それからドラ息子ーズはまともに練習に参加することなく土曜日の地域交流戦の日になった。先日部活に参加してなかったドラ息子ーズはどうやらゲームセンターに遊びに行っていたらしい。部室で得意げに話しているのを聞いてしまった。でもそれを誰かに告げ口する必要も見つからず、ただ悔しい思いだけが募って、拳を固く握って心の中に押し込めることしかできない。自分は無力だと痛感した。
交流戦が行われる市民体育館まではバスでの移動だった。流石私立中学、こういう設備は整っている。バスの一番後ろの席ではドラ息子ーズたちが束になって騒いでおり、それ以外はまるで通夜のような空気だった。それもそうだ。だって彼らがこの交流戦に勝てるなんて誰も思ってないのだから。私の隣にはコーチが座っていたが、至極どうでも良さそうに窓の外を見ているだけだった。
会場に着くとみんなで荷物を運び出す。ドラ息子ーズの荷物は一年がまとめて運んでいた。私はマネージャーとして交流戦の流れを確認するために一足先に会場入りする。ドラ息子ーズもせめてアップだけはとっておいて欲しいな、と叶わぬ願いを抱きながら冷房の効いた体育館に踏み込む。中ではもう幾らかのチームが集まっており、各々アップや準備運動などをしている。それが少し眩しいくらいに写って、どこで間違えてしまったのだろうと悲しくなる。止まってしまう足を一息に動かして、なにも見ないフリをしながら大会運営本部と書かれた場所まで急いだ。
大会はトーナメント形式だったのだが、結果は初戦惨敗。目を背けたくなるような試合結果に胸の奥がきりきりと痛む。近くに立っていた花宮くんも、後ろ姿だけちらりと見えた今吉くんもいつのまにか姿を消しており、私は一人虚しく得点が爛々と輝く電光掲示板を見つめる。大差だった。
しかし感想戦も反省もすぐに切り上げ、他の学校の見学もせずに帰ることになった。ドラ息子がわがままを言ったらしい。技術がないなら少しでも学べばいいのに、と思うがきっと彼らは勝利などどうでもいいのだろう。ここには空っぽでなにも残らない。
一年がまた荷物を運んでいる。私は一度顔を洗おうとお手洗いに向かった。
洗面所で顔を洗って体育館の廊下に出ると、そこにはドラ息子ーズがいた。酷くイライラとした面持ちに嫌な気配を感じる。私を取り囲むように立つ彼らは、口々に何かをまくし立てた。
でも、聞こえなかった。私の中の何かが拒絶している。この耳に入れたくないと意識を逸らしている。きっと責任を私に押し付けるようなことを言っているのだろうということはわかった。ただ、それだけだった。
ずっと黙っている私に痺れを切らしたのか、一人が胸ぐらを掴んできた。腕を振り上げるのが見えて、殴られるのかもと覚悟してまぶたを下ろす。それで気が済むなら早くそうしてくれと、静かに頬を差し出した。
しかし、いつまでも衝撃はやってこない。何事だろうと薄目を開けると、その振り上げられた手が誰かによって取り押さえられていた。
「なにやってんだ?」
清志くんだった。
彼は一度こちらを一瞥してからドラ息子ーズを睨みつける。そして彼らと私の間に割って入るように立ってくれた。広い背中が至近距離に見える。地域の交流戦なのだ、彼の学校名も見ていたし、ここにいるのは予想通りだった。でも、このタイミングで来てくれるなんて思ってもいなかった。
「何だよ、お前。誰だよ!」
「はぁ?それはこっちのセリフだけど?」
「そいつは俺らのおもちゃなんだよ。返せ」
「…………」
やめてくれと心で願う。お願いだからそれ以上清志くんに何かを言わないでくれ。そんな惨めなこと、知られたくない。
「うるせえ!轢き殺すぞ!!」
ギュッと両手を握った時、廊下中にその怒号が響いた。ハッと顔が上がる。清志くんの表情は見えないが、ドラ息子ーズが怯えた表情をしているのはしっかり見えた。
「こいつがお前らのおもちゃなわけねえだろ!!刺されてえのか!?あぁ!?」
清志くんが声を上げるたびに、ドラ息子ーズはどんどん表情を歪めていった。その気迫に背中がビリビリと震える。やっぱり、怒ったら怖いんだ……と他人事のように考えてしまった。
「さっさと俺の視界から消えるか、死んでくれ!!」
極め付けの暴言に流石のドラ息子ーズも走り去っていく。私は握りすぎて白くなった両手をゆっくりと解いた。
「…………」
「…………」
先ほどまでの喧騒は何処へやら。二人だけの廊下は静寂に包まれる。体育館の中から聞こえる掛け声とスキール音。ホイッスルの音がやけに遠く聞こえた。
清志くんは一切こちらを振り向くことなく一歩を踏み出す。感謝なのか、謝罪なのか、弁解なのか、なにを真っ先に言えばわからなかった。言葉を探して何度も口を開き、でもそれも間違っているような気がして何度も口を閉じる。うまく言えないまま固まっていると、少し先まで歩いた清志くんがこちらを振り向いた。
「嘘つき」
「え……?」
「やっぱりハブられてんじゃねえか」
先日、部活帰りに彼に出会った時に言われた言葉を思い出す。確かに今の状況ならそう思うかもしれないが、やっぱり私は首を振った。「ちょっと、違うよ」と。ハブられてるわけじゃないんだ、まだ誰もどうしようもないだけで。今吉くんは作戦があるって言っていたし、花宮くんもこのまま黙ってるとは思えない。だから、私は我慢することしかできない。どうにかできる未来があるなら、私はそれを信じて待つだけだ。
「でもあいつらおもちゃって言ってた」
「まぁ……」
「殴ろうとしてたしよ」
「しかもグーだったね」
「…………」
あっけらかんと答えれば、清志くんはどんどん眉間にシワを寄せていく。童顔だから怒った顔をしても可愛いだけかと思ったらバッチリ迫力がある。
「ムカつかねえのかよ」
「ムカつくよ、すっごく。初日なんてビンタされて、やり返そうとしちゃったもん」
「もう殴られてんのかよ……」
左頬を指差しながら「こっちね」と言うと、清志くんは不機嫌そうにそこを撫でてくれた。冷たくて気持ちいい手だと思っていると、軽快な舌打ちが聞こえてくる。
「でも暴力に暴力で返しても意味ないからね。だってそれするとあいつら剣より強いペンを振りかざしてくるんだもん」
「権力まであんのか…。めんどくせえな」
「うん、でも大丈夫。いつかそれより強いペンを剣にしてメッタメタにしてくれる人がいるから!」
今吉くんと花宮くんの顔を思い浮かべながらそう言うと、清志くんは目を丸くして、「そりゃおっかねえな」と笑ってくれた。
それから彼は左頬を撫でた手で、今度は私の頭をくしゃりと撫でて背中を向ける。その背中に「またね」と声をかけると、ひらりと右手を振って応えてくれた。
私も早くバスに行こうと踵を返す。この腐ったバスケ部が変わるまではあと少しだ、と自らを奮い立たせながら駆け出した。
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