出願し、先生は嬉しそうに笑ってくれた。

そして二月。運命の日がやってきた。


「なまえーー!うまくやんのよ!!」
「わかってるって」
「お姉ちゃん頑張れー!!」

母と弟の声援を受けながら受験会場に向かう。特待生狙いの合格は決して簡単ではない。十分の一の確率だ。それでも私はそこを目指さなければならない。そのために、今までやってきたのだから。そしてたとえ合格したとしても成績を維持できなければ資格は剥奪される。それができると自分を信じた。今更後戻りなんてしない。

受験会場の教室に入りそっと息をつく。私立中学も内装に変わりはないな……と辺りを見渡すとそこに見知った顔があった。彼もちょうど私を見つけたようで驚いたような表情をしている。

「花宮、くん……?」
「最悪だ……」

周囲が最後の追い込みをする中、私たちだけが見つめあっていた。どちらかともなく立ち上がり、二人して教室を出る。開始時間まで まだ幾ばくかの猶予があった。



人気の少なそうな校舎の片隅で花宮くんと向き合う。私が志望校を告げた時、大間先生が顔をしかめたのはこれが原因だったのか。廊下の壁に背中を預けた彼は私をジロリと見ると、それから寒さで白く染まった息を吐き出した。

「まさか花宮くんと同じ学校だったなんて」
「お前……この学校のレベル知ってんのかよ」
「うん。ここら辺じゃ一番なんだってね」
「まぁ、金さえ払えば入学はできるかもしんねぇが」
「何言ってるの?特待生狙うよ!」
「………は?」

意気揚々と言ってみせれば、花宮くんはポカンと口を開けてから「ふはっ」と笑った。完全に馬鹿にしている笑い方だ。

「まじで言ってんのかよ。特待生、どんだけ難しいのか知ってんのか?」
「もちろん!」
「ハァ、まじでとびっきりのばかだな、お前」

彼は眉を寄せて「無理だろ」と侮ったように言ってくる。確かに花宮くんと話している時の私は結構ばかなことを言っているかもしれない。それでも、私の中では二度目の人生を変えるチャンスなのだから、そんなこと言われると……燃えてしまう。

「無駄口叩けるのも今のうちだよ、花宮くん」
「そりゃこっちのセリフだろ」
「花宮くんより上の点数とったら謝ってよね」
「ふはっ!いい度胸じゃねえか!かかってこいよ!で?お前が負けたら何してくれんだ?」
「花宮くんの言うことなんでもひとつ聞いてあげる!」

ここは一つ定番の罰ゲームを……と胸を張ると、さっきまで笑っていた花村くんがスッと真顔になる。そして居心地が悪そうに目を逸らし、なにかをボソリと呟いていた。

「何か言った?」

耳を傾けながら近付くと、顔を上げた彼が複雑そうな表情をしているからなにも言えなくなってしまう。そして花宮くんは壁から離れると教室のほうに歩き始めてしまった。

「花宮くん待ってよ!」

慌てて追いかけるが彼は速度を上げていってしまう。君、足長いんだから勘弁してよねと早歩きでなんとか追いつき、「ねえ!」と手を伸ばすとバッと振り返った彼に手首を掴まれた。
紫がかった瞳が、私を映している。何か言いたげに少し開いた唇はどこか悔しそうに閉じて、それ以上なにも発することはない。掴まれた手首が少し痛い。「痛いよ……?」と、不安になって聞けば彼は舌打ちをしてから離してくれた。

「ご、ごめん。なんか私言っちゃったかな?」
「…………、まぁ、俺だから「ばか女がなんか言ってるわ」くらいですんだけどな」
「ばか女……」

また言われた…と思わず俯いてしまう。そんなにばかなことを言っていたのだろうか。

「簡単に、「なんでも言うこと聞く」とか、そう言うこと言ってんじゃねえよ」

乱暴な手だったが、彼は私の頭を撫でて踵を返した。言葉の意味を理解するまで少し時間がかかって、もしかしたら心配してくれたのかもってそう思ったけれど、それを聞くと多分また怒られるからなにも言えない。ただ自分の中で勝手に判断して、私はやっぱりその背中を追うことにした。今度はちゃんと隣に立つ。

「へへ、ありがとう」
「うざ」

小さな悪態もなんだか嬉しくて、二人で教室に向かう。少し不安だった気持ちも何処かに行っており、試験自体も本気で挑めそうだ。花宮くんに負けないように、全力で挑もう。



「終わったーー!!」

試験も面接も終わり、やっと開放感に包まれる。試験は置いておいて、面接に関しては私の方が実数こなしているのだからなんだか悪いな…と思いつつそれでも全力で受け答えた。小学生を相手にしていると思われてる分、会社面接よりかなりマシだった。

「花宮くん、かーえーろー!」

学校を出ると校門までの間に前を歩く彼の背中を見つけて駆け寄る。周囲が試験の答えを見直している中、彼は全くの手ぶらだった。それほど余裕なのだろう。

「……迎えはどうした」
「道順覚えたいから歩きで帰るよ」
「そうかよ」
「……」

受かる気満々だな、とかそう言う言葉を言われると思ってたのに、意外にあっさり返されて拍子抜けしてしまう。あの花宮くんもやっぱり試験疲れとかあるのだろうか。心配になって覗き込むと、彼はふはっといつものように笑う。とりあえず、疲れはなさそうだ。

「なんだぁ?その顔は?」
「いや、悪態つかれるものと覚悟してたから」
「バァカ。言わねえよばか女」
「…………」

今言ったけどな、と思いながら口にしない。多分言ったら彼は口を噤んでしまうだろうから。

「……受かるだろ、お前は」

顔を逸らしてボソリと呟かれる言葉。今度はちゃんと聞こえた。聞こえるように言ってくれたんだ。同じ言葉を返したかったけれど、それはあまりにも当たり前すぎて、だから私は彼との未来を考えてみた。


「春から、よろしくね!」


一瞬目を見開いた彼だが、すぐに口角を上げて「調子乗んな」とデコピンされた。


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