それからしばらくして学年が1つ上がると裕と慶太くんが入学し、自然な流れでミニバスを始めた。私はというと相変わらずミニバスがある日は練習様子を見に行き、それ以外の日には真太郎くんのピアノを聞きにいく。裕にはどこに行ってるの?と何度か聞かれたがどうにかはぐらかした。母には徐々に心配され始めたので詳細を話し、協力して黙ってもらっている。裕にはバスケに集中してほしいし、そしてやはり彼は筋がいいようで、メキメキとその腕前を上げていった。幸男くんもそれが非常に楽しいみたいで、最近はなんだか男の子っていいなって、そんなことを思っている。


−−そして、2度目の夏がやってきた。



「きゅうけーーーーーーい!!」

コーチのその声に、体育館に響いていたバッシュとドリブルの音が勢いを殺す。私は体育館に座り込むみんなに急いでタオルを配って歩いた。

「なまえちゃんありがとー!」
「ありがとなー」
「ううん、お疲れ様です!」

すっかり私の存在は定着しており、誰もが当たり前のように感謝を告げてくれる。ただ見ているだけなんてできなくて、自主的に始めたマネージャー業なんだけれど、少しでもみんなのためになってたらいいな。

「なまえ!」
「はい!」

力強く名を呼ばれ、慌てて返事をしてそちらを向くと、そこにいたのは幸男くんで、どちらからともなく苦笑する。彼に手招きされてそちらに行くと「背中、押して」と言われた。どうやらストレッチをするらしい。

「はーい、じゃあ失礼してー」
「お前それ恥ずかしいからやめろ」
「え、でもいきなり触られたくなくない?」
「別に、なまえだったらもう気になんねーよ」

いつからか、彼は私に触れられても大丈夫になっていた。今も遠慮なく背中を押しているが、「もう少し強く」とか「左に重心かけて」とか、至って普通の反応で嬉しい反面少し寂しい。まあ、私以外の女の子には相変わらずだけれど。

「幸男くん筋肉ついたね」
「そうか?自分じゃわっかんねーよ」
「ついたついた!いいなぁ、男の子」

彼は私の呟きに「何言ってんだよ」と眉尻を下げて笑う。こうやって触れてみないと分からないが、身長はまだ私の方がほんの少し高いけれど、体つきは男の子っぽくなってきてる。私は運動はからっきしだし、やっぱりほんのちょっぴり羨ましい。

「なんだよ、お前は筋肉欲しいのかよ」
「ちょっと欲しくない?そんないっぱい欲しいわけじゃないけど、体がうまく使えるようになるくらいの筋肉は欲しいな」
「別にいいんじゃね?お前せっかく女子なんだから」

多分幸男くんのことだから素で、なんの気なしに言ったんだろうとは思うけれど、ちょっとキュンとした。女の子扱いには相変わらず慣れない。素直に「ありがとね」と伝えると、「なんのだよ」と笑われたが、「女の子扱いしてくれて」とか言ったら真っ赤になってしまうのは想像できたので、適当に笑ってはぐらかした。



「なまえ〜?お野菜切れた?」

体育館から帰宅した私はすぐに母の夕飯の支度の手伝いをする。料理の感覚がこの手から離れるのが怖くて恐る恐る申し出てみたら即決OKを頂いてしまって、有難い反面、母の適当さに少々不安になる。今の私は、精神年齢がかなり高めだから、彼女に信頼されているのも理解しているが、……自己管理はしっかりしておこう…。

「うん!切れたよ」

乱切りにした根野菜が乗ったまな板を母の方に近付けると、彼女は嬉しそうにそれを鍋に流し入れた。今日は煮物らしい。裕はというとまた笠松家でシュートを教えてもらっているそうだ。先生役を引き受けてくれた幸男くんには頭が上がらない。笠松家の庭にはバスケットゴールが置いてあるため、シュート練習にはうってつけではあるのだが、ミニバスがあってもなくてもずっとお邪魔しているので申し訳ないし、これは前よりもっとバスケバカになりそうだ。

「そうだなまえ、明日はミニバスお休みだけれど…」
「あー…うん。明日はピアノ聞きに行く」
「……ピアノ、興味あるの?」
「え…?」

鍋をぐるぐると回しながら母がそんなことを言った。その目がどこか遠くを見ていたから、そんなことを気にしていたのかと苦笑した。

「違うよ。別に弾きたいわけじゃないの。本当に綺麗なのよ。彼が綺麗で、音が綺麗で、空気が綺麗だから、聞きに行っているというか、見に行っているというか。とにかく、私が弾きたいわけじゃないから、大丈夫だよ」

そういえば以前も何か習い事をしていた記憶はない。裕がミニバスに通い始めてからは何度か「なまえはやりたいことはないの?」と聞かれたっけ。裕ばかりに好きなことをさせてあげて申し訳ないという親心だろうけれど、特にやりたいこともないし、バスケもピアノの見ているのが楽しいから好きなわけであって、特別その輪に入りたいと願ったことは無い。
母は「そう?何かやりたかったらすぐ言ってね」と言ってくれた。もしかしたら私の自主性の低さで彼女を悩ませていたのかもしれないと思うとほんの少し申し訳なくはあるが、やりたいことなんてすぐ考えつくわけもなかったので、「ありがとう」と笑い返した。


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